第28話 揺らがぬ心と病臥の弟




 王都の街並みまではいかなくとも、村と呼ばれていた場所に大通りが作られ、家々が建ち並んで行くのは壮観だ。


 これから別の場所に都市を作り上げなくてはならないとしても、ここで培った建築ノウハウはきっと役に立つ。



「ここ一年で人口数百人の寒村がみるみる大きくなって、亜人ばかり受け入れたにしても町、いや千人に届きそうだから街と言っていいだろう。都会で暮らしたことはないが、これでも物凄い都市に見えてしまう。うむ。感無量だ」


「アルー様、申し訳ありませんが次の予定が」


「おお、すまんネオモさん。君も奥さんとゆっくりしたいだろうに毎日付き合わせてすまない」



 ここまで到達するのに親の代から時間をかけているが、住民との摩擦は残っていた。


 領内の税や警備態勢、流通改善、治水工事と、体制にはいくらでも手間が掛かるし掛けられる。


 それを順序よく捌き、こなしてくれる執事や家令には頭が上がらない。

 こうした縁の下の力持ちのお陰で拡大と建て増しを繰り返していけるのだ。


 長兄として村の様々に指示を出したが、その確認や実行には数多の手間が必要だから。



「しっかり夜は休めておりますから。と、ロウ様の監督する道路工事及び水路工事は順調です。そちらから、資材の運搬について確認が数件」


「おお、承認しておいてくれ」


「ダメです、ちゃんと見てください」



 もう自分で目を通して不備があるモノは突き返しているクセに、堅苦しいな。

 それでこそだとも思うし、頼もしいのだが。



「はいはい。タズマはどうしてる?」


「今朝は集落群の方々とのセッションと、其々の進捗を確認されて、昼からは昨日招集されたドワーフの職人との打ち合わせ、状況を見ての意見交換と実際の現場の地検…… 詰め込みすぎてますね」


「それは、毎日夕食の時に言ってるんだがなぁ」



 オーバーワークはしてない…… とは本人の談だけど、私からすると、とっくに働きすぎだ。


 お付きの二人に、無理矢理休ませるようにするか……。



「他には、移民や流民の扱いについて、オーネ様から苦情が」



 オーネには人材鑑定依頼をしておいたので、ついでに住民リストを作成するよう頼んだ。



「人材発掘との兼任はあまりにもヒドイ、とのことですが」


「そこに役立つ人材を早く見つけて手伝わせろ、と答えておくか。オーネ以上に適材適所が出来るヤツは居ないんだ、しばらくは嫁入りしないで欲しいなぁ」



 正直な気持ちをこぼすと、ネオモが『鬼』と呟いた。

 聞かなかったことにする。


 私は成人しているけど、領地を継がなければいけないので勉強をせねばならない。

 領地の運営は、人選と方針の微妙な舵取りが不可欠だ。



「私の恋愛は、仕方ないとして…… 弟たちは自由にして欲しい。特にタズマは」



 いや、妹仕方ないか。



「では、次の予定ですが……」


「お前も鬼じゃないか」



 閑話休題をしれっとするので、らしくなくというか、思わずツッコミをしてしまうのだった。




 ☆




 すっかり辺りは暗くなって、もう夕食の時刻だろうか。


 家への道すがら、俺はさっきの意見を考え直していた。



「区画ごとの水利かぁ…… さすが専門分野、弱い部分を見抜いてくれる。しかし、上水道に一定の高さをキープすれば、下は下水のみにできないか? あとは排水処理に工夫を必要とするな…… なだらか過ぎれば悪臭の素になるし、清潔な都市を目指すなら……」



 ああ、いくらでも新しい意見が欲しい。

 だが、すぐ着工しないと溢れる人の数に村がパンクしてしまう。

 かと言って、下手に突貫工事をして後から足すことを繰り返しては、時間と労力の無駄遣いだし、準備不足は工事関係者に害が及ぶ可能性もある。


 なので、俺は出来る限りをしていきたかった。



「ご主人様ぁ、もう、お休みになってください。お身体がちませんよぅ」


「うん? いや、だってさ、まとまらないままに人に任せるのは…… あ、あれ?」



 遥か昔に、体験したような…… コレは、俺が……?



