第43話 この世界への招待




 お姫様だったと言う千暁チアキに連れられ、俺たちは城の第三談話室というところへ通された。



「お食事はもうすぐ運ばれてきますので、お待ちくださいッス」


「メシ、な~に?」


「この街の名物って粉ものと揚げ物なんす」


「コナモノ?」


「ユルギはあんまり語彙がないんだ。簡単に言ってやって」


「あ、はい。えっと、ピザとか、おやきとか、肉まんとか、フライ色々…… あと、お好み焼きッスかね? 今日の献立は……」


「フィッシュ・アンド・チップスとベーコンスープでございます」


「あ、ありがとうございます」



 かっちりとしたメイドさんに答えられ、思わず緊張してしまうが、まぁとにかく話を聞こう。



「で、転生者として俺がこの世界ここに来た理由がなんだっけ?」


「ご先祖様の願いだったらしいッス」



 と言われても。


 しかし、やはり繋がりが見えてこない。

 俺が転生するより先に、俺との関わりがあったペットやヒトをこの世界に集めて、そこから俺を導いた、てなコトを聞いたばかりだけど。



「ご先祖様って、王家の祖…… ヒトとモンスターの血を引くっていう……?」


「あ、人間ヒトドラゴンッス」



 ヒトとドラゴン…… ドラゴンハーフ?


 竜人ドラゴニュートってコトか。

 そして、その子孫がチアキ。

 そして、お姫様、なんだよなぁ。



「なんかまたバカにされてる気がするッス」


「してねぇよ、鋭いな」


「してんじゃないすか!?」



 してないしてない。



 【ごめんなさい、我のワガママに巻き込んで】



 その時、頭の中にあの『神様』の声が響いた。


 いや、声というか文章なんだけども。

 かまわない、と言うより、理由はどうであれ仲間が…… 家族が集まれるのは幸せだ。


 っと、心で返答していると皆には分からないか。



「王家の祖が、神様だったんですね……」


 【我の…… 名前は、シラユキだ】



 ――は?



「待って…… 待ってくれ。俺の知ってるあの『ニホンヤモリ』のシラユキで、合ってます?」


 【合っている】


「コオロギ『S』しか食べない、あのシラユキ?」


 【ゴキもハエもキライだ】


「……なんで俺の爪を齧ってたの?」


 【塩分不足…… ううん、じゃれていただけ……】


「……ホントに、シラユキなんだな?」


 【本当…… だから。ごめんなさい】



 次々と、独り暮らしの部屋の風景を思い出す。

 ああ、あの部屋で皆を生かそうとして、逆に支えられていたんだ…… そんな感情が、今更に沸き上がって。


 自然と、涙が溢れた。



「ご先祖様がデレて、センパイを泣かせた……!?」


「茶化すなチアキ。シラユキにはむしろ感謝してる。それで、シラユキは今、どこに居るんだ?」



 声だけ、しかもその声は頭の中で自分の音声っていうのはキツイ。

 ちゃんと目の前にして話したい。



 【まだ、眠っている】


「寝ている!?」


「そこら辺は、ワタシから説明するッスよ」



 チアキはそう言うと、腕を振ってメイドたちを下がらせ、衛兵たちを下がらせた。

 残ったのは、あの銀甲冑のイベルタさんとかいうヒトだけ。



「センパイには、この王家の話を聞く権利があるッスから」



 王城の謁見で、謎が明かされる?


 まだ分かりにくいよ。

 もっと砕いてくれ。




 ☆




 時系列に沿って説明してもらうと、およそ千二百年ほど昔に、シラユキはこの世界に転生した。


 シラユキを産んだのは王家の祖である白神ベラーリ…… と言われているが、当然産みの親がいる。


 白竜ラグレイ。

 そして、魔法騎士ベラーリ。

 当時名も無き神は、この二つの存在が唱える『平和』の観念に心を射たれ、象徴たる『竜人シラユキ』を産み出した。


 シラユキの魂は、偶然取り込まれたらしい。


 そして、白竜と魔法騎士は神に取り込まれ一つになり『導きの白神ベラーリ』となった。


 王家創世期の当事者となったシラユキは、魔法騎士の残った一族を基礎とする『王家』を作り、貴族体制を整えていった。


 そうやって、始まったばかりの異界溢れパンデミックからこの世界を守ってきたのだ。



 そして時期を同じく、転移勇者という存在がいた。



「センパイには負けますけど、中々にいい男だったらしいッスわ。暑苦しくて頭が悪い、痛いヤツだということで」


「何されたんだシラユキ…… かわいそうに」


 【平気、出会い頭に頭を撫でられたから、噛みついてやった】



 しかしそれは、恋仲になるのも仕方なかったようで。

 その勇者との子供を、授かったのだと。


 ここに…… 責任感ばかりの立場にひとりぼっちなんて辛かっただろうし、キャラの濃い奴が支えていてくれたのだと思うと少しホッとして、少し嫉妬した。



「その頃、この世界はまだ不安定で、『偶発的イレギュラー』に訪れるその勇者(笑)とかが多くて、ご先祖様が持っていたスキル『因果の羅針盤』でどうにか世界の中央にルールを作ろうとしていたんす」


「そんなにスゴいスキルを、シラユキは持っていたのか」


「転生した時から神子みことして祀られて、でも、そのスキルは年単位の『精神』を消費するって言うシロモノだったんすよ。ひどくないすか。お陰でご先祖様はろくに外を見たことがないらしいんす。スキル使うと倒れるなんて」


 【我は本当に一番最初の転生者。直接神に与えられた『因果の羅針盤このスキル』を使い、民族の多様性に寄り添って『変遷』を操ってきた…… これは役目。酷くはない……】


「神様との対話を果たした『必然的喚ばれた』転生者ってご先祖様だけらしいッス」


 【この力がバランスを取って、人と亜人とが協力していく体制が整っていったのだから、後悔はありません】


「ご先祖様、健気ッスよね…… ううっ」


「それらを、シラユキは見守ってきたのか」


【永かった。時には助言もした…… けど、我は動けなかった。この城の中で、異形の身体を隠していたから】



 なぜ、彼女は身を隠す必要があったのか?



