第17話 増えていく流民と開拓地の日々




管理監かんりかん、お前さんの邸宅、このへんに作らねえか?」



 まるでちょっと寄り道でも、というノリでなんてことを言い出すんだ。

 湿地種族の『半魚人サファギン』が器用に加工を施した水路を往き来しながら、木材や石材を森林地帯から切り出し運んでくれている。

 中でも人の言葉が上手い赤鰭アカヒレの一族のプァニケニは俺に対してとてもフレンドリーだった。


 齢十才にして、屋敷を建てないかと言われているのですがどうしたものか。


 これはシーヴァの計画的犯行だな。

 たぶん建材を多く残すか沢山作る指示をして、鹿人や熊人たち亜人種族がフォローし蓄えたんだろう。



「木材使わねえ種族のが多くてなァ。余ってきた資材、勿体ないだろ」


「それは村…… いや、町に回してくださいよ」


「もう回して、でも余ってんだよォ。で、建てないか?」


「いや、そう言われても」



 シーヴァが望み、『開拓地管理監かいたくちかんりかん』という肩書きが俺に付いたものの。

 管理監なら邸宅あった方がよろしいかと、とか考えてんだろうなあのメイド。

 たぶんこのコックも。


 やれやれ、何を企んでいるかと思ったら……。



「結婚もしてない内から家なんて建てませんよ……」


「ふうん。そんなもんなんかァ。うちも色々と事情はあっかんな…… ならオレと結婚すっかァ?」


「え、プァニケニさんって女性だったんですか。すいません」


「ひひ、ええのん、人間にゃァ見ても分からなァだろ?」



 今見直しても分かりません。


 なぜかと言えば、体外受精の種族だから見た目の差違が少ないのだそう。



「もうなァ、オレぁそこら中からお嫁さんに来てくれェて言われてんだがなァ」


「ははは、僕にはちょっとプァニケニさんの流麗な魅力が高等すぎますね……」


「へぇ、この口上手め。大森林西側の口を男爵領にしておいて、このままいけばアンタ、結婚なんて選り取り見取りになるだろォしねェ」



 ああ、そこら辺はみんな考えてるんだね。

 一応は貴族の支配地になるワケで。


 更に、安全が確保されれば、大陸を東西に貫く道は商業的に大きな意味を持ってくる。


 何もなかった西の寒村が一転、僻地の田舎村から商業都市にでもなり得るのだ。

 娯楽に飢えた貴族が注目し、商いに燃える商人に暗躍されているのはそういう発展性が期待されているから……。



「ここの水面にどんな世界が見えるか…… オレぁ楽しみなんだ」



 表情の変化に乏しい半魚人に、何となく笑顔が見えた。



「はい。そのためには、貴女たちの全面的な協力が必要不可欠です。この大森林幹線道路は、道路沿いに水路を備える計画なんです。ほんのわずかな勾配を保つには、どうしても水中作業のエキスパートが居ないと。やっと東側のレベルが分かって、全ての行程に目処がたったばかりです。負担は今までより大きくなってしまいますが…… どうか、よろしくお願いいたします」


「ふっひゅっひゅっひゅっ! 結婚なんてからかって悪かったよ。完成式に、ウマイ魚料理を出してくれりゃァウチらはちゃんと働くからよォ」


「料理ですか…… 兎人の酒が目当てだと思ってました」



 まあ、そんな本音と建前が交わった話はまたにして、本題に移ろう。



「それで、ですね。あの、なんで湿地種族の方がここ一週間で数百人も増えたんですか」



 今日ここに来たのは、プァニケニさんと話すためだけじゃない。

 増えてしまった住民台帳についての確認だ。



「ふぁーっひゅっひゅっ、孵化した子供たちが多かったんだろォよ」



 ちなみに産卵期は秋口で、孵化は春先。

 今は夏前。



「でも時期じゃないですよね」


「ちっ、ノらねぇのな」


「そんなに流民が増えてしまったのですか?」



 その予測はしてきた。

 最近、貴族主体の亜人排斥運動があって…… 町に村に住んでいた亜人種族が追い立てられ、身分の剥奪まで起きていると言う。


 事態は割りと深刻で、拡張を続けている村にその流民を静かに受け入れて行った結果、世帯登録数が四百を超えて村から『町』へと変わったばかり。

 西の僻地でこうならば、公国内では膨大な人数だろう。




 ☆




「うああ、種族も人数も多すぎっ」



 と言って、台帳管理担当になった姉は頭を抱えていた。


 まぁ、領地を治める貴族だけがそういった仕事をしてるわけじゃない。

 領民に技能のある者が増えたのなら、その者に仕事を任せるということも出来るということで。



「ああもう。ケチ臭いことは言わないわ。職を失いこの町へ流れ着いた民草を、貧乏だからとないがしろにしません。私が鑑定魔法を使いますから、責任は全部私にあります。どんどんと雇っていくけれど、禍根のない人材配置を目指していきますわ」


