第6話 優しい男爵と息子専属メイドの存在感




 会合が上手くいったあの後。


 亜人種族代表と結んだ『暮れる端 和平条約』の報告は男爵領から早馬で『ツネニ子爵領』へと送られ、さらに『ミミチ伯爵領』へと送られた。


 後は伯爵そばき魔法使いが伝達してくれる。


 そして。


 大陸の南にある公国の首都からの返答は、予想通り一週間後に届き、領土拡張への働き掛けに報いるものとしてアレヤ男爵家は道路を構築し正確な地図を作成した後、子爵へと命じられる、とあった。

 ボレキ勲爵はこの令をもって準男爵に任命され、港町近くの半島が領地として封じられた。

 薬草や野鳥の多い場所なので、そちらも道路の建設を急がせるらしい。



 そこまでは順調で、まっすぐな進展だったのに。

 大森林開発の立役者であるシーヴァが宣言した一言によって、俺の立ち位置がおかしくなった。



「亜人種族の指揮権を、私に? いいえ、全てはタズマ様の功績ですわ。私には、何もいりません。この身体の血筋がどうであれ、私はご主人様のものですから」



 人類と亜人種族との通商開拓に関する条約が結ばれたのは、実に半世紀ぶりの事だと言う。

 そんなスゴいことに関われただけで俺はうれしかったが、その功績をいきなりパスされても困る。


 むしろお父様にこそ渡して欲しい。



「そうは言っても、シーヴァさんの言うことでないと聞き入れない可能性が高いからなぁ……」


「狼娘に使われたい大人が居るわけないじゃないですか」



 こんな美人な犬耳っ娘になら、けなされたい男は居るかもね。

 おっと、アダルティーな俺が暴走した。


 話題転換それはこっちにおいといて


 仕方がないので、俺が仲裁するしかないか。



「シーヴァ。この計画に力を貸して欲しい」


「わかりました! 何なりとお申し付けくださいっ」



 ……チョロい。


 ちょっと心配になるレベルで従うシーヴァの姿に、両親も執事も苦笑い。


 シーヴァの担当する仕事には俺が付き添うという約束を取付け、ホクホク顔の狼娘は今日も元気にメイド仕事を学んでいた。




 ☆




 通商条約が結ばれて、勢い良く男爵領土へと訪れた一団がある。

 今まで影に隠れて、尚且なおかつ高めの手間賃てまちんを取られていたという亜人種族の『商人』たちだった。


 彼ら彼女らは、元々男爵領に溶け込んでいた亜人を頼り、商売を始めるための土台を築くべく訪れたのだ。

 男爵家の家政婦を訪ねてきたのはその中でも一際大きな女性だった。



「マリーア、久しぶりい」


「オートレット、お久しぶりです」


「相変わらずのおっぱいだねぇ」


「相変わらずでっかいですねぇ」



 長身体躯きょたい熊人ベアリアはマリーアの大きな胸を指差し笑い、痩身体躯ほそみ牛人カウマンはオートレットの見上げる程の背丈を懐かしみ笑った。


 オートレットは大森林で捕獲される鳥獣の素材を扱っており、そのまま肉屋としても商いを行っている。

 そして二人は同じ里出身の『孤児親無し』であり、幼馴染みだ。



「くっくく。アタシにそんな口を利くのはアンタだけだぁよ。さて。本題を話そうか」


「ええ、私の家を使っていいわ」


「おう、そうか。助かる。じゃあ、明日から荷物を運び込むよ。よろしくな」



 マリーアが男爵家に仕える前まで一緒にいたので、オートレットが本題それを言わなくてもどうしたいのか、どうするつもりなのかは伝わっていた。

 どういう状況なのかは、男爵家に居ればわかっている。


 自然にマリーアはオートレットの事を考え、それに気付いていた。


 この村で商売をしたいが、場所がない。

 マリーアは丁度良い場所に伝手ツテがないか。


 そしてそう聞かれるだろうと思って、執事のネオモに自宅での商売の許可を取ってもらってある。


 色々と手を回してお金も使ったが、また幼馴染みと一緒に暮らせると思うと、今まで以上に微笑みが溢れていた。



「こんなにマリーアはいい女なのに、どうしてまだ独り身なんだい」


「私のことは言えないでしょう」


「へへっ、アタシの身体にビビる男なんざいらねぇな」



 こうして二人は共に暮らすようになったが、この出来事でマリーア狙いだったコック長が二の足を踏むことになったのはまた、別の話……。




 ☆




 開拓を進める前に、協力体制が整うようにと男爵が行ったことがある。


 その願いは現当主アレヤ・コトゥラ・ステンラル男爵から指示者シーヴァが各部族へと伝達し、様々な亜人種族が治める大森林各地へと広まり、折り返しの情報が男爵領へと集まった。


 男爵領から続く道路を構築する前に、男爵は各部族の意見と願いをなるべく聞きたいと呼び掛けた。


 現在の大森林の問題を解決し、互いに存在を尊重し、住みやすいよう『棲み分け』地図を作るという目標を掲げて、区画整理をしたかったのだ。


 もちろん、反対意見もあったが、これが成されたらそれぞれの協力体制の礎ともなる。


 これは主家であるタマランチ公国の意向ではない。


 むしろ指示通りにと言うなら領内の端から最短距離で横断道路を作る強行計画すらあった。



「それでは反感しか起きないし、どうせど真ん中には湖があるんだよ。多少の蛇行があったって良いはずだ」



 亜人種族の意向に構う余裕はなかったのだが、彼は真摯に努めて。

 その人柄と思いは主に部族の女衆に受け止められ、今やオオババから幼女まで、広く男爵のファンが誕生した。



「男爵、私も貴方の臣下として、困難があればともに戦いましょう」


「おお、ボレキ殿。では早速、亜人種族との商業関税定率の制定についての打ち合わせに出ていただきたい」


「お、おぉ、もちろん、かまわんとも」



 だが、無駄に熱血なボレキ準男爵には頑固な水馬など、敵が増えたようでもある。



「しかし、人材・金・食料・物資、目が回る勢いで動いていきますね」


「こればかりは、仕方ない。それに約定書を望んでいた我らが気を費して損している姿を晒しているようでは、協力してくれた部下や代表たちに申し訳もない」


「アレヤ様……」



 男爵も充分に熱血な存在だったが、人柄からか、亜人種族は男爵に個別に会いに来るようになった。


 そして、様々な理由を付けて生活境を国境線として認めさせてくれた感謝を込めて、幾つかの部族は男爵との平和条約を結んでしまっていて。

 効力を持つ本式の契約であれば男爵が処罰されかねなかったが『ただのお礼だよ』と彼は流してしまった。


 その後貿易が始まると、極一部の開拓反対派、強硬派を残し、人類種族への報復、排斥などと口にする者はいなくなっていた。



「測地と建築にまず力を注ごう。道路は現在の村と町を繋ぐところから。前例のない長い街道となるだろうから無理は禁物だよ」



 指揮者アレヤ男爵の考える確かな一歩のお陰で、小さな子供と共に訪れる指示者シーヴァの恐ろしさが多少は薄れ、無理矢理従わされているワケではないのだと今更に確信するモノも居た。


 本来ならばギスギスとしていただろうそれは、そんな奇跡的なバランスの上で進み。


 一年が過ぎていった。


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