 【人間と竜の血を引いていたから。そして、神子だったから。我は、ヒトならざるモノだったから……】



 古い伝説の、ヒトとモンスターの交わりの話。



「白神ベラーリ様の子供だから?」


 【我は、時が流れても…… 身体は歳を重ねてはくれず、かつての友人が死に、あの勇者も先に死に、唯一産み落とした子供も逝った。竜の血を引いていたために精霊に近しく、時のくびきから逸脱していると、悲しみと共に知りました】



 そんな、悲しい話を、シラユキは語る。



 【我が子らが世の中へと様々に働き掛けていくのを見ているのは、そんなに悲しくも辛くもなかった。少しずつ『払拭の蒼ブルーカラー』の技術も広まって…… 魔物との戦いもしっかりと勝てるようになっていって……】



 だが、生き神となっていたシラユキは外交や国政からは退き、ただその力で数多の亜人種族や人々の『認識』に働き掛けて、争うことの愚かしさ、戦うべき障害の大きさを広め、浸透させたのだ。



「この『剣』もシラユキのもたらしたモノなのか」


「ご先祖様は万能ッス」



 しかし、その『認識』が浸透していたなら『東南戦争』が起きたのはなぜだろう?

 歴史的には五百年前くらい、そこで公国の東側が場所ごとに分裂して、別の国へと独立した戦争。


 シラユキが、言い淀んでいる気配がした。



 【余裕ができると、人は愚かになるモノ。六百年前、大きな異界溢れパンデミックを乗りきって、大物貴族の『何とかさん』が我の存在に物申し、まつりごとに神が関わるのはよくないとか、もう、余計なちょっかいを掛けてきた。この身が外に晒されるのは我は構わずとも、既に聖王国として動いていたため、生き神を担ぎ上げることは今更に思えたのでしょう。事実、その頃の国は安定していた。面倒ごとには、なるべく隠蔽フタしようとするのが、頭のイイヒトの考えでしたからね……】



 この時、王家がシラユキに願ったのは『眠り』だった。



 【ヒトならば死ぬほどの薬でも、我の身体は耐えてしまう。その間に深く眠っていてくれたら、気まぐれな貴族の目を反らし時を稼げる…… よっぽど差し迫っていたのでしょうね。血眼ちまなこ子孫しそんに頼まれて、仕方なく、それを飲み干しました】



 そこからは、シラユキ自身にあった『夢の徘徊者ドリームウォーカー』のスキルで眠ったまま世界を探索し、同じような存在の『影さん』とか『光のタマちゃん』とかを友達にしたり…… でも時が経つものの、眠りから覚めることはなく、戦争が始まり、事情を知っている人が減っていき、シラユキが眠る城の隠し部屋には誰も来なくなった。



 だが、その永い時間も終わりを告げようとしていた。



【眠る前に願ったコトへの条件が整い、『因果の羅針盤』が働き始めたの。我は眠りから三百年ぶんの精神性、信仰とも言える願いを籠めて、ずうっと…… 貴方を、願って、望んでいた。かつて我を慈しんでくれた貴方が…… 我を…… 助けに来てくれるのを、夢にみていた】


「そして、発動した力が、俺たちの魂をこの世界に引っ張ってくれたんだな。でも、タイミングおかしくないか?」



 そんな疑問も、まぁ異世界なんて場所に来ている時点でおかしいんだけどな。



 【時間が影響するのは同じ世界の中だけ。切り離されたここに至る『時』は、切り離されて別の軸の『時』を流れている。我が先に来て千年経とうと、喚び出すことは出来るの。転移してきたあの勇者(笑)なんて昭和のヒトだったもの】


「何で直接俺を喚び出さなかったんだ?」


 【時間のルールから神の半身として外れているように、我の因果は既に前世の縁と離れていて…… 他の縁ある者から手繰り寄せるしかなかったの…… その縁ある者が再びこの世界に現れるまでは、ひたすらに待っていただけ】


「あぁ、そんで一辺に。誰が最初なのか分からないが、導かれて転生して、そこから俺を引っ張りあげたのか」



 シラユキのスキル『因果の羅針盤』の力は何でもありに見えて、捧げるコストが大きい。


 そして遠回りに手間をかけて、シーヴァやプチ、キヨやユルギ、ヤマブキがこの世界に転生して。



「それに混じって転生したのがワタシッス」



 なんで胸張ってんだよ……。

 王国の第一王女、コーラル姫。

 その中身は後輩チアキだったとかも驚きだけども。



「やー、ビックリッスよね! 嘘が事実になる事もあるなんて。これは、やっぱし運命だと思うんすけど」


「ん、チアキ、悪い、もう腹減ってるから続きは後で」


「ひでえッ!」


「姫、お言葉を選んでください」


「とりあえず、平穏な食事をさせてくれ…… 冷めちゃうぞ」



 既に運ばれていた食事に感謝しつつ、思ったよりも質素だけど味のいい食事を黙々と平らげる。



 色々説明されて頭がパンクしてたから。



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