 俺の横にいるはずの、シーヴァの声すら聞こえない。



 また、面倒をかけちゃうな…… そんなコトを考え、意識が消えていった。




 ☆




 さすがに、倒れるとは思っていなかったのか。



「ご主人様ッ!!」



 歩みを止めず、傾き、ゆっくりと地面に座るよう倒れるタズマをシーヴァが支え、抱き抱えた。



「ご主人様、あぁあぁ、や、やですよぅ、もう、離れたくないんです、しな、ないで、やぁぁあ……」



 瞬間、この家に辿り着くまでの孤独を思い出し、シーヴァは泣いた。

 冒険の末に領内でタズマと再会を果たして、一生を仕えて恩返しとするのだ、そう決めてまだ数年。



「なに、もっ、何も返せて、いませんっ…… タズマ様、あぁ……」



 いきなりの事でシーヴァは混乱をしたが、タズマの体臭を嗅いで落ち着きを取り戻した。



「はっ、死んでなんかない、弱って、今は気絶してしまうように眠っているのね……」



 自分のスキルで生存を確認し、それでも、乱れた心が落ち着くまで深呼吸を繰り返す。



「だいじょうぶ、任務の通り、ご主人様を、守るだけ……」



 タズマは都市建設の案を出した後、男爵家の蔵書から建築物の資料を見付け、何度もそれを見てアイデアを練り直していた。

 更に、『大陸全体から』の流民や開発で儲けようとする山師、と人口の増加が進んでいる事実。


 当然、期待は高まり新都市の需要は鰻昇りになっていた。


 ストレスもいかほどになるか。


 しかし中身が大人でも、精神を支える身体は子供だった。



「だから、働きすぎなのです…… もうっ」



 お姫様抱っこで意識のない彼を抱き上げ、揺らさぬよう心を配りながらも全速力でお屋敷へと向かうシーヴァ。



「これは優遇されるべきご主人様を周囲に認めさせ、しばらくは静養を無理に監禁してでも行い、私の存在をアピールマーキングするチャンスですね」



 涙が乾かぬ内にそんなコトを思い付く辺り、女性は分からないものだ。

 ただし、もう一人の『付き人』も結局同じ発想になっているのは、似た者同士という証明かも知れない。




 ☆




「タズマ、無事かっ!?」


「ロウ、静かに。今はまだ眠っている」



 夕食は総監督の家で食べていたのだが、タズマが倒れたと報告を受けて自分の足で走ってきた。



「大丈夫ですよ。疲労と睡眠不足だそうですから」


「私も心配したよぉ、今までしてきた鑑定で、一番ドキドキしたんだから」


「そっか、そーかぁ、はっぁ~、ならまぁ、良かったが」


「ロウ、声が大きい」



 来客用の迎賓室に寝かされたタズマを囲むように、両親以下、家族全員にメイドやコックたちまで揃っていた。


 やっぱり、愛されてるな。


 お、魔法の先生もちゃんといる。

 あるいは家令としてかも知れないが。



「ごめんて。でも、タズマがなんでここまで突っ走ってるのか。シーヴァさん、分かるかい?」


「はい。都市建設の費用は国の負担になるとはいえ、家族に初めて任されたからにはちゃんとした結果を出したい、と…… 毎日のように休まず動き、働き、話しかけ、考えていらっしゃいました」


「夜も、遅くまで起きていたよ。ボクらが朝ごはんの用意する時にやっと寝たりしてたもん」


「プチ…… 何でもっと早く言わないの」


「甘いもの差し入れしたかったからだよぅ、悪かったよう」



 お付きの二人の言葉に、その場の全員が言葉を失う。


 そして、お父様が吐き出すように宣言をする。



「タズマには、静養を取らせる。シーヴァさん、マリーア、専属のチームを作ってでも働かせるな。頼む」


「ある種の病気だぜ、コイツは」



 いくら魔法が使えると言っても、大人になったわけじゃない。

 頼もしいなんて言ってた自分が恥ずかしい。


 こんなちっこいのに、みんなのためだとか、無理をしやがって。



「お父様、俺、街作りの手伝いをしてえんだ」


「そうか。奇遇だな、この場のみんなからそう言われている。もちろん、私もだよ。タズマが整えてくれた計画を、みんなで作る予定を立てよう。どうかな?」



 そう言う父の顔は、申し訳なさそうで、とても懐かしい感じがした。



「異議なし。魔法以外での労働力なら、任せて欲しい」


「肉体派は我が家では貴重。ロウは建築部門に任命だ」



 そうして、病人の近くでは騒げないので場所を変え、これからの計画を詰めていく。


 タズマの手帳に書かれた仕事を振り分けるだけ、そのくらい、わけもない。


 プチからは精の付く料理の話が、他のメイドたちからはマッサージの話が、羨ましがるコックたちからはタズマが教えてくれたという料理の話がそれぞれ飛び交う。



「お父様や私が子爵を冠するようになれば、勲爵として領地の分割は出来るけど…… タズマはそれより何か、やりたいコトを探すべきかも知れません」



 アルー兄貴が言う通り、やっぱりタズマには元気になったら、やりたいコトを教えてもらおう。


 今までのムチャの分、絶対に楽しんでもらいたい。


 どうやらみんなの心は全て同じらしいぜ。


 覚悟しとけよ、タズマ?


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