第29話 看病という名目で誘惑を図るモン娘と疑惑の判定




 目覚めたら、見知らぬ天井が見えた。

 ……なんてね。


 頭がぼんやりとしてるけれど、この天井は新しくなった家の、たぶん客室。

 なんでそんなところに?

 そこまで考えて、記憶の寸断に気付いた。


 あぁ、あの時に気絶したんだ。

 歩いていてふっと、倒れたからな…… 頭を打っていたのではないかと心配になったので。


 これまでの流れを振り返ろ簡単に説明しよう。


 現代日本でしがない商社マンだった俺が、ブラックな上司の責任逃れの標的となり、やけ酒を飲まなくてはやってられない状況になって…… しかしそのせいで急死してしまった。


 なぜか西洋ファンタージーな世界で貴族の三男としての第二の人生を送れるコトになり、そして何だか運命的な出会いがあると知って……。



「あっ、おはようございますご主人様ッ♡」



 最初に俺を訪ねてきたのは、この柴犬から転生した『シーヴァ』だった。

 元が実家のワンコだとは思えないくらいに美人。

 肌は日に焼けたような褐色だが、髪は銀色でキラキラとしている。

 瞳はベージュというか、犬の頃のまま。

 顔立ちは整っていてヒトと見間違えそうだけれど、左右の耳は頭の上にあり、メイド衣装のカチューシャを押さえて揺れている。

 彼女の左耳は折れていて、前世の出会いを常に思い起こさせた。



「無理が過ぎて倒れたのを、覚えていらっしゃいますか」


「う、うん。ごめんよ、迷惑を掛けて。すぐに遅れを取り戻すから」


「ダメだよご主人。今日から一週間は仕事禁止。ボク見張り」



 そう言う彼女は、シーヴァと同じく転生したという元・三毛猫の『プチ』。

 彼女も前世の実家で飼っていたのだが、何がどうなったのかこの世界で美少女になって合流を果たして、今ではコックとして腕を振るっている。

 白い肌にオレンジの髪はショートカットで、一部に黒が混じっていた。

 普段はメイド衣装だけど、今はショートパンツにミニシャツ、ベルトを何本かというキワドイファッションだった。

 この服はスレンダーな彼女によく似合っていると思う。

 頭の上には猫耳が忙しく向きを変えていた。



「私も見張りをさせていただきます。いいですか、お仕事の話も、するのもいけませんからね」


「ふ、二人とも、近い。分かったから」



 右手にプチが、左手にシーヴァが迫り、手を広げて接近を阻むがしかし、腰の距離は変わらずとも顔を近付けてくる。

 手にお粥とリンゴが構えられているのが見えた。



「ご主人様、あれからはお水も飲まれておりません。まずは水粥を、そして果物をお召し上がりください」


「二人で『あーん』するって決めてた。さあ」


「う、う、分かったよ」



 迫り来る美少女二人の圧力に耐えられず、おとなしく従って口を開けた。

 俺が倒れた理由は分かったが、何で仕事禁止なんだろうか。


 時間がないのに。



「むぐ、むぐ……」


「あっ、ダメですご主人様。お仕事のことは、後です」



 魔法でも使ったかのようにシーヴァに考えが読まれてしまった。

 だけど、流民の受け入れ体制が限界に近付いている。

 考えないのは、無理だ。



「ご主人。こっち見て」



 リンゴをフォークに刺したまま、右手のそれを突きつけられる。



「次、お仕事のこと考えたり、話したら罰としてボクを可愛がって」


「なっ、ズルい! 私も、私も可愛がってくださいご主人様あッ!!」



 なんだなんだ。

 それは罰なのか?



