第9話 夢と現と

「この外套は、弱い魔物からは認知されなくなる効果が付いてます。それとこちらの剣をお持ちください。剣は使えますよね?」

「ああ、大丈夫だ」


 買い出しを頼んだ騎士が、食料と外套以外にも武器とポーションを買ってきてくれた。

 魔の森近くの町の為、冒険者向けの店があり、渡したカフスボタンを換金した金で、食料を買った後、装備も購入することが出来たらしい。

 





「どうかご武運を」

「世話になった、お前達も無事にモートンシュタン領まで行ってくれ」

「いえ、こちらこそ、色々手筈整えて貰ってありがとうございやした。ディアマント様、どうか無事に森を抜けてくだせぇ」

「ああ、やっとぼんくら殿下のお守から解放されたんだ。サンパニアに行って、しばらく自由を満喫してくるよ」


 ここまで乗って来た馬車を魔法で破壊し、お互いの無事を祈り、手を振って別れた。







 魔の森を抜けて隣国へ行こうと思ったのは、くだらない冤罪を吹っ掛けられた、意趣返しのつもりだった。



 ただ、王都から追放するだけなら、領地に戻ってそのまま過ごそうと思ってた。だが、命まで、そして無関係の臣下まで巻き込んでとなると話は違ってくる。

 俺の中で、日ごろから鬱積していた、どす黒い感情が鎌首をもたげた。


 大した証拠もなく、公爵家の嫡男に冤罪を着せ、独断でその場で王都から追放。王都から追放だけならまだしも、魔の森に置いて来い言う命令を出した。

 一方的な暴論と明らかな殺意。王族と言えど、正当性の無い行為は許される事ではない。事が露見すれば、いかに第二王子と言えど、処罰は免れないだろう。

 その為には、証人となるあの騎士と御者には生き残って貰わなければならない。


 自分の派閥の筆頭公爵家の嫡男を、明確な理由なく死地に追放したのである。モートンシュタイン家が、ディルフィーノ殿下の派閥から抜ける可能性は高くなってくる。

 もし何らかの交渉と取引で、派閥に留まったとしても、ディルファーノ殿下の発言力は、モートンシュタン家を大きく下回る事になると思われる。それは、仮に殿下が王太子に選ばれようと、続く事になるだろう。


 何せ、現王の妹が降嫁しているモートンシュタイン家の後ろ盾が無ければ、第一王子派の方が圧倒的に勢力が上なのだ。


 しかし、俺が無傷で帰ってしまえば、厳重注意程度で済まされて、うやむやにされ、下手すれば再びあのぼんくら殿下の面倒を見る羽目になる。

 それに一度芽生えた殺意は、そう簡単には消えないだろう。大した罰もなく事を流されれば、再び俺は謀殺の憂き目を見る事になるだろう。


 ならば暫くの間行方をくらましてやろう。お望み通り魔の森に追放されてやろうじゃないか。



 王家の血を引く公爵家の嫡男――金の瞳持ちを冤罪で魔の森に送り込み、行方不明となったとならば、王族とは言え相当厳しい処罰が下るだろう。そうなれば、側妃様の子の第一王子が王位継承の優位に立つ。


