第34話 絶望の襲来




 審問官は十人いたが、質問をする係は一人だけのようだ。


 問題は二つ。


 神の在処ありかはどこなのか?


 忌むべき者はどこに居るのか?


 それはとてもシンプルで。

 しかし国に五人しかいない内の一人、『正直者オネスティ』の魔法が使える裁判官を連れてきていたため、厳粛な雰囲気の出来事だった。


 もちろん、アルー兄さんへの審問は何事もなく終わり。


 だが、その集団の一人が抜け出して行くのを見逃さなかった。

 いや、シーヴァが見逃さなかったのだけど。



「不審者がいますが、捕獲しますか?」


「なるべく傷付けずに出来るか?」


「お任せください」


「うん。頼む。上手く出来たら一緒に散歩しよう」



 うなずき、瞬間シーヴァの姿は消えた。



「そんなに散歩好きなのか……」



 ギラついた瞳は楽しそうだった。

 全員が真っ白な頭巾を被っていて、審問官は誰が誰かは分からない。

 そんな集団の中の不審者は、お父様の執務室に入ろうとした時点で捕まった。



「は、放せこの!」


「では代わりにナイフで腕を貫いて無力化させていただきますが」


「ひっ、ひい」



 この不審者について、集団の誰も知らないと言う。

 そう言うとは思っていたけどね。


 審問官ズは、大教会が名誉職の扱いで選ぶモノだ。


 だから、給料はでないしお互いを知らないままでもおかしくはない。


 とは言っても、それを選びまとめている人物は居るので、俺はそこをまず叩いた。



「ミミチ伯爵様、これは一体どういう事なのですか?」


「私は、審問官と裁判官あわせて十人を導いただけで、それ以外に何も関与はしておらん」


「つまり、人数も数えられないと宣言なさるのですか」


「貴様、無礼にも程があるぞ。子供はベッドに寝転がって菓子でも頬張っているがいい」



 今回の審問会取り纏めに任命されたのが、若い伯爵にはきっと不服なのだろう。

 不手際があり、不祥事を起こしてなお苛立ちが隠せない辺りはまだ若いなぁと思ってしまう『内面オッサン』の俺だった。



「ご冗談を。では、捕らえた不審者につきましてはこちらで取り調べを行いますがよろしいですね?」


「バカな。異教徒の疑いのあるものを、教会が許すワケがない。そやつ意識はあるのか。殺してはいないのであろう。こちらで詳しく監視する」



 悲しいくらいに小物の臭いがする。



「先に言っておきますと、私と違い、部下は少し気が短いモノがおりまして。お恥ずかしい限りですが、取り押さえる際に抵抗されたようで、現場で脅迫に近い言葉で聞き出しをかけていたとしてもお許しください」


