第10話 悪いのはあいつ

10-1 癒されぬ思い

 新庄 梨穂 三十四歳 独身の一人暮らし


 六年前から飼っていたボクサー犬ペロを、一ヶ月前に交通事故で亡くす。散歩中、ほどけた靴の紐を結ぼうとして、リードから手を離した瞬間、車道に飛び出したペロが、暴走車に撥ねられたのだった。



 夕方、梨穂が会社から帰ると、加害者の保険会社から、保険金振込の連絡が届いていた。


「ペロは物じゃないのに……」


 犬は家族同然などという人もいるが、法律上は物である。加害者は事故の保証はしなくてはならないが、刑事上の刑罰を受けることはない。


 悲しみと怒りに暮れる梨穂は、保険会社からの手紙を握りつぶし、郵便受けにあったチラシとまとめてゴミ箱に捨てた。しかし一枚だけひらひらとゴミ箱からはみ出すチラシがあった。


「もう!」


 はみ出したチラシを押し込もうと、それを手にした時、ある広告が目に入った。


「この湯に浸かれば、どんな悩みも解決!入泉料500円 ── 那楽華の湯──」


(悩みを解決なんて……でも一人でここにいると落ち込んでばかりだし、温泉、行こうかな?晩御飯も食べられそうだし)




ーー那楽華の湯ーー


 夕飯をまだ食べていない梨穂は、お食事処三途砂さんとすに直行した。


 煮魚定食を注文し、スマホで気を紛らわせながら待った。


「いらっしゃいませ。私、悩み相談を担当しております、梢女と申します。席についてもよろしいでしょうか」


「へっ?あっ……ええ」


 突然現れ、声をかけてくる店員に、梨穂はなんと言っていいのか分からないまま、適当に返事をした。店員は、眼鏡をかけたすらっとした女性で、年齢は梨穂と同じくらいに見えた。

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