第7話 山奥で救われた仔犬と猫
この村は山が近いから良い風が吹く。
冬目前だというのに、今日も洗濯日和で暖かい。
道路はだいぶ出来上がってきたが、冬の間はどうしても作業に向かないので、気候が変わる前に一区切りをつけた。
雇われた作業員たちは昨日のうちに一旦任を解かれ、それぞれの故郷へと帰っていった。
それにしても暖かい。
明日には雪が降るという魔法の予報が信じられない。
ああ、でも風は冷たさをはらんで…… 山の中の田舎家で過ごしたあの日々を。
昨夜夢で見た前世の生活を思い出させた。
☆
秋を過ぎて、毎朝氷が川や水路に光る朝。
二百m以上離れた
焼却炉の前では、気難しいオジサンがクソガキ(一コ下)を遊ばせながら、庭で鉈をふるい刻んだ枝をポイポイと投げている。
先日、道路に面した場所で作業したゴミだろう。
庭先で木を燃やすなんて、田舎じゃ当たり前だ。
回覧板を届けるためでなければ、こんな寒い日に出歩きはしなかったのだけれど。
「おう、なんだ甲斐さんとこの。火にあたっていきな?」
「いえ、コレ、回覧板です」
「おお、えれぇな、確かによ。待ってな、ミカンあっから」
「や、いいですよ、じゃあ、僕はこれで」
昨日、
ふと見ると、僕と目を合わせる事もなくアイツは焼却炉へ
それは段ボール箱だったが、水が染みて変色していた。
その箱が、どうしてか気になった。
「おい、トヨタケ、今のなんだ」
「ゴミを燃やしてんだ。ジャマすんなよ」
「中に、何が入ってた」
「ゴミだよ」
「……キャンッ……」
その瞬間にかすかな声が。
犬の鳴き声が聞こえた。
小さく鳴いた声は、あの中から?
瞬間、助けなければ、と押してきていた子供用の自転車を倒し、焼却炉へと駆け寄って、でもトヨタケが手を広げ邪魔をする。
「人んちで何するんだ、バぁカ」
「さっきの箱、出すんだ!」
頭を叩くように押し退けて、近くにあった火かき棒でまだ手前にあった箱を引き寄せ……その腕を殴られた。
「うあっ!」
燃やす木の中から引っ張り出したのだろう枝を、ビュンッと振り回して、トヨタケは気取って笑う。
「へへっ、俺のが強い~」
「バカはどっちだ! 生きものを大切に出来ないなんてどうかしてる! まだジャマするなら許さないぞ!」
大声を出した僕にビビって止まったスキに、燃えかけた箱を引っ張り出した。
地面に落ちたそれを破いて開いたら、ガムテープに巻かれた犬の身体が出てきた。
元から濡れていたらしく全身は燃えたりしてなかったけれど、はみ出していたしっぽらしき毛の束は焦げてヒドイ有り様。
僕の声でオジサンが駆け付け、箱の中身を確認すると、動物病院に運んでくれると言う。
車を待つ間、トヨタケは真っ青になり、箱を拾っただけで捕まえたりしてないと言い訳を始めて。
更にオジサンが聞いて確かめても、これは今朝捨てられていた箱で、中身は死んでいると思っていたのだと泣きながら答えた。
それが『ウソ泣き』だと知っていたけど、死にかけの犬を火の中に放り込んで何も感じていないのだと白状したコイツに、僕はコレ以上付き合いたくなかった。
枝で付けられた傷が元で、僕は熱を出し、その後の事をあまりはっきりとは覚えていない。
しかしその犬は、耳と尻尾に火傷を負ったけれど回復し、病院から退院出来るまではオジサンがお金の面倒を見てくれると聞いて。
これも縁だと感じて、僕はその犬、シーヴァを飼うことにしたんだ。
――出会ったのは七才の冬。
――人懐こくて、頭の良い柴犬だった。
――だけど、僕が中学卒業間際に、肺炎で死んでしまった。
――その頃飼っていた猫のプチ、飼い始めのフクロウのユルギに見送られて、火葬した。
「シーヴァ。火に良い想い出はないだろうけど、お前を違う場所に送ってくれる火だから。また逢えたらいいな……」
まだ転生なんて知らない俺が、そんな事を言っていたのも思い出した。
自分の家の庭に動物用の墓を作ってもらって、それ以降はペットたちはそこに埋葬することになる。
行方をくらませた
あぁ、シーヴァを看取った時、アオダイショウのキヨは冬眠していたな。
夢という形で、昔の記憶が細かく思い出されるのはまぁいいのだけど、その内容から、俺はあまり運動が得意ではなかったことや、こっ恥ずかしい下級生との初恋やらを全部流されるのは精神衛生上よろしくない。
とはいえ、本当に前世の記憶が半分程度しか戻っていないという事実は自分でビックリ。
「嘘から出た
目覚めてそう呟いたのは、記憶も、シーヴァとまた逢えたというこんな運命にも、助けられてると感じていたから。
☆
私とご主人様の出会いは、ヒドイ熱さの後。
その前に、私は『殺されかけ』ていて。
両前肢が痛くて。
ペタペタしたもので巻かれ苦しくて。
多分、捨てられた。
ご主人様と仲が悪い人間、確か
でもご主人様は、包帯を巻いた左腕を押えて、悲しそうに笑っていた。
ただ小さな鳴き声に気付けたから助けただけ、と。
『この人間は強い』
白くて臭い人間たちが喋っていた。
なかなかできることじゃない、と。
ご主人様を知りたくなって、音を覚えて、人のすることの意味を知ろうとした。
『やっぱり、この人間は強い』
知れば知るほどに、小さな人間、いやご主人様は変わっている。
とてもとても意思が強い。
興味は、止まらなかった。
私の産まれの状態が悪かったのは、知っていた。
だから、たぶんご主人様が居なかったら、あのまま短い時間で生命が終わっていたのだろう。
救われたと知ったら、もう、感謝するしかない。
だけど、その感謝は返しきる前にまた迷惑をかけていて。
どうしようもなくて、でも想いは、残った。
その後の事は、良くわからない。
いつの間にか、四方を森に囲まれた領地の姫と呼ばれたが、そんなのはご主人様への心残りに泣くばかりだった私の心には響かない。
ただ、身体の違いに気付いて、それは喜びに変わる。
この身体には『手』がある。
彼の、ご主人様と同じ形だ。
その時やっと、自分がちゃんと記憶を保って新たな生活を歩み始めたのだと気付き、八年かけて父や母にそれを語った。
さすがに亜人種族と人類種族で子供が出来ないと知った時や、ご主人様がまだ居ないという事実には泣いたけれど…… 第二の故郷とは涙なく別れ、ご主人様が現れるという『夢見』に従って、私はこの西の男爵領土まで来ることができた。
夢見の言葉は、こう告げた。
【あなたの大切な人間は、あの世界からこちらへと移ってきました。西の男爵領の、小さな子供として。あなたなら、匂いで分かるでしょう。あの人は沢山の魂に護られる運命の人。あなたが行かずとも、他にも手を差し伸べる存在はありますが…… どうするかは、お任せします】
すぐ分かった。
他にも、と言うなら
あの三毛猫、アイツがまたご主人様の手を
私が一番乗りをして。
一番好きだと伝えるために。
最短距離で行くのなら…… 竜の背を行こう。
誰も真似できない早さでご主人様に出会うために、私は全力を尽くすのだ。
しかし、敵視していた
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