「何を言ってるんだ、もう。今は頑張らなくちゃいけないときなんだよ」



 時間は足りない。

 基盤どころか図面上にやっと浮かんできたか、程度。

 そんな状態ではまだ快適な場所になるか分からない。


 自分のアイデアを全部伝えるために、まだ……。



「ダメだよご主人」


「んうっ!?」


《ぷにゅん》



 プチのしなやかで温かい胸に頭を抱えられていた。



「ダメダメー。ご主人が無事に元気げんき皆伝カイデンになるまで働かせない」


《ぱにゅっ、ぽにゅっ……》


「むね、む、んむううう……」



 プチは細身なのに、無情にも体力的に押さえ込まれた。

 しかしなお、じたばたしていると今度はもっと厚みのある桃に両手がぶつかる。



《むにゅ、もにゅ、もにゅにゅん》


「あんっ、駄目ですご主人様。ご当主さまから息子を働かせるなという指示を受けております。甘んじて、私たちからの『看病ご奉仕』を受けてください……♡」


《ぷにゅん、もみっ、ふにゅふにゅ……》


「手がむにゅる、これ、シーヴァのっ……」



 俺には刺激が強くて、行動の自由も奪われて。



「甘えてください♡」


「何でもしてあげる。ホントに、何でもいいよ?」



 柔らかな刺激と囁きに、目覚めたばかりの頭が沸騰した。

 とりあえず。

 寝よう。

 身体の緊張を手放し、脱力して。


 また気絶した。




 その後も何度も何度もベタベタと接触して給仕されて…… 隙間で家族が見舞いに来たり、メイドがコックからの差し入れを運んできて、結果なぜか揉みくちゃにされたり。


 でも、二人の言葉に、行動に、裏がないことは知っていて…… まったく不快じゃなかったんだよな。




 四日後に、なんとか外に出る権利を得る事に成功する。



 トイレと風呂以外は部屋に軟禁なんて、どこのヤンデレか。


 ついでに言うと、二人とも水着を着用してだけど混浴をしてしまった…… 俺が逃げ出そうとしたせいだけど。

 実はこの時間が一番楽しかったのは、秘密だ。



 外にどうしても出たかったのは、領内の名主なぬしに打診していた石工いしく、水路の工事請負人がどうにかなりそうだと言っていたから、それを繋ぎ止めたくて誰かに伝えたかったのに。



「おお、タズマ。具合はどうだ」


「起きた時よりは顔色もいいわね。良かった」



 そんな思いはどこ吹く風か、両親は二人で書類作成に忙しそうだった。



「なにか、お母様まで苦労されてますが…… それは?」


「ああ、新都市建設の工事見積りと工期の予算、人員などの保障確認、村の業者の工員名簿だ」


「初めて触れるけれど、はてしない作業なのね。兄弟でこんなことまで出来て、凄いわねタズマ」



 家に居る二人とも?

 ん?



「いま、村の業者の工員名簿、とおっしゃいましたか?」


「ああ。およそ六百人の確保が済んで、第一次作業は四ヶ月の予定になっている」



 俺が自分なりにまとめ、声をかけ、予想した人員は五百人ほどだった。


 さすがはお父様だ…… 今の季節、初夏から四ヶ月だとギリギリ冬の前まで。

 そこも去年と同じように終われるよう考えているんだ。



「なんだ、やっぱり、お父様はすごいや。難なく人材を配置されて、工期もそれなら、居住区優先でいくのですね」



 すると、両親ともにまばたきを二度、そしてため息をつかれた。



「あのな、タズマ。さっき言った工事の話、作業員の人数が違うくらいで、お前が考えたままだったろう?」


「はい。僕の考えるコトなんて、お父様には分かりきって……」


「違う、全部、お前からの受け売りだ。しかも今、居住区優先でとかまた後から出しおって……」


「あなた、タズマの才能を責めないで?」



 なんだろう、話が食い違う。


 受け売り。


 俺の考えといえば、情報狙いの存在を知ってから手帳にまとめ、シーヴァに管理してもらって……。



「シーヴァ…… 手帳は?」


「申し訳ありません。ご当主様にお渡ししまして、内容は屋敷の内でのみ公開され、タズマ様の仕事は皆様で分担をし、現在はつつがなく進行しております」



 なんてことだ。

 なら、あの石工も、工員名簿に収まっているのだろう。



「作業員の人数は、オーネが頑張った結果だ。鑑定で技能が保障されたことで、就職は手早く進んでいるそうだぞ。他にも工事に役立つスキルが使える人材も発掘できたと喜んでいたな」


