第54話 着飾る乙女たち




 園遊会とは、昼から夜まで行われるガーデンパーティーだ。


 美しくドレスアップした女性たちが、同じく身成整えた男性にエスコートされて、歓談し、演奏を楽しみ、食事を喜び楽しむ――。


 そこに、俺はいた。


 いや場違いなのは分かってますけど。


 剣星様みたくダンディーじゃないし、まだ十一歳だから身体も子供だし。

 ランダー伯爵のように女性を心地よくさせるトークもないから。


 はぁ。

 早くみんな来ないかなぁ。


 そして、願いが叶う。



「お待たせしました…… ご主人様」



 水色のボリューミーなドレスに、真珠の装飾が各所に光る。

 フリルを沢山あしらったスカートは歩く度に波打ち、シーヴァの足の長さを思い浮かばせる。

 陽光に輝く白が、ドレスの清らかさを引き立てていた。



「シーヴァ、よく似合っているよ。やっぱり、スタイルがイイから」


「わぅわぅう~♡ ご主人様も良くお似合いですわぅ♡」



 いつものようにシッポを揺らして、嬉しそうだ。



「ご主人、お疲れかな、ダイジョブ?」



 白い花のコサージュが肩と腰を飾るオレンジ色のドレスはシンプルだが、着ている人の魅力を引き出している。

 体毛の多い部分はあえて覆わず、露出が多いけどイヤらしさより健康なイメージが出ている。

 プチはホットサンドを噛りながらも労いの言葉をかけてくれて、とても気持ちが落ち着いた。



「ははは、プチも可愛いね。それ、俺にも一口くれるかい?」


「んにひ、あ、あげるっ♡」



 伯爵の庭園にはテーブルがならび、高価なティーセットが置かれ、沢山の料理が並ぶ。


 さすがは貴族のパーティーと言うべきか、アクシデントの分を取り返そうとしているのか……。


 高名な演奏家も招待しているので、お金も当然掛かっているのだろう。



「貴族さんって、大変なんやねぇ」


「こういう場でケチる貴族は見下されるからね」



 声で分かっていたけど、息を飲む。

 長い身体を包む紫色の長布を幾重にも重ねたようなドレスは、普段は質素なローブ姿のキヨから掛け離れていてドキドキした。

 ヴェールのショールは肩がスケスケで、特にへそ出しだったし。

 そう、ラミアーは卵生じゃないんだそうだ。


 ホットサンドをお代わりに行ったプチを見送り、もう一人の食いしん坊を探すと…… いた。


 何人かの貴族に囲まれて、代わる代わるに餌付けされていた。



「楽しいわ、この子沢山食べるのね♡」


「孫の赤ん坊の頃を思い出すねぇ」


「あっ、あるじ、この『カクニ』とってもウマイよ♡」



 丸々一頭分を平らげそうになっていたので、周囲の貴族へ会釈をし、貴族らしい振る舞いを保ちつつユルギを保護した。


 頭から肩に掛けて、手の込んだひも飾りがぐるりと囲んでいる。

 服装はいつもより若干露出が少ない黒い水着のような服で、概ね落ち着いた感じ?



「あっ、あるじ、このヒモ『オトメノヘンジ』っていうの、取って取って♡」


「あきまへんえ、それを取った男子と添い遂げるっちゅう約束事の込められた品でっしゃろ」



 そうなの?

