8-2 決まっとる

 笑太が薬湯に浸かっていると、女性が後ろから声をかけてきた。


「うわ!びっくりした」


 歳は笑太と同じくらい、後ろで髪を束ねた可愛らしい女性だった。


「ごめんなさいね。……今、お話ししてよろしいでしょうか」


(こんな若い店員が男風呂入って、お話しって何や?)妙な展開に笑太はワクワクした。


「お客様、何か悩みを抱えてらっしゃるのではありませんか」


 初めは、(風呂場で悩み相談か)と違和感を持った笑太だったが、デジタルビジョンの広告を思い出し、そういう変わったコンセプトの入浴施設なのだと理解した。


「やっぱりそう見えるか。俺デリケートやから、すぐ顔に現れてしまうんよ」


 少しおどけてみせた笑太だったが、梢女は眉ひとつ動かさずに答えた。


「ではお話しいただけますか?」


「ええけど、風呂上がってからでええかな?ほら、こっちスッポンポンやし。……すぐに上がるから」




 笑太が風呂から上がると、梢女はロビーにいた。


「おまたせ」


 笑太に気づいた梢女はソファーから立ち上がり、軽く会釈をした。


「悩みやったな?その前に、店員さん、俺の職業分かるか?」


 笑太は梢女の対面にある丸椅子に腰掛けながら、問いかけた。


「芸人さんですか?」


「よう分かったな。その通りや。でもただの芸人さんじゃあない。笑いが取れない芸人さんなんよ」


 梢女はクスリともせずに聞いていた。


「では、笑いが取れる芸人さんになれば、解決しますか?」


「なんかそう硬い表情で言われると、ぐさっとくるなあ」


 笑太の返しとは無関係に、梢女は話を続けた。


「笑いが取れるとは、どういう事ですか?もう少し具体的にお願いします」


「そうやなぁ、俺のネタを聞いた人が、オモロ! って、大笑いしてくれるって事かな」


 オーバーアクションで話す笑太に対し、梢女は相変わらず表情を変えぬまま答えた。


「分かりました。あなたのネタを聞いた人が大笑いすれば良いのですね」


 この一言で、お笑いを舐められているように感じた笑太は、少し声を荒げた。


「分かりましたってなあ……素人さんには分からんかも知らんけど俺ら芸人はやな……」


 と、お笑いの難しさを解こうとしたが、梢女はその話を遮るようにして、笑太にこう告げた。


「ではお任せください。あなたの悩み、解決して差し上げます」


 これには、さすがの笑太も呆れて立ち上がった。


「解決しますって、お笑いのこと、馬鹿にしとったらあかんで。そんな簡単にネタは浮かばんし、笑って思ったら、そりゃ大変なことなんや」


 笑太は、話した後、ふっと我に帰り、こんな所でお笑いについて語る自分が恥ずかしくなった。


「すまん、お風呂の店員さんにムキになってしもうて……。まっ、俺もわろてもらえるように頑張るさかい、あんたも悩み相談頑張ってな」


 手を振って出ていく笑太を、梢女は立ち上がって見送った。

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