11-3 里見さん

 義弘は家に着くと、スーツを脱ぎ捨て、下着を洗濯機に突っ込んで、全裸のままベッドに横になった。これが帰宅後のルーティンだった。


 そしてこの時が、義弘にとって至福の時だった。


「ふうー、落ち着くぅー」


(結婚すると、こんなことできないだろうな)と思うと、このまま独身でもいいかなと考えることもあった。


「何してんのよ。パンツくらい履きなさいよ」


「えっ?」


 枕元でぼんやりとだが、女性の声がしたような気がした義弘は、ベッドから飛び起きた。


 時計を見ると零時を過ぎていた。


(腹減ったなあ。空腹だから、変な声が聞こえたのかも)


 義弘は1DKの寝室からキッチンへ移動し、コンビニで買ったカップ麺の一つを取り出した。


「それ、食べるんじゃないでないでしょうね」


 寝室の時よりもはっきりと声が聞こえた。


(やばいな、婚活の失敗続きが原因か……ついに幻聴が聞こえるとは……)


「何が幻聴……よ。早くそのラーメンを袋に戻しなさい」


 義弘がその声を無視して周りのビニルカバーを剥がし、フタを剥がそうとした時、


「やめなさいって言ってるでしょ!」


 義弘の目の前に女性が現れ、右手首をギュッとつかんできた。


「う!うわぁ、で、出たあ」


 義弘は全身を震わせた。


「もうー、みっともない。だからパンツくらい履きなさい、って言ったのに」


 女性は義弘の手首から手を離した。


「でもびっくりするのも無理ないわね。私は里見。梢女さんに言われて、義君よしくんの婚活指導に来たの。言わば守護霊のようなものね。霊だから義君にしか見えないし、私が願った時しか義君にも見えないの。分かった?」


 突然現れた里見という幽霊?……女性は義弘のことを義君と呼んだ。そんな呼び方をされたのは、子供の時以来だった。義弘は最初こそびっくりしたものの、なぜか不思議なほど、恐怖心が薄らいで来るのを感じていた。


「だから私のいうことを聞いて、ラーメン食べるのやめなさい。ほら、腹だってぷよぷよしてるし、夜中に炭水化物なんてとっちゃダメ」


 義弘はそう言われると、今の自分の姿を意識し、恥ずかしくなった。


「わ、分かったから、早く出てってくれよ」


 それを見た女性はふっと笑みを浮かべ、目の前から消えていった。


 義弘は仕方なくラーメンを袋に戻した。


(くっそー、自分だっておばさん体型のくせに)


「誰がおばさんだってえ」


 里見の声がして、義弘は辺りを見回した。


「もうー、声に出してもないのニィー。勘弁してくれよお」


 義弘は深夜のラーメンを諦め、寝室に戻った。


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