僅光

僅光

作者 サパー

https://kakuyomu.jp/works/1177354054905984658


 コロナ禍で夏休みを迎える高校三年生の佐川涼助と友人たちは、短い夏と取り返せない青春の中で明日に続く光に向かって踏み出す物語。



 熟語にない造語がタイトルに使われている。

 わずかな光に類する熟語でえらぶなら、微光や弱光、あるいは光明。一縷の光のような意味をもった言葉が連想される。タイトルも作品の一部なのだから、作者が表現したいことをタイトルに込めたのだろう。

 はたしてどんな話なのかは「読んでみてのお楽しみ」である。


 疑問符のあとのひとマスあけや縦書きに準じて漢数字で書く、というのは目をつむる。


 本作は、二〇二〇年八月二十六日にネット掲載された作品。なので、本作内の時間は、昨年二〇二〇年のコロナ禍である。作者によれば、「この小説は、自分の経験をもとに執筆した作品です。それぞれの登場人物に、高校生としての自分がいます」とのこと。

 主人公、高校三年生の佐川涼助を視点にして三人称で書かれた私小説であるが、心情や考えを吐露するところで一部一人称の「俺」で書かれていて、いささか混乱をおぼえる。また、主人公のモノローグが多用されているので、一人称のほうがいいのではと考えるが、全体的に読めば三人称で統一した方がいい気もする。


 コロナ禍の都市部に暮らす高校生の姿が描かれている。

 それだけでも、この作品の良さがある。

 現在を切り取るような作品は、後で振り返ったときに感慨深いものとなるだろう。


 物語は七月三十一日の出来事。

 前半は、翌日から夏休みをむかえる都市部に住む高校三年生の佐川涼助のいる教室の様子、涼介と直樹の関係、インターハイ中止の話、昇降口にて昴と合流、友人三人で下校する姿が描かれている。

 後半は、三人で下校しながら、コロナ禍だから行事が中止される中で勉強の日々がつづき、限りある若い今の時間がどれほど大切だったのかを知り、大人になっていく自分たちの将来に希望の光を見出そうとする。


 後半はいいとして、前半は順番を替えたほうがいい気がする。

 インターハイの中止の回想から入り、

「うるっさいなぁ」と佐川涼助は悪態をつき、冒頭にある教室内の様子を描きつつ、クラスメイトが文化祭が中止になった話をしているのをさり気なく入れておく。

 そのあとで、直樹と会って美化委員の話をしたときに、主人公がかつて付き合っていた波岡を美化委員にしておいて、話題を少し出しておく。

 そうすれば、後半に彼女と四カ月前に別れたとか、昨年の文化祭の失態と今年挽回しようと思っていたけど文化祭も中止になってふてくされる姿が唐突ではなくなる。

 前フリがないので、コロナ禍の中でいろいろあったんだ、だけで終わってしまう。


 涼助たちの授業の様子、「今月は通常の七限授業に加えて、毎日二時間にわたる、休校期間中の遅れを取り戻す特別補習があった」や夏休みについて、「明日からお盆休みまでの二週間が、今年の東高の夏休み」「公立高校なので、これはまだ良い方だ」「厳しい私立だと、お盆休みの一週間しか夏休みがない、という悲鳴をSNS上で聞いた覚えがある」とコロナ禍における様子が書かれている。


 これをみて、不謹慎にも懐かしさをおぼえてしまった。

 わたしは進学校だったので、通常の七時限授業に加えて、早朝のゼロ時限目と七時限目あとの八時限目の授業が行われるのに加えて例題をのぞいた難問だけの宿題が出されていたし補習もあったし、夏休みは学校主催の夏期講習という名の授業延長が前後二週間あり、実質夏休みと呼べる期間は二週間。その二週間の間に部活やら学校へ行く用事があったので二週間もなかった。勉強しか記憶がない。どこまでやっても宿題が終わらないし、雪だるま式に増えていく。それでいて、残り時間だけが加速度的に減っていく日々だった。 

 それでも一日だけ体育祭や文化祭があったので、コロナ禍にある現役の高校生のことを思うと、実に切なくなる。

 

