第18話 姫の布告と夏の海




 落ち着きを見せ始めていた開拓地に、新たな脅威が出没していた。

 大森林南の湿地帯のリザードマンの村が襲われたというのだ。



「魔物ですね。虎人ワータイガーの戦士でも湿地種族に湿地帯で挑むなんてことはしません」



 シーヴァはそんな風に断定するが…… そしたら、その襲撃者というのは相当に凶暴な相手ということだぞ。


 リザードマンは元々無口むくちで、縄張り意識が強い。

 大森林『同盟』に名前を連ねてはくれたが、しかし棲みかは変えたくない、関わってくれるなという排他的な種族だ。

 襲撃の件も、自分たちから言ってきたわけじゃない。



「獣人の国の騎士と同等と言われるリザードマンの村を襲ったというのが『魔物』である可能性は高いです。調査を進めるべきですね」


「その辺りは兎人ラヴィラ飛鼠モモンの身軽な武人でチームを作ってもらったから。いいかい、飛び出したりしないでね」



 特にこの狼娘シーヴァは無茶をしがちだ。


 プァニケニさんの口の利き方が悪いと噛みつこうとしていたり、さっきも熊人ベアリアの大柄な商人に交渉で一歩も引かないどころか値引き合戦になったり。



「私は勝ちました。後悔はしていませんッ」



 当然のように戦果(大きな鳥肉)を見せ付け笑われたら、文句も言えなかった。


 とにかくだ。



「他にも襲われた部族がないか、連絡を取るよう商人たちに話をつけてくれ。少数部族には先に人手を回したから、定期的に情報を集めてもらえるよう、頼むんだ」


「はい。あと、被害者のリザードマンから話を聞けるよう、今ある方から交渉していただいております」


「ある方って?」


「被害者の孫娘さんです。いずれは口を割ると思われます」



 なるほど納得の配置、その孫娘さんに期待しよう。

 何というか、まるでドラマのようなやり口だ。



「じゃあ、集落群の会議は終わり…… しかし、暑いね」



 季節は、夏の盛りになっていた。




 ☆




 姉さんの結婚の事件について、話は一気に進んだ。



「えーっと、今回は、子爵家内部の叛乱が全ての原因であり、アレヤ男爵家の令嬢オーネには一切の咎めはない。また、結婚式の際にはすでにツネニ子爵の意識はなく、結婚が執り行われたとは認められない。よって、式は行われなかったものとなり、男爵家令嬢オーネは未婚と認めるものとする……」