 俺は元々王位継承権なんて興味はない、ただこの金の瞳のせいで、周りが勝手に持ち上げただけだ。


 第二王子の王位継承権を脅かすのは、第一王子や金の瞳を持った俺ではなく、お前自身の短絡さだ。





 俺の命を懸けた意趣返しが始まる。













 魔の森を抜けて、隣国にたどり着ける自信はあった。


 学園での魔法の実技は常にトップだったし、剣術はディルフィーノ殿下の側近の一人の騎士見習いが長い事トップだったが、奴が女に感け始めてからは負ける事は無くなった。

 魔の森で行われる、実地演習にも参加したことがあり、森の浅い場所で遭遇した魔物は難なく倒せた経験もあった。



 だから魔の森を抜ける事は、そう難しくないと思っていた。






 騎士達と別れた初日は、ほとんど魔物に遭遇することはなかった。これなら、案外楽に隣国まで抜けれるかもしれない。

 その考えを覆されたのは、その日の夜だった。


 陽が落ちて、真っ暗になった森の中は、恐怖でしかなかった。魔物から認識されにくくなる外套のおかげか、魔物の気配はすれど、こちらに向かって来るものはいない。

 だが、獣とも魔物ともわからぬ生き物の鳴き声が響く、真っ暗な闇の中は、想像以上に精神を削られた。

 魔物避けの結界を張って、木の上で寝ようとしたが、ほとんど眠れなかった。



 あまり眠れぬまま翌朝を迎え、前日の疲労を残したまま、東へと進んだ。すすむにつれ木々が厚くなり、空が見えず薄暗い森が続くようになってきた。

 太陽の位置で方向を確認していたが、森に遮られ空が見えない為方向感覚がおかしくなってくる。しかも、木々に囲まれ同じような風景が続く為、同じ場所をぐるぐる回っているのではないかという不安さえ出てくる。


 そして、薄暗い森が続き始めた辺りから、魔物に遭遇することが増えた。問題なく倒せるが、戦闘回数が増えると疲労も溜まる。

 その日の夜は、小さな洞窟を見つけ、その中で魔除けの結界を張って眠った。恐怖で眠れなかった前日と違い、疲労から意識を失うように、朝まで眠ってしまった。

 目が覚めて、熟睡してしまった事に恐怖したが、ぐっすり寝たおかげで、疲労感は減り、魔力も回復した。


 森に入って三日目、四日目と過ぎた頃には、無駄な戦闘を避け気配を殺して魔物を避けるようにして進んでいた。

 しかしまだ国境の川には辿り付けず、焦りが出始めた。出現する魔物もだんだんと強くなり、負傷する事が増えて来た。

 学園の調合学の実習で作ったポーションを持ちだして来たのと、町で騎士に渡されたポーションで傷を回復しつつ、前へと進んだ。



 五日目、食料とポーションも残り僅かになり、危機感を覚えた所で、漸く国境の川が見えた。



 これを越えれば隣国のサンパニア帝国だという希望と、ここでやっと中間地点だという絶望感があった。だがこれを越えれば、後は森の外に向かうばかりなので、魔物は徐々に弱くなっていくはずだ。



 少しでも川幅が細くなってる箇所を探し、そこを風魔法を使って飛び越える予定だ。

 川沿いを歩き、漸く風魔法で飛び越えれそうな川幅の場所を見つけたのは、太陽が真上に来る頃だった。


 これを越えれば、サンパニア帝国だ。


 意を決して風魔法を発動させフワリと体を浮かせる。浮遊、飛行の魔法は魔力の消費が激しい魔法なので、あまり長距離を飛ぶ事は難しい。


 魔力が勢いよく消耗してるのを体感しながら、川の上を飛行魔法で飛んでいたその時、水中に長い黒い影が見え、反射的に飛行の軌道をずらした。

 その直後に、水の中から飛び出して来た真横を、大蛇のような魔物がかすめて、再び水中へと潜っていた。


 明らかに狙われている、はやく地面まで辿りつかなければ。


 速度を上げると魔力の消耗が加速するが、ゆっくりしていては再び蛇のような魔物に襲われる。水中に引き込まれたら助かる気がしない。次とびかかられる前に、対岸に辿り着きたい。



 もうすぐ対岸という所で、先ほどの蛇が再び水中から飛び出して来た。飛行魔法を制御して避けたが、スピードを出していた為魔力の消費が大きく、制御に失敗し水面近くまで高度が下がってしまった。


 しまったと思った時はもう遅く、再び水中から飛び出した蛇に太ももを噛まれた。

 そのまま、水中に引きずり込まれそうになりながら、無理やり風魔法の出力を上げ、浮遊状態を維持して、太ももに噛みついてる蛇の頭に力いっぱい剣を突き刺した。


 蛇はその一撃で絶命したが、自分も魔法の制御を失って、蛇と一緒に川の中に落下した。


 対岸は目の前なのに、こんな所で……!