 涼助の「なぜよりによってコロナ禍にある今、大学の入試を変えてしまうのだろうか」という疑問からは、高校生だから感じる思いをひしひしと感じる。

 COVIE19が蔓延する以前から計画し準備を進めてきて予定どおり実施されたから、という説明をしたところで理解はされても納得はむずかしい。

 だれしも変化にはストレスを感じる。ストレスを許容できる範囲内なら、不平や不満も抱きにくい。

 社会生活にとどまらず世界中にやっかいな感染症が蔓延しているだけでもかなりのストレスなのに、そこに加えていろんな変化が一度に起これば嫌に思うのも当然だ。


 休校から再開した学校の様子をおもいだしているところがある。「休校明けの学校は、喪失した青春の穴を埋めるように、一生懸命に以前の学校を演じていた。制限された中でも、以前の学校を取り戻そうと、必死に努力している雰囲気を隠せていなかった」

 気持ちはすごいわかる。わかるんだけれども、これだけで「そうだよね」とうなずけるのは体験した高校生、あるいは現在コロナ禍に学校に通う子供だけであって、他の人には「そうなんだ」「大変だったね」くらいにしかわからない。具体的にはどういうところにそれを感じたのかを描いて欲しい。


 高校生は「たくさんの喜怒哀楽がみっしりと詰まってい」て、「なんでもできるような気持ち」「今生きている、という実感」をものすごく感じている。

 同時に、「夢のように柔らかな高校生活が、終わって」「大人になって、社会に出ていかないといけない」と涼助たちは自覚している。

 だからこそ、「この時間が限りあるものだと自覚しているから」「今までの人生で一番輝く瞬間を、『青春』と名づけて、人生の思い出に」誰もがしようとする。

 でもそれらは「一般論」だと涼助はいう。

「たとえ不謹慎だと言われても、俺はインハイをやりたかった。文化祭も、合唱祭も、体育祭もやりたかった」「分かってる。頭では理解している。インハイも行事も、全部中止になったのは、全部ウイルスのせいで、しょうがないことだって、頭では分かってる」

 感染して亡くなっている大人たちのように、「君たちが悲劇のヒーローになってはいけない」という大人の言葉にも「正しい。全くもってその通り」「分かってるいるのだ、全部。頭では」と一定の理解を示しながら重くため息を付く。

 感情に圧迫されながら、「リュックが、重い」身体にまで重みがかかってくる。心身ともに押し込まれて苦しい状況に追い込まれているんだと話を持っていって、

「なあ、直輝、昴」と、言葉を漏らすところが実にいい。

 主人公が殻を破った瞬間だ。

 本意ではないけれども、コロナ禍でいろんなことが中止になり、我慢して我慢して、一度しかない青春の時間も削られて、しょうがないんだからと心にブレーキかけ、限界まで追い込まれている現状を向き合うことで、行動に移せる。

 殻を破るためには、勇気が必要だ。

 いままでの内面の葛藤は、主人公の涼助が心のなかで勇気を出して必死に戦ってきたのだ。

 

 直輝は、面倒見があって聞き役という感じ。内にこもりがちな主人公とは対照的なキャラで、だからといってグイグイ引っ張るわけではなくて隣りにいてくれて、一緒に行こうと背中を押してくれるタイプにおもえる。

 昴がまた、いいキャラだとおもう。

 彼が外をみせてくれる。「日本って先進国だって思ってた。でも当たり前だけど、日本にだって悪い点はいっぱいあるんだ。コロナの対応の遅さとかもそうだったけど」「俺は国家公務員になりたい。官僚になって、この国を変えたい」彼は言葉で、現状からは受け身だった主人公もようやく「未来への希望」をみつける。

 ただ、「下を向いていたら、虹は見えない」と昴がいった名言は、ウォルト・ディズニーではない。チャールズ・チャップリンである。

 名言の誤りはともかく、彼にはぜひとも頑張ってもらいたい。


 この日の東京の日没は午後六時四十六分。三人は江戸川の土手で午後七時二十五分までいた。都心は遅くになっても外灯などで明るいのがわかる。だからつい、塾に遅れそうになるまで話し込んでしまったのだろう。

 

 コロナに関係なく、つらいことや悲しい現実は世の中にゴロゴロしているし、自分の身にも降り掛かってくる。明日に続く道を確かに歩いていけば、きっと光が見えてくるだろう。


 二〇二〇年の高校三年生はインターハイや学校行事が中止となり大変だったが、二〇二一年の高校三年生も色々と影響を受けている。昨年は学校側の対応も三年生が優先され、二年生は後回しにされるなか、学校が休校になって授業が行われず、部活動もできない期間があった。インターハイは開催されたが保護者や一般観客が入場できない無観客で行われ、全三十競技のうち二十四競技で七十四校が出場を辞退した。

 ワクチン接種の遅れと変異株の感染拡大という中で、学校生活を過ごしているのだ。

 一日でもはやく、いまの現状から脱する日が来ることを願うばかりである。

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