「む、むう、し、仕方ないだろう、如何わしいものを持っていたのならな!」


「は、私は如何わしいもの、なんて一言も言っていないですけど……? その如何わしいモノとは、一体何を想像したのですか?」



 というか、恥ずかしいくらい小物だ、このにーちゃん。

 アルー兄さんと同い年とは思えない。



「な、何でもない、俺は何も関わってなどいないっ!」



 そんな他愛ないやり取りをしつつ、不審者の受け渡しを後回しにさせた。

 そして改めて、俺はアルー兄さんと共にその不審者と対面した。



「君、コドー準男爵だね?」


「知っているの、兄さん」


「うん、ツネニ子爵の寄り子で、騎士の家系さ」



 地下の物置部屋に繋がれた彼は、兄さんが最後に会った顔とはかけ離れており、一瞬分からなかったらしい。


 ツネニ子爵家はオーネ姉さんの一件以降、領地の再構成が始まり、どうやらコドー準男爵の領とされていた村は取り上げられ、名前のみの貴族となったらしい。


 そこに、匿名の仕事を受けた、と言う。


 そんなの…… どう考えたって世間知らずの彼を利用してる伯爵の仕業じゃん。


 端的に、分かりやすい陰謀だった。



 だからこそ、その奥の…… ミミチ伯爵の先にいるとおぼしき『黒幕』の存在が気になるのだ。



「ああ、アルー様、申し訳ない。今や我が領土はなく、母も妻も、生まれたばかりの子もいるのだ…… 何でもするしか、なかった」


「頼んだという相手は、分からないのですね?」


「すまなかった。依頼者は分からんが、頼んできた男の声は覚えている」


「分かりました。いずれその記憶を頼ることもあるでしょう。奥様方を、我が領に招いてもよろしいですか」


「なんと、おお、頼む。頼む。すまない…… 絶対に、貴方の役に立ってみせる」



 アルー兄さんは甘いけど、こういうところが大好きだなぁと思う。



「ああ、私が持っていたあの本は、別の『女』が持ってきたモノだ。その声も、覚えている」


「禁忌書籍で、間違いないか」


「うん、姉さんが確認した」



 言葉の通り『禁忌』の品、それはどこから持ち込まれたのかは分からないが、依頼者が直接持ってきたワケでもないらしい。



 コドー準男爵家への移動を指示する文書など用意し、彼自身の身の安全を図ることをネオモさんを交えて話し、そんなやり取りも程ほどのところで、伯爵様が俺たちに命令を下した。



「狼女のせいで怪我をした不審者を、一刻も早く治療せねばならないので教徒と共に引き上げる」



 ……らしい。

 これには無力化に努めたシーヴァがおこ。



「怪我は、頬の擦り傷程度ですが?」


「ツッコミをしても、彼らも頼まれてるだけみたいだからしかたないね。でも、コドー様が心配だな」


「気遣いありがとう。ええと、タズマ君? 僕は家族もいるから、簡単には死ねない。大丈夫さ」


「そういう匂わせフラグはダメですよ。せめて兄さんとの約束を果たすまではって言ってください」


「……?」


「それは修羅場に突入してる前提だな?」



 いつものやり取りは、しかし長い付き合いだからこそ伝わるモノで、コドーさんには分からないノリだったか。



「許されるなら、今の遠慮のないやり取りに加わりたいものだ」


「是非とも。待っているよ?」



 しかし、アルー兄さんには懐かしい友好関係だったらしく、目を凝らしてコドーさんの内面と思いを辿っているようだった。



「「ははははっ」」



 まあ、男の子の友情は喋るより行動ですので。

 連行されるコドー準男爵は、決意を固めた顔をしていた。




 ☆




 一方、午後からの内部監査では。

 調査の抜けた部分が発覚し、税金の過払いが見つかった。


 国の事業である道路敷設工事に含まれる『資材搬入』や『人材育成』に関しての申請漏れが村の帳簿に掛かっていて、更にその後開始された都市開発にも非課税となる部分が、町となった帳簿に書かれていた。



 これは引き継ぎの時のミス。


 そして、監査係が見直していく最中にコートンさんが見付けてしまい、妙な気まずさが発生した。


 監査係が見落として、横から見ているだけの家令が発見しちゃうのは流石に、ね。



 当時、ネオモさんとコートンさんで回していたし俺は詳しくないが、払い過ぎもいけないらしい。

 逆の意味だと脱税だけど、これはこれで訂正しなくてはいけないので還付申告とかいう作業が追加されていた。



 俺の頭で身近な言葉だと、医療費控除とか、年末調整とかのシステムだな。



 審問の方が終わってしまったので俺はこちらにも参加したのだが、その後も眺めていると、工事の材木が『使われる毎に』買い取られて代金が払われる事とか、今まで知らずに過ごしていた様々が見えてきた。



 そんな、作業が終わろうとしていた時。



 窓の外、空の色が急に紫色に染まった。


 まだ夕方ではない夏の空の色が変わり、何とも言えない、重苦しい気配がのし掛かる。


 俺は初めての経験で分からなかった。


 家政婦のマリーアが呟くまで、みんな空を見上げるだけだったから。



「これは、『魔物大行進デスマーチ』の兆候です……!」



 それは『異界溢れパンデミック』とも呼ばれる魔物の集団行動。


 どこかで、暴力に晒される誰かがいるということだ。


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