第5話


 まったく、彼にも困ったものだ。


 不思議と笑みが漏れる。


 さてと、仕込みはした。コンソールに打ち込んだプログラムを実行させて、武器を交換する。


 毒ナイフ『女王針』。ナイフ系は射程が短い分、取り回しに優れ、素早く鋭い攻撃を可能にする。ポイントは、ナイフに200ポイント、毒に100ポイント。ここまではいつもと同じ。ここから、硬度強化に100ポイント、毒強化に200ポイント、急所効果倍増に400ポイント。


 さて、そろそろ助けにいってやらねば、善戦はしてくれているが、さっきから、叫び声が聞こえてくる。いくらなんでも多勢に無勢だな。ここいら一帯の蜂が彼に襲いかかっているのだ。叫び声が泣き声になってきた。そろそろ頃あいか。


「さぁ、囮役ご苦労だったね。今からは私が相手だ」


毒ナイフを片手に舞うように斬りぬける。


3分も経たずにあれだけいた蜂は地に伏していた。

「…」


「どうしたんだい?フレイム君」

「いや、見惚れていただけだよ」

「はは、ヘル・フレイムくん。君は見ているだけかい?」


 彼女の問いに、一瞬つまる。自分の実力は十分知ってる。決して、肩を並べることはできない。だけど、


「見てるだけなわけないだろうが!」


 襲い来る蜂の大顎を首の皮1つで交わし、その蜂の腹にファイヤーボールを拳とともに叩きこむ。


「へぇ!やるじゃないか!相棒!」

 彼女の出した拳に、こつんと自分の拳を合わせる。


数多の蜂を倒しようやくついた、敵の本拠地は、呆れるほど大きいドームで、スズメバチの巣らしく、縞模様がみられる。

 はるか上を見上げると、穴が見え、蜂が出入りしている。


「でも、どうやって入るんだ、コレ」


 カチャ


 ズドン


「ショートカットはこういったゲームの醍醐味だろ?」


 BEEは分厚いドームを次々にライフルでぶち抜いていく。

 その小さい背中を見ながら、もう少しでこの冒険が終わってしまうのに寂しさを感じていた。パソコンのトラブルからとんだ大事になってしまった。


 今からおそらくウイルスの根源たる女王との戦いか。まるで魔王と戦うみたいだな。


 あんなでかい蜂たちの女王ともなるとどんだけでかいんだろう。攻撃力も防御力も桁外れだろう。


 二人で倒せるだろうか。


「なぁ、BEE」

「なんだい、フレイム君」

「俺たち、ボスを倒せるかな」


「倒せるさ、君なら」


 ライフルの音が止んだ。


 ドームの中は意外にもただっぴろい空間が広がっているだけだった。天井近くの穴から光が差し込み、中央を明るく照らしていた。

 一つだけ中央にコピー機がぽつんと置いてあった。そこからケーブルがのび、透明な立方体のケースにつながる。そのケースの中には、雀蜂が入っていた。


「コピー機?」


 コピー機は電子音を立てると一枚の紙を吐き出した。紙はひらひらと浮かび上がる。

 すると宙を舞う紙からずるりと、蜂が現れて、天井付近にある穴に飛び立っていった。


「あれが、ボス?あのコピー機が?」


 何か想像していたものとのギャップに肩の力が抜ける。前を歩いていた。片恋は無言でライフルを取り出すと、スコープも覗くことなく、そのコピー機を撃ち抜いた。


「な、なぁ、Bee?」


 鼻先に何かが通り過ぎるのを感じた。


「ふぇ?」


「くくく、まさか、気配を消したナイフを躱すとはね」


 毒ナイフ『女王針』。いく百、いく千のプレイヤーを倒してきた殺人ナイフ。暗闇での暗殺に適した黒い刃から、ぽたぽたと赤紫色の液体が滴り落ちて、地面を溶かす。


「ちょ、こんな冗談は笑えないぞ。な、なんでだよ!戦う必要ないだろ!原因は突き止めたじゃないか」


 ライフルで抉られたコピー機を指を指す。


「くくくく。あれはあくまで、蜂を生み出すための道具さ。聞くが、あれはどこからきた。諸悪を叩かねばなるまい。誰が犯人かな?」


 ここまできて外すなんて真似はできない。冴え渡れ、頭脳!弾けろ、脳みそ!俺は名探偵だ!

「エロサイトを覗いたから」

「死を覚悟しろ。犯人は僕だ。僕が仕込んだ。だが原因は君にある。きみに僕のことを思い出して欲しかったんだ」


 なんだ?何を言ってる。火球を爆発させ、強引に距離をとる。


「在りし日の駄菓子屋。きみは上級生にからかわれる僕を助けた。覚えてないか?私は蓮だ」


 思い出した。昔、駄菓子屋で上級生にからかわれている子を助けたことがある。蓮と名乗るその少年は泣いていた。それに気づいた俺は駄菓子屋の店先にあった蜂の巣をパチンコで落とし、パニックになったところを手を引いて逃げ助けたのだった。

 彼とは何度か遊んだが、ある日を境にぱったりといなくなり、それ以降再び出会うことはなかった。


「蓮?!でも、蓮は男で」

「あの時は兄のお下がりばかり着ていたし、幼かったからな。今みたいなナイスバディではなかった。髪も短かったし、それが原因でからかわれたのさ」


 彼女は苦笑する。


「憧れた君のような、強い自分になりたくて、僕は自分を鍛えあげたよ。きみはゲームが好きだった。だから、いつか君に会えるだろうと」


 再びナイフを構え、彼女はぐいぐいと迫ってきた。詰め寄る彼女に思わず後ずさるが、僕の首元にナイフを近づけ、妖艶に微笑む。


「これは、僕から君へのラブレターだ」


 彼女はそのまま、押し込むようにナイフを突き出す。


 膝から崩れ落ちる形で、その攻撃をかわす。がら空きになった脇腹に火の玉を押し込む。


「やるねぇ。それでこそ、君だ」


彼女は満足気に笑う。


「簡単に死ぬ気はないぞ。『女王蜂』。円上 愛男!一世一代の下克上だ!」


 ズブッ


「へ?」


「あ、ごめん」


 俺は頭を貫く痛みに気絶した。


「あちゃあ…やってしまった」


 薄暗いドームの中で、頭にナイフが突き刺さったまま立ち尽くす相棒を見てつぶやく。


「ふむ」


 彼女はナイフをずるりとぬき、耳に手をあてて、喋る。


「みんなありがとう。円上くんは僕に勝てなかったよ。あぁ、状況終了だ。チームのみんなにも礼を言ってくれ。あぁ、頼む。…は?ば、ばか、そんなのではない。恋愛とか、そんなのでは。ま、また学校でな」


 まったく、恋愛だとか。そんなつもりは。ドームの中に蜂がおちてくる。外の仲間がプログラムを切ったのだろう。わたしもそろそろログアウトしなければ。ナイフを回収するため、立ち尽くす彼に近づく。その顔を眺め、少し、考える。辺りを見回す。プログラムが徐々にくずれていく。どうせ、この記録は残らない…か。

 少し背伸びをして、


「ちゅっ」

ゴシゴシと口を拭い、頬を染める。


「うむ、頑張ったご褒美だ」





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