「おお、姉さんやる気だ」


「逆よ、自分でやる気がなくなったの」



 普段はいかにもお嬢様っていう仕草だった彼女が、今やベテラン人事のごとく亜人たちを相手取って気を配りつつ、きびきびと指示して『引き抜き』に余念がない。



「自分一人で凌ごうとせず、他人に助けを求められる…… こういうの、いいね」


「でもね、これはあなたに学んだのよ」


「えっ?」


「ほら、完成したらみんなにも食べ切れない、飲み切れないくらいのお酒やご馳走を用意して、お祭り騒ぎしようってタズマ言っていたじゃない。私はそこで、相手への労いがないといけないって、分かったの。まぁ不必要な出費はケチるけど」



 姉は嫁入り持参金に、衣装やアクセサリーなどだいぶお金を使っていると気に病んでいて…… 嫁の実家が準備するのが当然としても、それを自分の行動で台無しにしたと後悔していた。


 男爵領うちは元々、貧乏ではある。

 その上、大森林の住民への莫大な投資もあった。



「無謀な登用はしないわ。性格的・能力的・特性的な見極めをして、私なりに町を豊かにして見せるんだから」



 領内の体制は、こういった縁の下の力持ちのお陰で拡大と建て直しを繰り返していった。


 長兄アルーの開拓指示と、次兄ロウの監督する道路工事、そして姉オーネの人材探しに適材適所な登用と、開拓地における最適解と言えるだけの発展を見せた。



 後は、俺が『集落群』の様々を治める番だ。




 ☆




「オレの兄弟分が結婚して、子供が増えたんだよォ」


「はい。お名前の一覧は見ました。本当は公国全土から、親族が集まっていらっしゃるんですよね」


「……管理監様よォ、少しは考えろ? 正直に、こんな田舎の寒村へと移るしかない現状、オレらがどんな気持ちなのかをよォ」


「それなのですが。今後、男爵領から建築中のこの道路沿いの水路を管理する役目を、正式にプァニケニさんの一族へとお任せしたいんです」



 俺は三男なので、元々政治的なアレコレへの口出しは出来ないが、兄たちへアイデアを出すことは出来る。



「もう、兄たちへと相談して決定してるんですけど」


「ちょ、ちょっと待てよォ、つまり、男爵領の『住民』として、オレらを認めるってのかァ? 水の中に暮らしてるんだぞ?」


「さっきも言いましたが、この水路を維持するのも貴女たちの全面的な協力が必要不可欠なんですよ。だから、男爵家として、貴女たちを領民として登録し、この大森林幹線『水路』の整備をお任せしたいのです」


「そりゃ、願ったり叶ったりだけどよォ……」


「公国の扱いにどうしても納得のいかない方には無理強いはしません。ですが、男爵家としては、水中作業のエキスパートを確保したいと思っているんです。本当に、負担は今までより大きくなりますが……」



 これこそ、俺のたった一つ。

 この世界で俺だけに出来ると思えること。



「男爵家は、兄さんや僕らは、こうやって話せる相手への敬意を忘れません。どうか、おねがいします」



 公国が新たに定めた法律は『家々に住まう国の民に公平な権利を』というモノだ。


 元々は姫が騎馬兵を労い、昼夜を問わず警邏する姿に心を傷めて唱えた『臣下の仕事に貴賤なし、等しく休まることを義務とする』という言葉から


 貴族たちはこれを曲解し、領地の中でも『家』に住んでいない亜人を『住民と認めない』と言い出した。


 だから、今まで運河で活躍をしてきたサファギンたちが追い立てられ、貴族はその職を奪って財をなそうとしたのだ。



「国に、貴族社会に逆らうのか?」


「いいえ。ただ等しく民草が笑える世の中を目指すだけですよ」


「考えさせて…… いや、相談させてくれ。二日でいい」


「はい。お待ちしています」



 砕けてふざけた喋りは消えて、プァニケニさんは潜って行った。

 さて、午後の仕事はこれで終了。



「時間がかかっても、みんなが納得できる未来にしたいよね」



 ずっと無言で俺の背中に引っ付いていたプチが、頭に頬擦りして笑った気配がした。


 弛いカーブを描く道路に、たくさんの亜人種族の工事作業者が行き交う。


 人々の汗と、草熱くさいきれ…… 森の季節も、夏を迎えようとしていた。



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