第27話 現地確認と望む者
朝、俺たちはいつものように男爵家からそれぞれの目的地へと向かっていく。
俺は敷設中の道路のある曲がり角へと移動し、一番近い集積地で作業員との挨拶を済ませ、総監督ゴーノゥとの打ち合わせをしていく。
「おはようごぜえやすロウ坊っちゃん。工事図面を写し取ろうとしたバカがここんところ多いんですが、どうします」
「と、またか。雇い主は聞いたか?」
「へえ、ですが複数の人間を経由してるみてぇで、何人かの名前は分かってます。しかしまとめて吊るすにはちょいと……」
「親方が言い淀むってことは、大本が『デカイ』気配を感じて、それがどうやらヤバそうだと思うってコトか。そりゃ困るなぁ。あ、手癖の悪い奴は一月分給料なしだ。辞めるならその分の謝罪として金を払わせろ」
毎日この場所に来るまででも、工事人たちが掛けてくる注目とは違う目線で見られている、ような感覚がある。
その中に、何人か
「さすがは坊っちゃん。ええ、本当に嫌な感じなんでさぁ」
「昨日、おんなじような話が家でも出てさ。俺がやらなくても優秀な弟がその大本を突き止めてくれそうだけど…… 俺は兄貴だからなあ。気が付いている事はやっておかないと。兄は弟に楽をさせなくちゃいけない」
「へへへ。上の男は見栄を張るもんですからね。で、先日言われた通り、連絡役以外のお屋敷近辺の立ち入りを厳しく禁止した途端、辞めた奴らがいました。そいつらについては、近所の
「やるなぁ監督。集団を治める手腕、見習わないと」
「ははは、娘をやるからには、頑張って学んでもらいますとも。じゃあ、不審者たちは監視を続けときますんで」
連絡を終えて通常業務連絡へと戻るが、総監督の仕掛けた予防線をしっかり確認して、その他の用件を控えておく。
身体に気を付けて、周りに気を配り、確認の励行に努めよう。
今日も暑くなりそうだ。
悪いことは、未然に防ぐに限る。
行動に移させないのが『監督』としての腕であると学ばせてもらった。
安全第一、というやつらしい。
長い長い道路を作る場合良くある工法なのだが、一番先端では『
測量係が護衛と現場監督と一緒に行ったり来たりするのがそこだ。
俺が今居る地点、資材集積地には名の通り資材と人材が集まり、キャンプとして休息と食事が用意されていて、整地された場所へ人足と荷物を運び、仕事を終えた人員を連れ帰ってくる。
最先端が更に進めば、集積地もキャンプもまた先に進む。
「早く、最先端で働けるようにならなきゃなぁ」
俺は領主側の監督官だが『現場監督』の仕事も総監督としても、まだ工事を分かっていない。
進捗を知らされて…… しかしそれだけ、他に役には立っていない。
精々、家で菓子を作ってもらい差し入れしたり、機材の点検を手伝ったり、備品の確認をするなどの細々とした所だけしか出来ない。
「俺はいずれ、ここみたいな現場監督として働くようになる。
更に、来年には子供が生まれる予定だし。
元は港の工事や石工をしていたというゴーノゥ・ラロットは、しかし子煩悩で有名。
子供は六人もいるのに全員女の子で、普通に考えれば嫁入りの度に号泣かと思ったけど、俺の場合は『婿入りなら大歓迎だ、早く孫を作って欲しい』と、今度は孫デレじじいになるつもりらしい。
俺の子の名付け親にもなってもらう予定。
誰の目から見ても明らかにデレデレの未来だろうね。
「しかし、ロウ様」
「現場では呼び捨てでいーですって」
「はぁ。しかし商家を継がれるのであれば、商いの取決めや顔見せ、パイプを作るという方が重要では?」
「そっちは彼女のが優秀だから。あまりにも能が無いことに頼み込んで務めても、話にもならんからなぁ。俺らしく馴染めそうな現場で全力疾走したいと思ったのは、コレもタズマのおかげか」
「タズマ様…… を、信頼されていらっしゃるのですね」
「ッタリマエだよ。アイツの集中力と努力はスゲエんだぜ。魔法の才能があるって分かった日の夜は、はしゃいでたけどね」
こんな話をしている相手は俺の親戚。
魔法の先生も兼ねている
父方の親戚で、成人してるのにお金を貯めて何かしら研究をしたいという変わり者だ。
優秀で美人で巨乳なのにもったいない。
まぁ、王都で何かあったんだろう。
「当主を継ぐのは兄さんだし、俺はもしもの
「転生者なのに、ですか」
「ああ。アルー兄さんを追い落とすとか考えてもいないし、後継者として優れてるって村の名主とかが騒ぎ立ててるけどそんな気がねぇから顔色も変わらねえ」
現在の男爵領の継承順位は、一位が長兄アルー、二位が俺、ロウ、三位が三男のタズマ。
姉のオーネは以前の嫁入りの時に継承権を放棄している。
遠縁の家臣として分家の準男爵が王都近くに居るが、ほぼ音信不通…… 困ったら金の無心をしてくるだろうと誰からも触れられない。
純粋に家臣として働いているのは執事のネオモ、そして最近、執事補佐としてリィ・リッタも雇われた。
そして家令のコートンさん。
位が上がって、しかし納める税額にびびったというボレキ準男爵。
これが家臣と呼べる人々。
あとは当家に務めているメイドやコック、ガーデナーなどだが、我が家についてはほぼ家族扱いだな。
「あー、そうか? ひょっとすると、俺の分までハデに自由を謳歌して欲しいと思ってンだな」
「誰かに担がれて御家騒動の種になるかも知れませんよ」
「守護者が二人もいるからムリムリ」
そんな陰謀論、浮かんでもたち消えるに決まってる。
「タズマの良識は、転生者だからだろう。でもさ」
地面に積まれたコの字型のレンガに腰掛けながら語ると…… 何だか歳を余分に重ねた気分だ。
「コートンさん。頼む。アイツを悪く思うのは止めてくれないか。タズマが誰かに悪意を向けてンの見たことないだろ? 誰かに重ねてアイツに不快な思いをさせないでくれよ」
「でも……」
「いいかい。お前がタズマの何を知ってンだ? 顔と名前と性別と、声か。転生者なんて情報、関係ねーだろ」
俺の発言に激怒が見えてたなら謝るけどね、あんまりにもタズマが凹んでたからな…… 兄ちゃん、頑張ったぞ。
「私の性分です。それにきっと、タズマ様も私のコトを嫌っていますわ」
「いんや、無意識だと思うけど、アイツはコートンさんに甘えてるよ。惚れているってんなら兄貴だけど」
「は、はい?」
コートンさんは俺より三つ歳上なのに、興味がないからか色事に疎いぜ…… 頑張れよ、兄貴。
辺境では恋が実りにくいらしい。
「アルー様、は、あまり接点もありませんし、もう少し集中力と計算力を持っていただきたいと思うだけです」
「はいはい。年下に興味はない、か」
まぁそうだよね、お父様には笑うのに、他の奴らには笑わない。
「分かりやすいのに、自分では分からない不治の病ってヤツだ」
これは口のなかで噛み潰して、作業に掛かるか…… あらゆる手を尽くし、サポートするのもまた監督の仕事。
そして、連絡事項などをまとめて立ち去るコートンさんは、僅かに笑っていた、ような?
「早く、森にも気楽に入れる日が来るといいのですが」
強くなる日差しに、その横顔ははっきりとしなかった。
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