 蛇に噛まれて出血が止まらない足を無理やり動かして、対岸へと泳ぐ。時々小さな魚の魔物につつかれもしたが、力尽きる前に川底に足が付いた。そのまま、力を振り絞って水中から河原へと這い上がった。濡れた外套はとても重かった。


 少しでも川から離れたくて、はいつくばって前に進んだ。川から十分に離れた所で動けなくなりつつも、ポーチからヒーリングポーションを取り出して飲み干した。

 噛まれた太ももの傷の痛みが、少し和らいだところで、意識を失った。




 水に濡れたせいか、最初はとても寒く感じていた。しかし、しばらくしたら、ポカポカと温かくなった。

 薄っすらと目を開けると、視界が銀色だった。すぐに、意識が遠のきそうになったが、なぜか危機感は感じず、そのままポカポカと温かい感覚に身を委ねた。




 目覚めると、ベッドの上だった。

 起き上がってベッドから出ようとすると体中が痛み、そのままベッドから床へと転がり落ちた。

 何とか上体を起こすが、太ももが激しく痛み立ち上がれず、そのままベッドの上に上半身だけ突っ伏す形で、動けなくなった。


 動けない俺の前に現れたのは、長い銀色の髪を二つの三つ編みに縛った、小柄な少女だった。

 あまりに印象的なその銀色の髪は、森で意識を失った時、最後に見た銀色だったと確信するのは容易だった。

 そして、俺を助けたのは彼女だとすぐに理解した。


 それが、リアとの出会いだった。








 俺は生き延びた。


 それと同時に己の未熟さを知った。学園という箱庭の頂点を取り、それが外の世界でも通用すると信じていた。

 そして自分を過信し、自分に理不尽な敵意を向けるディルフィーノ殿下に、意趣返しを実行しようとした、あの時彼女に助けられなければ、命は無かっただろう。


 

 陛下と父上が外遊より帰還し、あの騎士と御者が、モートンシュタン領にたどり着く事で、俺のディルフィーノ殿下への意趣返しは完了する。俺が生きていてもいなくても、結果はかわらないだろう。


 だが、生き延びた。無謀を理解せず、実行した賭けに、勝った。


 そして、俺は自分の浅はかさと、世界の狭さを知った。


 だから、この広い世界を、もっと知りたいと思った。
























 意識が浮上する感覚と共に、ゆっくりと目を開けると、ここ数日ですっかり見慣れた天井が目に入った。


 つい先日の事なのに、懐かしい夢を見たような感覚だった。


 眩しいほどの西日が窓から差し込んでいる。



 先程まで、彼女の調薬の手伝いをしていたはずだ。途中で魔力が枯渇し始めて、休憩を申し出て、椅子に座ってテーブルの上に伏せったあたりでその記憶が途切れている。


 彼女の調合部屋にいたはずだが、今はベッドの上に寝かされていた。

 あぁ……あの時みたいに横抱きで運ばれたのだろうか。

 思わず顔に手を当てて項垂れる。






 魔の森で行き倒れた俺を、助けてくれた少女は、規格外の少女だった。


 不思議な魔道具に囲まれた家に住む少女。近くにいるだけで、圧倒的な魔力を持っているのがわかる。

 俺の魔力など彼女の足元に及ばない。

 学園でトップ成績だと慢心し、己の力を見誤って死にかけた事を、恥ずかしく思った。


 思い返せば、冷静ではない行動だった。

 いや、無知で傲慢故の短絡的行動だった。


 今、生きてここに居るのは、運が良かっただけだということが、今ならわかる。


 結局俺も、ディルフィーノ殿下と同じ、感情に流されて正しい判断が出来なかったのだ。




 自嘲気味になりながらも、あのぼんくら殿下のおかげで、彼女に出会い、自分の未熟さに気付かされたことに感謝した。




 


 扉をノックする音がして、返事をすると、彼女が部屋に入って来た。


「魔力枯渇しちゃったみたいね。ごめんね、いっぱいお水作らせちゃって」

「いや、大丈夫だ。自分の限界を把握してなかった俺が悪い。それで、その……」

 やはりここまで運んでくれたのは彼女なのだろう。


「わざわざベッドまで運んでくれて、ありがとう」

 横抱きで運ばれたのかと思うと、複雑な気分だ。

「大丈夫よ! 重力操作の魔法があれば軽いもんだわ!」


 そう言って腕を曲げて、力こぶを作る仕草は微笑ましいが、三回目はさすがに避けたいので、もう倒れないようにしようと、ひっそりと心の中で誓った。






 彼女に助けられた、そして気づかされた恩を、自分の力で返したいと思った。




 そして、今度は俺が横抱きする側になりたいとも思った。


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