 さすがにそんな種族限定の話なんて知らないよ。



「えーっ、ケチ、あるじに取ってもらえると思ったのに。じゃあ他のなんか食べてくる」


「ほどほどにな~」


「中身は子供ですが、アピールは、してきはりよる……」


「侮れません。ご主人様は内外守らなくては」



 シーヴァとキヨが頷きあってる。

 だいぶ仲良くなったなぁ。



 ソック伯爵への手土産として、俺は王都で買った酒を送ったが、他の貴族からはギンギラな鎧やら絵画やらが送られていた。

 他にも品質の良い武具や宝飾品など…… 何が良かったのか調べとけば良かったかな。



 一般的に園遊会ガーデンパーティーは位が上の者が取り仕切って開き、貴族の系譜の大きさを周囲に知らしめると言う側面がある。


 招待された貴族は土産品の持参が普通だけど、寄り親が開いている場合は寄り子は手ぶらでも『人足』を差し出すとかで代用としたりする。


 今回の名目がお祝いなのでほぼ全ての参加者が土産品を持ち寄っているが、主催者へと渡すか主賓に渡すかは自由だそう。


 主賓に渡す品が貧相だと恥になるだろうし、見栄と金銭面でバランスに苦労してるんだろうな。



「本当に、貴族とは面倒ですね」


「ふふふ、しかし良くお似合いですよ、タキシード」



 笑い掛けてきたヘルートさんも、今日は革鎧ではなく儀礼甲冑という銀の装備だ。

 ただし、女性用は少々セクシー。

 バスト部分は左手片方だけがカップで持ち上げられ、腹部はコルセット状に鎧われているが、フトモモはほとんど露出している。


 どこぞのビキニアーマーを彷彿とさせるデザインなのだ。



「ヘルートさんも、良くお似合いですよ」


「あっ、あまり見ないで欲しい……」



 そうは言っても、姫様チアキが来るまで俺を他の貴族の視線からの衝立スクリーンにしたいと言ってきたのは彼女からだし。

 特に剣星様との間に居て欲しいと言われているので、位置取りが難しい。


 見るなと言われたら見ないけど。


 と、屋敷の方から、歓声が聞こえる。


 どうやらビッグゲストの準備が整ったらしいのでヘルートさんが駆けて行った。



「ご主人様、壇上へと呼ばれています」


「そうか、ありがとう」



 庭の中央にテーブルよりは低い講壇が組まれていて、すでにランダー伯爵と剣星様が上がっていた。



「しかし、普通は無いんだがなぁ……」


「何がですか?」


「貴族の馬車に襲撃を許すという大問題を起こして、かつ園遊会を開催するってコトだよ」


「まぁ、無いですよね……」



 ランダー伯爵の発言は、これから現れるビッグゲストのせいだと暗に伝えているが。

 と、そこへ着替えたコーラル姫…… チアキが現れた。



かしこまらずともよい、祝いの席です。誉れ高く伝えて欲しい。その名と雄姿を」


「おぉう……」


「あんまり地を出しなさんなよ。うちのオヤジ様も、喋りすぎで煙たがられてるんだ」


「は、はい」



 チアキのドレスはピンクを基本色に、肩から背中へと同じ色味のフリルが泡のような模様を描いて飾っている。

 髪飾りは控えめなのに、陽の光にキラキラとまばゆい。


 その存在感が圧倒的で、周囲から言葉を奪っていくようだ。



「祝儀、進めてもよろしいでしょうか」


「構わぬ。私からの祝儀は受け取ってもらえたか?」


「もちろんで、ございます……」



 いつものケラケラと笑う姿からは想像できないな。


 貴族を圧倒する王族のオーラと言うか。


 この場は本来ソック伯爵が進行するのだが、伺いを立てずにはいられないのだろう。



「面倒だとか思ってたけど、面白くなってきた」


「あんまりからかってやるなよ。じゃれる程度なら、構わんだろうがの」



 俺の考えなど、剣星様にはお見通しのようだ。

 だが、断るっ(笑)。



「これへ、タズマ殿……」



 などと、企みをしていたらチアキ…… いやコーラル姫に呼ばれてしまった。

 おおやけの場なので、頭を下げたまま、その足元へと進む。



「先の野盗退治、誠に見事であった。怪我人もその癒しの力により出ず、また私も助けられた。そして……」



 よくこんな堅苦しい喋りが続くものだ。

 いや、コレの反動で普段はあんなに砕け散っているのかも知れない。


 そんなコトを考え、油断した。



「お誕生日、おめでとう!」



 一瞬、普段のチアキの顔で微笑み、手の中からペンダントを差し出した。


 ……油断した。

 普段はあんな、ユルユルのクセに。

 こんなサプライズとか。


 周囲からも暖かな拍手などをもらって、恥ずかしいお祝いとなったのだった――。



「くそう、いつか仕返ししてやる……」



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