2 教師
こっちか?
聞こえた方向だけを頼りに路地を抜けて行くと、声の主らしき人物を発見した。
長い銀髪で年齢は俺と同じぐらいであろう少女が、柄の悪い男三人組に絡まれている所だった。
「ウヘヘ、俺達とタノシイコトしようぜ」
「や、やめなさい!」
「さっすがアニキ!」
なにが流石だよ。少女を襲おうとしてるだけの人間の塵じゃねぇか。
なるべく暴力沙汰は避けたいからなぁ……
話し合いで解決したいけど……
「あのー、困ってるみたいですよ?」
「あ?んだテメェ。死にてぇのか?ふざけた頭髪しやがって」
髪の毛は関係ないだろうが!
しかも変じゃないはずだぞ! え、変じゃないよな……
「ウオォラァ!」
やっぱり平和的解決はできなかったか……
塵がそのゴツゴツした拳を俺の顔面に放つ。
が、簡単に見切れるな。動体視力も強化されているのだろうか。
軽く頭を横に傾け、拳を避ける
そのまま日本刀を創造し、脳天に叩き落としてやった。
鞘に入ったままだから死にはしないだろう。
……泡吹いてるが知ったこっちゃない。ま、自業自得ってやつだ。
「どうする? まだやる?」
「ヒ、ヒィィィイ! 許してぇ!」
「ちょ、お前!逃げるなよ!」
残った二人のうち、一人は逃走。もう一人は短剣を抜いてこちらを睨む。
「死にやがれ!」
醜く叫びながら短剣を振りかざしてくる。
気迫だけは一丁前なことで。
まぁ俺にはスローモーションも同然だがな。
しゃがんで躱し、刀の柄で腹を突く。
腹を押さえて蹲ってしまった。うわ、痛そー。
「か、感謝します」
「お怪我はありませんか?」
「えぇ……あ、まさか、あなた……英雄?」
少女から予想外の返答が返ってくる。英雄?俺が?
あれ? どうしてだろう。目から自然と涙が溢れてくる。
そうか、この世界に来てずっと酷い扱いを受けていたのに、今初めて他人に認められたんだ。
この程度で英雄呼ばわりは大層な気もするが、嬉しいのに変わりはない。
「 ど、どうして泣いてるのよ! 私、なにか気に触るような事を言った!? それなら謝るから!」
「いや……嬉しくて、つい」
「えぇっと……まず、泣きやみなさい」
少女が百合の刺繍の入ったハンカチを差し出す。
ただの布のはずなのに……とても温かみを感じる。
「そうだ、あなたはどこに住んでいるのかしら?お礼がしたいわ」
「えっと、恥ずかしながらお金がなくて……住む場所が無いんですよね」
「まぁ、それは大変そうね……そうだ! いい働き手を紹介してあげるわ」
少女はそう言うと、懐から紙を取り出し何かを書き連ねて渡してくる。
「辻馬車でこの紙を渡せば良いはずよ。はい、これだけあれば交通費にはなるでしょう」
少女はそう言って、金貨五枚を俺の手に握らせた。
「え!? こんなに悪いですよ!」
「良いのよ、助けてくれた恩を返す意味も込めて」
「そこまで言うなら……」
「じゃあ、達者でね」
少女はそう言い残して去って行った。
随分身なりが良かったが、どこかの令嬢か何かだろうか。
ここに行けば金が稼げるのなら向かう価値はあるだろう。もう冒険者には懲り懲りだ。
取り敢えずいくだけ行ってみるか。
「すいません、ここに行きたいのですが」
「……あぁわかった。結構金が掛かるがいいか?」
少し嫌な顔をされたものの、連れて行ってはくれるみたいだ。
因みに辻馬車は所謂タクシーのような乗り物だった。
乗り場には数え切れないほどの馬車が止まっていて、圧巻だったな。
それから一晩野宿を挟み、翌朝目的地に到着した。
ここんところ森が続いていたが、そこを抜けた先には、小高い丘とその上に聳え立つ巨大な城のような建物が見えた。その麓には街が広がっている。城下町だろうか。
すげぇ……
あまりにも大規模な建造物の並ぶ街並みに開いた口が塞がらない。
この街にある建物の殆どは石煉瓦で作られており、まさにファンタジーという感じだ。
さて、噂の働き口はどこのお店かなー?
馬車の窓から顔を出して、流れていく景色に目をやる。
あの行列のできているレストランか? こっちの大きな武器屋もいいな。
「着いたぞ」
ん?
え……えぇぇぇ!?
し、城……?
そう、あろう事か馬車はあの巨大な城の前に止まったのだ。
「……目的地間違えて無いですかね」
「なに言ってんだ。紙に書いてあった通りの場所だぞ。はい、銀貨四十枚な」
金貨一枚を渡す。
銀貨が六十枚返ってきたことから、金貨一枚は銀貨百枚分なのだろう。
だとすると、金貨五枚って相当な大金じゃないか。
ってそんなことはどうでもいい!
もしかして騙されたか?
適当な場所に連れていって大金をふんだくるような詐欺だったりして……
そう思ったのだが、気が付けばもう馬車は去っていた。
「やっと来たのね。待ちくたびれたわ」
「!!!」
聞き覚えのする声が背後から。
振り返ってみると、そこには昨日助けた少女が立っていた。
「ようこそレスタルク士官学校へ。私は53代校長のフリーダ・レスタルクよ。改めてよろしく」
待て待て待て待て。
話に着いていけない。
まずここ学校だったの!? こんなに巨大な学校が存在するものなのか……流石は異世界。
で、あの少女が校長!?
じゃあまさか働き口ってのは……
「ここまで来てくれたってことは、教師になるって認識でいいわよね」
「ちょぉっと待ったぁ!」
「あら、元気になったようで何よりだわ」
「教師になるなんて聞いていないんですけど……」
「あら、言ってなかったかしら? まぁいいじゃない、こっちは人手不足、あなたは無職で生活に困っている。利害が一致してるじゃない」
確かに働き口を得たい。でも、教師ってのもなぁ……
この世界に来て二日目の人間が生徒に教えることなんてあるのか?
しかも士官学校だからなぁ。
対人の戦闘を訓練することもあるだろうし。
いくら強い能力を持っていても人を殺めるのには抵抗がある。
「で、やってくれるのかしら? こう見えてもうちは名門校なのよ。給金は期待していなさい」
「俺なんかにこんな名門校の教師なんて務まりませんよ」
「私はあなたの実力を見込んでいるのよ」
「でも……」
「あなたしか頼れないの……お願い……」
ぐはっ。
その台詞はずるい! おまけにキュルルンっていう効果音が聞こえてきそうなその上目遣い。
銀髪美少女にそんなこと言われてなびかぬ男がいるか!
「わかりましたよ! やります! 俺教師になります!」
「その言葉を待っていたわ!じゃあ手続きとかあるから着いて来て」
俺、完敗す。
まぁ、無職だったわけだし、こうして職を得られるだけで幸運なんだろうなぁ。
こうして俺は異世界で教師をすることになったのだ。
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