第31話 ダブルとツイン

「二人部屋」

「しか空いてない」


 宿の女将さんの言葉に、カエルムの方を見ると同じくこちらを見たカエルムと、ばっちりと目が合った。

 そしてお互いパッと目をそらした。


「一人部屋はないのか?」

「あいにく今日はお客さん多くてねぇ。二人部屋が一つ空いてるだけなんだよ」

 カエルムが女将さんにもう一度確認してくれたが、やはり二人部屋が空いてるだけのようだ。


「アンタ達夫婦なんだろ? いいじゃないかい? 同じ部屋で」

「「ふ、夫婦!?」」

 カエルムと声はハモった。

「仲いいわねぇ」

 この世界の婚期は、前世のそれに比べて随分はやい。成人とみなされる十五歳になると、結婚するものは者も少なくない。

 

「ちっ、ちちちちちち違いますよ」

 夫婦だなんて、恥ずかしくて慌てて否定した。

「え? 違うのかい? じゃあ、結婚前の恋人同士かい?」

「いえ、薬師とその助手です」

 カエルムが冷静に訂正してくれた。まったくその通りなんだけど、はっきりそう言われると、なんだかちょっと胸のあたりがチクチクするわ。


「あら、そうなの? お似合いだからカップルだと思っちゃったわ、ごめんなさいねぇ。でも、申し訳ないけど、部屋は一つしか空いてないのよ」

「そうか、それなら他の宿を探すしかないか」

「他も埋まってるじゃないかねぇ」

 女将さんが頬に手を当てて首を傾げた。

「そういえば馬車も満員で乗れなかったんですが、何かあるんですか?」

 不思議に思って女将さんに尋ねてみた。

「ああ、ここら辺は夏が終わったらすぐ寒くなるからね、秋が短いんだ。だからこの時期は、本格的に寒くなる前に、ダリへ商売へ行く人が多いんだよ」

「なるほど、そういうことですか」

 サリューの辺りも、前世で住んでた国よりも秋が来るのが早い印象だったけど、サリューより北のタピやダリは、寒くなるのが更に早いようだ。


「とりあえずリアは、ここに泊るんだ」

「え?」

「俺は他の宿を探してみるよ。さすがに同じ部屋はまずい」

 一月同じ屋根の下で暮らしてたと言えど、部屋は別々だった。カエルムの事は信用してるけど、同じ部屋で寝るのは恥ずかしすぎる。

「もし他に空いてるとこなかったらどうするの?」

「その時は適当にどっかその辺で寝るよ。リアに拾われる前には、森で野宿したし」

「ええ!? それはダメよ、あの頃は初夏で暖かい時期だったけど、今は朝晩はかなり冷え込むわ。それにこの辺りはサリューよりも気温が低いそうだし」

 今日はずっと馬での移動だったし、カエルムは相当疲れてるはずだ。外で寝るなんて無理をさせたくない。


「わ、私なら同じ部屋でも大丈夫だから……! その……カエルムとは一月一緒に暮らしてたし、信用してるわ」

「だが、結婚前の男女は同じ屋根の下どころか、同じ部屋に泊るのは……そのリアの体面にも関わるだろう」

「旅先だから知り合いに見られる事もなし、それは大丈夫よ」

 大丈夫じゃないのは、私の心臓だ。

 だけど、そんなくだらない事で、カエルムを野宿させるわけにはいかない。


「決まったかい? この時期のタピは朝晩冷え込むからね、凍死はしなくても準備なしに野宿なんてすると、風邪ひいちまうよ」

「わ、わかった。だけど、リアはベッドで寝て、俺はソファーで寝る! それだけは、譲れない」

「ええ? でもそれじゃあ、カエルムがちゃんと休めないでしょ? 私は馬に乗せてもらってただけだし、私がソファーでいいわ」

「いいや。女性をソファーに寝せて、男の俺がベッドに寝るのは、男としての矜持が許さない」


「はいはい、二人で泊っていくでいいね? 部屋に案内するからついておいで」

 どちらがソファーで寝るかと、カエルムと揉めていたら、女将さんが割り込んで来たので、いったん中断だ。

「若いって羨ましいねぇ。安心しな、二人部屋はダブルじゃなくてツインだよ」

「「え?」」

 女将さんの言葉に二人できょとんとなった。

「ベッドが二つある部屋って事だよ。ここは宿場町だからね、冒険者のパーティもよく通りかかるから、ベッドが複数ある部屋がメインなんだよ」

「な、なるほど」

 カエルムが恥ずかしそうに俯きながら咳払いをした。

「まぁ、でもあまり厚い壁の建物じゃないからね、大きな声や音は他の部屋に聞こえるから気を付けな?」

「はい、その辺はご迷惑かけないようします!」

 子供じゃないので、夜騒いだりなんてしない。

「……リア」

 隣でカエルムの溜息が聞こえた。

「アンタも苦労してそうだねぇ」

 なんだかよくわからないけど、女将さんが生暖かい眼差しで私達を見ていた。









 ベッドが二つあるならそんなに緊張する事もないわね。







 そう思っていた頃が私にもありました。






 平民向けの部屋なので、お風呂はもちろんついてないし、トイレも宿の共同トイレだ。

 ついさっきまで、前世のビジネスホテルみたいなのを想像していた、自分を殴りたい。


 案内された部屋は、ベッドが二つと、小さなテーブルと椅子がニ脚あるだけの簡素な部屋だった。

 簡素な部屋だけど、ちゃんと二人別々に寝れるし、食事を摂る場所もある。

 お風呂は浄化の魔法で体を清められるのでいいし、トイレも共同トイレまで行けばいいだけなので問題ない。


 そう、問題はない……問題はないけど、いや、やっぱ問題大有りでしょおおおおお!!!!


 寝る場所と食事する場所しかないのだ。

 つまり着替える場所がない。


「着替えるから、後ろ向いててね」

「ああ、俺も着替えるから、お互い着替え終わるまで振り返らないようにしよう」

「うん」


 カエルムを拾った時に、容赦なく脱がして手当したから、カエルムの裸は見た事あるけど、その時と今では状況が違う。

 カエルムに背中を向けて、自分も急いで旅装を解いて、ゆったりとしたワンピースに着替える。

 背後ではカエルムが服を着替える、衣擦れの音がしている。


 ……衣擦れの音ってなんか如何わしいわね。


 違う、そう思ってしまう私の思考が如何わしいだけかもしれない。


 私ってこんな煩悩まみれの女だったのね。


 ダメダメ、煩悩を捨てて平常心に戻らなきゃ。


 邪念を振り払うように、頭を左右に振る。





「リア?」

「ひゃいっ!」

 突然名前を呼ばれて、変な声が出た。


「着替え終わった?」

「う、うん。もう大丈夫!」



 ダメだわ、とても緊張して心臓がバックンバックンいってるわ。

 っていうか、明日の朝着替える時にまたこれやらないといけないのよね。


 私の心臓もつかしら。






 その後、緊張しながらもなんだかんだで疲れていたので、夕食の後はすぐに眠くなって気づいたら朝になっていた。









 そして、朝目覚めて最初に視界に飛び込んで来たのが、隣のベッドでまだ寝ている超イケメンの寝顔で、寝起きから一瞬で血圧が上がる事になった。


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