「つまり男爵家の取り潰しにもならないんだ!」


「やったね兄さん!」


「あぁ、森で狩猟に随伴しているロウとオーネに伝えなくちゃ」


「でも、お父様やお母様の予見していたより早くない?」



 港からの伝達にその文があり、両親が上手く話を進めてくれたかと安易に想像したのだが。

 年が明けるまでに、と言っていたのに、どう考えたって早すぎる。


 アルー兄さんと二人で悩んで、文の末に発令主の名前を見て理解した。

 要するに、結婚やアレコレを見逃すから、これ以上つついてくるなって牽制なのだ。

 この文章で下手したてに出ているつもりなのか。



「これ、子爵家が出した通達だ……」


「あぁ、何か内々うちうちであったんだろうな。まあ、オーネにお咎めなしって言うことは間違いないんだ。帰って来たら、祝ってやろうよ」


「そうだね、他の命令とかされなくて良かった」



 お家騒動なんか、もっと静かにやっていて欲しかったね。




 ☆




「私は人前で肌を見せたくないのですが……」


「ふぅん、ご主人のお願いなら、ボクは裸でもいいんだけど?」


「何をバカネコ、そんなの当たり前じゃない」


「貴女たち、少しは慎みを持ちなさい」


「そうねぇ、女の子はもう少し、落ち着きがあった方が可愛いと思うわぁ」



 ここは港町近くの浜辺。

 夏場は砂浜に出店や簡易的な別荘が並ぶリゾートだ。


 地元の人も少なからずいるのだが、すぐ近くにはいない。

 ほどほどに距離をとってくれているのか、驚いているのか……。

 たぶん後者だろう。


 白い砂浜に照り返す陽射しはギラギラと、男たちの視線と同じくらいに輝いていた。



「そのスタイルで慎みとか…… イヤミ?」


「ふふん、プチには足りないものね」


「なにおう、このドジ犬」



 屋敷の面々と共に過ごす休日は天気に恵まれ、目の前にいる美女たちの水着姿はとても眩しい。


 口喧嘩する二人のモン娘は、共にビキニ。

 引き締まった身体に極小の布地は、肩や腕にある体毛の色と合わせたチョイスになっている。

 シーヴァは白水着で、縁取りに青。

 プチはオレンジの水着で、縁取りが白。


 シーヴァの身体はしっかりと出るところが出ていて、お腹のラインとかうっすらと筋肉が透け、クビレがとてもセクシー。

 プチの身体はしなやかで、筋肉を感じさせないけれど細く女性的。

 脚線美っていうなら、プチだろう。


 いけない、幼い特権でガン見してしまったぜ。


 一方、抜群のスタイルのアダルティーな二人はワンピース。



「でもコートンさん、スタイル良いのねぇ」


「マリーアさんも、どうやってその大きさで形を保っていらっしゃるのか…… とても気になります」



 まさに魔法マジック

 そして驚愕アメイジング


 今日という日に、俺は感謝した。


 家令のコートンさんと家政婦のマリーアは、お互いのお宝を誉めあっていたが……。

 男からしても素晴らしいですよ、それは。


 コートンさんは背中の開いた紺色の水着で、胸元をフリルが囲むやや扇情的なデザイン。

 腰にはパレオを巻き付けていたが、胸のボリュームがありすぎて全体的にセクシー度合いがヒドイ(褒め言葉)。


 そして問題なのは牛人カウマンマリーアだ。

 一体何歳なのだろうか…… いやそんなことはどうでもいい。

 破壊力、その一言だった。


 黒い競泳水着のような、ストラップ部分にだけ色のついたデザイン性皆無の水着なのだが、胸のサイズが合っていない。



「溢れてる……」



 胸元の開いた部分に盛り上がる柔肉に、細く深く刻まれた谷間は凶悪、形容するなら『エロリスト』だろうか。



「一番大きな水着は、これしかなかったのよ」



 その発言から、既にこの状態になると分かっていてあえて見せたのだろうか?

 そもそも、このファンタジーな世界になぜこんな完璧な水着文化があるのか。



「謎は尽きない……」



 眼福だった。

 兄たちも手を取って喜んでいるし。

 俺たちは、夏の海を楽しんでいた。




 ☆




 姉の事件が国内で色々な波紋を呼び、どうやらお姫様の知るところとなって。

 姉をいたわるために公都への招集が『布告』された。


 国賓こくひんとして、姉さんが呼び出されたのだ。


 首都に滞在していた両親も当然一緒なのだろうが、港町ゴプトに豪華な客船が迎えに来て、現れた二十人ものメイドに囲まれ飾り付けられ磨かれつつ、姉は旅立っていった。


 しかし、娘一人で送り出せるはずもないので、脱出劇でも共にしたエマとオルモが付き添いとなっている。



 そして、国の行事に両親、姉、配下の準男爵まで駆り出された結果、普段は非協力的な周辺貴族がアレヤ男爵に対しての姿勢を改めるという劇的な変化が起きた。



「すげえよな、友好の品とか茶会の誘いとか、今まで一度も関係を持とうとしなかった伯爵領からまで来てるんだ」


「ここに来て関係を強化する必要を感じたのだろうな」


「現金な物だよね、ホント」



 海を眺めながら、俺たちは現状を省みていた。



「まぁ、リィ・リッタとネオモが改装作業を進めてくれている間、俺たちは港町でのバカンスを楽しもう」



 充分すぎる資材と拡大した土地と人員をもって、男爵家の邸宅は現在、拡大改装工事中です。

 俺の邸宅を作れとうるさい代表たちを説き伏せ、その資材と人員を改装工事へと回した結果。



『三日で終わらしてやるから、覚悟しなァ』



 という謎の宣言をもらった。

 意味が分からない。

 基礎とか大掛かりになるだろうし、三日じゃ家具とかまで手が回らないでしょ。

 その半魚人の話は半分に聞いて、このバカンスが終わったら作業を手伝おうと考えていた。


 ……終わらない、よね?




