第77話 黒いヒトガタの魔物
"第一侵源地"近くの街アーマトの火災跡。
焼け落ちた倉庫の並びから一旦外れて、海側からその地下の排水路へと進む『彼ら』は、整備のための細い通路の奥、道幅に対して異様に大きな扉を見付けた。
まるで排水路からそこを通るナニカがいるかのような分厚く大きな金属製の扉。
そしてその裏には、彼らからは見えない通路が伸びている。
「ここ、ですね」
「よし、
「"生物"は細かな
「……タズマ君がいれば、暗殺すら出来そうだね」
「
トットールは褒め称えたつもりだったが、タズマにはそう伝わらない。
身構えたハズの陣容が筒抜けであるなど、部隊を扱う将としては悪夢以外の何物でもないのだ。
このタズマが扱う魔法の価値は、咄嗟に閃いたにしては高すぎた。
「ご主人、ボクの後ろに居てね」
「ご主人様の後ろには、私が居ますから」
地下通路では、タズマの前後を美人メイドたちが守るらしい。
新たに加わったキィクはそれを羨ましそうに、しかし昨夜の
「タズマ、この上は倉庫の瓦礫がちょうど寄せ集められてる区画だ。崩落の危険もあるから、僕の魔法は派手には使えない」
「わかったよ。俺たちが突入した後、この扉を封鎖して剣星さまと合流していてくれ」
「うん。わかった。気を付けてくれよ」
そこを進むのは、タズマ、シーヴァ、プチ、マニル、トットールというチーム。
ただし、トットールはいつもの大弓ではなく小弓で、矢の数も両脇に備えたホルダーの分のみと、姿が二回りは小さく見えた。
そして、シーヴァもプチもその姿は…… 確かに違う。
ミニスカメイド、だった。
「……ねぇ、二人とも
新たに称号を得て、賜った技を持つという心機一転があったにせよ、その可愛らしく着飾った衣装は緊張の場面で浮いていた。
普段からシーヴァはメイド服、プチは半袖短パンにベルトの皮鎧なので、布地面積で言えばプチだけ増えていたのだが……。
それは、肉付きのいい健康的な脚線美。
それは、引き締まった一切無駄のない美脚。
惜し気もなく
「ご主人様を守るのに、普段のメイド服はここに適していないので」
「ボクはこの服をお屋敷でも着たくて発注したの。可愛いでしょ?」
「うん、とっても似合ってるし、キレイだ…… や、違うよ、そうじゃなくてさ。これから行くのは、とても……」
慌て危険性を説明しようとするタズマを、プチが抱き締める。
シーヴァがさらに包み抱き締めて、タズマをなだめた。
「ダイジョブだよご主人」
「この衣装は、こんな程度では普段と変わらないのだという、私たちの"心意気"です。そして……」
「この服は、特注品なんだ。ボクの全力が出せるように、伸縮する仕掛けがあるの」
シーヴァやプチの『全力』。
それは姿を変え、力を振るう事。
「最初から
獣人化―― 身体を獣に近付け強化し、己の限界まで動きを加速するという、亜人の一部で使われるスキル。
タズマの指示や魔法に頼るばかりではなく、自分からも役に立ちたくて彼女たちは考え、この服を持ち込んだ。
全ては、自分たちの主人を生かし、活かして、この問題を解決するため。
主人に、快く負担なく、力を使って欲しいからこそ。
「そして、ご主人様の"あのスキル"をお願い致します」
「あれが掛かったら、ボクたちゼッタイ誰にも負けないからさ」
その信頼に、願いに、タズマもうなずいた。
無言で二人へ『魔法』を付与して、更にスキルを発動させる。
「よろしくね、二人とも。
暗い通路を、魔法の輝きが一瞬照らし、彼らは扉を開けたのだった。
☆
最初の部屋は小さく、扉を開けるとすぐの場所で、出入りを監視していると思われる。
そこでタズマは電撃戦を提案し、彼女たちが駆ける役を負った。
《ギィイッ》
扉がわずかに開き、片手のみの短剣でプチが飛び込む。
奥にはタズマの言う通り三人の『異形』、それを目掛け走り抜け、擦れ違い様に首を一閃。
その後を確かめる事なく通路の先へと走る。
プチは三人の退路を塞ぐ役。
そして残りは後詰めの仕事だ。
矢が閃いて異形の頭を射抜く。
トットールの瞳には、タズマにより『暗視』の付与魔法が掛けられ不利はなかった。
また、獣に近付いたシーヴァの速度は普段の倍に近く、力は更に増して重さがあった。
大剣の一振りで異形の体躯を撫で斬りに、返す刃でプチの仕留めきれなかった一体を真っ二つにしてのけた。
「……
「仕掛けがあるみたいです。ご主人様、魔眼で何かわかりましたか」
先に発動していたタズマの視線は、天井に吸い付いていた。
前世で見慣れた、それは。
「監視カメラだ。ここ、転生者が関わってるね」
つまり襲撃は今、露見したのだろう。
そう考え、電撃戦を続行する。
「通路、今プチが触れてる壁の向こう、更に通路がある。クランクする形で、その先まで見えないけど……」
「壊しますッ」
魔法を使おうとするタズマの前に出て、シーヴァは大剣を裂帛の気合いと共に振り下ろした。
《ドンッ…… ビギッ、ガラガラ……》
魔法より早く爆裂する壁、そしてその向こうに見えた通路には、また異形が蠢いていた。
その姿は表面がヌラヌラとして、黒く鈍くコールタールのよう。
だが瞳も口もあり生臭く、人とは思えないが大柄なヒトの形をしていた。
「改めて、不快な姿をしてるね……!」
「存在の在り方に魔法の力を感じます。あれも、魔物なのでしょうか」
「分からんが、倒すしかない」
タズマが感知した存在で間違いはない。
故に、生命ではあるのだろうそれは、粘液を纏った腕を振るい、距離を詰めたプチとシーヴァを襲う。
「遅いッ」
《ブオォッ…… ブオォンッ、ドガシャッ》
シーヴァに続きプチが避け、身代わりに叩き壊された
「水、か? 【
《ビシュウゥウゥッ》
直感のままにタズマが放った水の中級魔法は、直撃はしなかったが一体の異形の足を捉える。
途端、足が沸騰するように弾けて倒れ、そのまま動かなくなった。
「初撃破……! じゃない、この敵、水が苦手です!」
それを知るとトットールは、部屋の入り口から矢の先端に『魔石』を嵌め込み躊躇いなく天井に放つ。
一瞬光り、その下に居た異形の敵に、スプリンクラーのように水が降り注ぐ。
水の魔石を使用し、着弾の衝撃を切っ掛けに属性を炸裂させたのだ。
《ぎょばぁぁぁぁ……》
「うわ、そんな声出すんだ……」
「この魔物、なんのために配置されていたんだ?」
トットールが呟く声に、タズマが立ち止まる。
「マズイ! 監視カメラが使えているならひょっとして排水路の入り口から監視されていたのかも――」
そう気付き、タズマはもう一度
真上に、巨大な生体反応!
「黒いのはオトリ、奴ら逃走しています!」
やはり襲撃は、失敗していたのだ。
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