第22話 ベースにするのは日本の町




「つまり、責任者はタズマ様、と……」



 慌ただしいまま日付は変わって、今は都市計画担当官のミズ・トバークに説明を続けていた。



此度こたびは、前例もない御姫様おひいさま直々のモノ。初めてのことに子供を起用するとは…… 王族を愚弄しておりますか?」



 説明とはいえ『自称親王派』のトバークさんにはことごとく面白くないようで。


 見た目は子供の俺に対しても、国の事業としても初だというストレスからか、この程度の火種でもすぐに着火してしまった。



「人を指差さないでください。僕は『転生者』です。四則演算もできますし、この都市基盤の発案は僕ですよ」


「は、まさか。ここまで将来性を見越した区画整理技術を、いくら転生者とはいえ作れるものですか」


「 ………… 」


「え、アレヤ子爵?」


「いえ、まだ男爵ですので。タズマはこの計画の責任者で間違いありません」


「は、はぁ」



 この担当とのディスカッションでは、お父様にはなるべく喋らないでいてもらおうと決めていた。

 初めて尽くしの事業は、『頭』になる人間次第で周りのヒトの動きが変わってしまうから『イメージ戦略』をしたかったんだ。



「て、転生者であるのならば、国へと届け出るべきです」


「ハッキリと自覚をしたのは二年ほど前ですが、記憶が確かになったのはつい最近で。あなたと行き違いなのでしょう」



 ウソです。


 なにそれ義務だったのかよっ、早く言っ…… ていたな、そういや。



「いい加減な…… ならば、この計画書の工程をそらんじられるのですね」


「どうぞ、どちらからでもご質問を」


「な、く、では、整備人員の予想をお聞かせください」



 それで信頼を得られるなら、俺の思い描いた『なんちゃって江戸城』計画を話そうじゃないか。



「初期区画には、約五百人。その後、旋回する形で土地を拓き拡張していくのです……」




 ☆




『江戸の町の形を簡単に言えば巻き貝か渦だね』



 そう歴史の先生に言われて、教科書に書かれていない内容に引き込まれ、その部分だけはしっかり覚えている。


 都市の中核は城で、城へと至る道は蛇行クランクと迷路、また高台を織り込んだ射掛け櫓、矢はずと呼ばれる穴が壁に空いた城壁、距離の離れた場所からは進めているのか混乱させる道の複雑さ…… 防衛という点から見ても優秀だった。



『江戸の町並みは城を中心に渦を巻いていて、真っ直ぐな道はあまりなかった。だが、お堀や水路が完備され、物流には支障がなかったし、住民が増えたらその『渦』を延長すれば区画は歪まないし増やす事業もライフラインも一定で済んだ』



 学生当時、なんてうまい考え方だろうと感心した…… それから、俺は特にそのことをなにも考えたりしなかったが、これこそお手本にするべき都市計画なのではと思い出したのだ。



 組み立てるべき計画は。


 一、場所…… できれば水源近く。

 魔法で代用できなくもない水資源だけど、自然に頼らず何千人もの生活用水を工面するのは不可能。

 それに、この計画だと水路が必要不可欠だ。

 元々員数外なんて居ないし時間も差し迫ってるし、開墾から測量から区画割りから…… 目が回りそうな計画なので、スタートは好立地と行きたい。


 二、関係性の良好な村…… できたら三つ以上。

 ほどほどに大きな道路、もしくは川に面して開けた付随する村を近距離に備え、関係性を良好に保つ。

 町は一つだけで機能することはない。

 衣、食、住と揃わなければ、生活は潤わないから。

 穀倉地帯ではないこの町の計画は食事に関して余裕がない。

 だからこそ、人手の多くを農業に充てて、次第に増えるだろう人口に対応するべく見通していかなくてはならない。

 幸い、すでに男爵領に村はあるし、この辺りは秋まで暖かい。

 水資源には困らないので、場所が確保できたら麦畑だけではなく稲作を奨めていくつもりだ。

 上手くすれば二毛作も出来るかもしれない。


 三、人材の確保。

 亜人種族の都市とするため、様々な建築様式を取り入れる必要がある。

 体格の大きな者だけでなく、小さな者にも共通して使いやすくなければならないからだ。

 技術に秀でた者は種族に関わらず登用する事。

 新規の開墾地となるし、農作業の割り合いが増えるので、多数の人員が必要。

 更には狩猟と採集が行える人材が早くに確保出来ないと食料面での不安が大きい。



 人を食わせる基本食材は、不味くてもパン。

 そして肉。

 主であるそれらがなくなる事こそ危険で、飢えたら人の事まで気配りできるわけがない。


 領民はすでに農作業や稼業に忙しい。


 だからこそ流民の、その貴重な労働力を活かさねば。


 十歳の子供が、貴族とはいえこの計画の要だというのはたぶん多くの人をためらわせる。


 俺が成人していれば、とは思うけど、まぁその代わりに『転生者』という肩書きを活かして、対応が変わることを期待する。




 ☆




「なるほど、分かりました。では、周辺集落の配置と開拓予定地の地図に、参加者名簿をいただきましょう」



 話が一段落すると、疲れた顔をしながらもトバークさんが仕掛けて来た。


 国から再三請求されている大森林の『地図』。



「都市計画担当官として、これは命令ですよタズマ様」



 やっぱり、子供相手だと油断したね。

 そんな直接的に『地図』と言ってしまうなんて。



「私にも管理監という肩書きがありまして。協定に定められた約文も分からない貴女に差し出す資料はございません。後程、必要となる資料はこちらから提出いたします」


「は、はぁ!?」



 『国』は他にも色々と欲しがっているのだが、集落の配置が正確に記載された地図はとくに、戦略的に喉から手が出るくらい欲しいのだろう。

 だが『約束事』を違えて差し出すワケにはいかない。



「何ですか、子供だと思って丁寧に分かりやすく言っていたのに、その言いようは!?」


「現地の亜人種族の方々と結んだ『条約』を全く理解していらっしゃらないようでしたので……」


「タズマ、止めなさい。そちらのレディはただ無学なだけなのだから」


「なっ、きぃいい!!」


「そうですね、無学は仕方ない。申し訳ありませんでした。報告、確認のため、今回こちらにいらっしゃったのでしたよね、お疲れ様です。どうですか、田舎イナカの港町でも散策してから海の幸でも……」


「帰りますッ!! この無礼は、報告しておきますからねッ!!」



 誰にどんな報告するんだか。



「しかし、良かったのかタズマ」


「あんな口の軽い下っ端なら僕でもなんとかなるよ。最近、露骨に条約無視の根回しがあるのでしょ?」


「ん、うむ…… そのおかげで、新しい家の金庫が頼もしい」


「そこら辺はネオモさんを誉めてあげてよ」



 そんな黒い政治的アレコレが透けて見えたけど、とりあえずは乗り切った、かな。



 俺は久しぶりの舌戦を堪能したので、明日は休みたい気分だった。


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