 ☆




 魅力的な女性陣に囲まれつつ、素晴らしい時間が過ぎていく。

 まだ小さな俺は両腕を二人のモン娘に抱えられ密着するという、かつての自分からは想像もできない熱い夏を満喫した。


 アルー兄さんはコートンさんの胸に挟まれるという羨ましいドジをしたけど、スイカの代わりに割れたのは兄の額だった。

 その後、マリーアの膝枕で癒されていたから結局おいしい。


 ロウ兄さんは彼女のコダちゃんを連れてきていた。

 細くて小さくて、守ってあげたい感じの女の子。

 ただ、幼く見えてももう成人してるらしい…… 女性の年は、聞かないけどね。



「ふぅ。でも、命の心配まではしてないけど、姉さん大丈夫かな」


「ははっ、お姫様の前で失礼がなければいいけど」



 俺も疲れて、マリーアの隣、アルー兄さんが伸びている横に身体を投げ出した。

 最低でも、貴族に対して鑑定魔法を使わないようにって念を押したけどね……。



「たまに、ドジだからなぁ」


「まぁお父様たちもいるし、平気だろう」


「ご主人~、魚がいるよ~」



 健康的なプチが岩場で手を振る。

 その向こうから、大きく二つとも弾ませながら駆けてくるシーヴァ。


 これは、美しい。



「ご主人様っ、私の採った魚を見てくださいっ」


「うんうん、見るよ」


「やはり、あの二人は可愛いわねぇ」



 俺と同じ感想をマリーアが口にして……。



「で、どっちが好みなんだよっ」



 アルー兄さんの男の子らしい会話に繋がった。

 その点は気になるよね。



「そうそう。どちらが好みなのかしら。大問題だわ」



 マリーアも参加してきた。


 しかし、妻にするって話ではない。


 それは…… 子供が作れないから。



「もし幻の魔法があれば、あの二人の才能を引き継いだ子供をもうけることもできたでしょうに」


「まあ、これだけ亜人種族の領民が増えたのだから、そういう事も考るよな」


「……え、なにそれ?」



 この世界における法則ルールとして、亜人との子供はできないんじゃなかったの?



「ああ、タズマは知らなかったのか。伝説だよ」


「先住民である亜人種族との戦争回避の方法として、公都に祀られる大貴族であり導きの神となった『ベラーリ様』は、人と亜人の子供を魔法を駆使して産み出したっていうおとぎばなし、読み聞かせましたでしょう」


「あ、白神さまの伝説……」



 これの真偽は定かではないけれど、王族の祖先であるその存在は信仰となって残っていた。


 異種族で子供が産まれたという記録は公的には無い。


 その魔法があるとすれば、それは王族のみに伝わっているのだろうか。



「そうだね。そんな魔法があれば、あの二人があんなに悩んだりしなくていいのに……」



 本妻の座を巡って二人がケンカしたことがある。


 だけど、どうせご主人の跡を継がせる子供は作れないとプチが叫び、シーヴァが泣いて、つられてプチも泣いて。


 最後には二人で抱き合って泣いていたのだけれど、俺には何もしてやれなかった。


 泣き疲れた二人に毛布を掛けて、一緒にいてやるしか。



「愛されてるよな、タズマは」


「はい、いつも頑張っていらっしゃいます。支える側として、こんなに頼もしくも可愛らしい主はありませんよ」


「そのせいで、良くプチとシーヴァさんの『ご主人様争奪戦』が発生するのも、もう慣れたし」


「うふふ、騒ぎがない方が珍しいくらい」



 兄が笑い、乳母が俺の頭を撫でて言う。



「私も早くタズマ様のお子を育てたいので、成人されたらすぐ奥さまをめとられませ」


「そうだな、領民のためを考え、行動できるお前なら、領地の半分は任せられる」


「ちょっ、マリーア、それに兄さんも、何を言っているの!?」


「領内の利益よりも、家臣や領民が笑顔でいられるように、だっけ。そんなこと、無責任なヤツかお前みたいな『頑張り屋』でなきゃ言えないよ」



 二人が笑って言っている内容が頭に入ってこない。


 そんな未来を夢見る午後は、穏やかに過ぎて……。



 次の日、加減をしなかった男たちは、日焼け跡に苦しむのだった。


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