「三百人からやっと見つけた~と言っていましたね」



 亜人の技能持ちか、それはめでたい。


 亜人種族は『スキルツリー』を生来備えていて、逆に『サーキット』と呼ばれる魔術回路を持たないことが多い。


 無論両方を持つという存在も居るのだが、亜人種族の原始宗教と結び付いている『特殊魔法』である場合が多く、そして人族の魔法とは差違がある。

 そしてそれはスキルについても同様で、微妙に系統が違うために同じように使えると言って良いのか悩ましいようだ。



「長い道のりだったね…… ちなみにどんなスキルなの?」



 そんなレアなヒトのこととなると、ちょっと興味深い。



「空間認識、と言っていたな。マッハバトという作業員姿の少女が飛んで喜んでいた」



 な…… 大当たりだ、欲しかった技能の内の一つだよ。


 そりゃあマッハバトさんも飛ぶわ。


 本当はそんなヒトが現れるか分からないから、視界の確保されない場所(海中など)に敷設した経験のある業者や測量を複数回行って沼地の整備をする予定だった。



「必要容積だとか、懸念される問題はあるけど、あとは地質に詳しいヒトがいたら何とかなりそうだ!」


「ダメよタズマ。アイデアは出してもいいけど、お外はみんなに任せなさい」



 お外て。



《がっし》


「タズマ様、お仕事はいけませんと、あれほど……」



 しかしそこで時間切れ…… シーヴァに確保されてしまった。

 仕方ないので、俺が思っていたて手帳に残さなかったコトを口頭で流す。


 また、お父様には呆れた顔をされてしまったが、仕方ないじゃん、こんな風になるなんて予想もしてないよ。



「待て待て、記録する。まず? 穀物や野菜の生産量を今年から増やすため、休耕地にも麦を植える?」


「はい、連作にならない場所に限り。そして材木の伐採跡地から集めてきた枝や葉と、魚くずや動物の糞を使って栄養の豊富な土を作ります」


「近隣の農村のやり方に口を挟むのか?」


「根回しは済んでいます。これまで有機肥料として油かすと糞尿しか使っていなかった農業に新しく『魚粕ぎょかす肥料』と『堆肥』という植物の好む土を作っていく技術を広め、収穫量を高めます」



 この世界の魚の食べ方は焼くか揚げるか。

 その際に港町が近いこの地域では頭と骨、内蔵は海へと捨てていた。

 それをどうにか活かせないか、考えて思い出した。


 海から近いこの好条件なら、『魚粉』や『魚粕』と呼ばれる肥料にするのがいいだろうと。


 処理方法は難しくない。

 魚のアラ、骨を煮沸し、塩と油を弾いて乾燥させるだけだ。

 煮沸し終わったら乾燥させ、ミンチマシンなどで骨も砕いてしまえばいい。


 カニの魔物を退治しその肉を大半買ってもらった漁港に伝手が出来ていたからもう試作を頼んであるんだよね。



「タズマ」


「なあにお父様」


「お前は、やっぱり凄いな」


「私たちの子供ですもの、当たり前です」


「僕じゃなく、仕事に打ち込む人々がまっすぐに頑張っているから変われるんですよ」


「そうだな…… ああ、漁港では誰に言えば分かる?」


「リョーグさんです。大船主の」



 金勘定に左右されるヒトだけど、危険ではないと分かっていれば利に聡いということだ。

 それに、街と街の繋がりに、人との繋がりは欠かせない。



「そうか。競争はさせないのか」


「競争…… あ、なるほど。考えていませんでした」


「あなた、競争って? かけっこでもするの?」



 技術競争、価格競争、プロとプロの駆け引きというか、技術者の勝負というか。

 競いあってくれた方が、それはより磨かれ定まっていく、そういう経済の『仕組み』には気が回らなかった。



「同じようなコトをするものが近くにいると、個性的になっていったり、価格が変わったり、洗練されて面白くなることが多いのさ。だから、リョーグ氏だけにせず、他にも技術的に高めてもらえそうな漁師を探して補助してもいいと思ったんだよ」



 お父様がお母様に丁寧な説明をしている中、そういやガメツイ人だと思い出すと、ちょっとお金の流れが気になった。



「もう、もうもう、わうぅ、許しませんよご主人様」


《ぎゅう、ぎゅむむにゅう》


「ちょ、シーヴァ、痛い痛い」


「このまま連れ帰りますっ、今日はお布団から逃がしません」


「ああ、タズマ、あと三日は休んでいるんだぞ」


「えええ……」



 その後がヤバかった。

 俺はシーヴァに抱え込まれ、本当にそのままベッドへとダイブされ。



「あっ、あの、タズマ様? わ、わう、なんか、とっても良い香りが…… たまりません。あぅ、好きですタズマ様ぁ……」



 俺の何に反応しているのか…… シーヴァに首筋を嗅がれて、背筋がぞわぞわする。


 今日は、ここにプチはいない。



「好き好き…… はぁ、はぁ、タズマ様ぁ♡」


「ひああっ」



 興奮するシーヴァに後ろから抱き締められ、騒ぐしか抵抗もできず……。


 食事が運ばれてくるまで、シーヴァのキスの嵐に晒される罰を受けたのだった。



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