第7話 追放令息は夢を見る

 あまりにくだらなく、そして理不尽な日々だった。


 だから、捨てたのはお前達じゃなくて俺の方だ。

 そして俺は賭けに、勝ったのだ。運よく生きて、国を出る事が出来た。だから以前の地位も、生活も、捨ててせいせいとしたと思っている。


 なのにどうして、今頃あの時の夢を見る?









「ディアマント、何故ここに呼ばれたかわかっているか?」


 貴族の子息子女の多くが通う、王立の学園の一室。

 その中でもとりわけて豪華な部屋―王族が在学中に与えられる専用の執務室に呼び出し、嫌悪感を丸出しでこちらを睨んで、俺の名を呼ぶのは、この国の第二王子ディルフィーノ殿下だ。

 見た目は金髪金目と神々しくもある美形だが、王族ともあろう者が、こうもありありと感情を表情に出すのは、いかがなものか。


「さぁ? 滞ってる執務のことですか? それとも、学園で何かありましたか?」

 執務室の机の上に、積み上げられている書類の山を一瞥して答えた。


 学園に在学中の王族に、専用の部屋が設けられるのは、在学中でも王族としての業務をこなさないとならない為である。

 王族には、慣例的にほぼ同世代の子息が、幼少の頃から側近として傍に仕える為、学園でも共に行動することが多くなる。故に、学園にいる時間が長い彼らの為にも、学園内でも王族を補佐できるように、王族が在学中は専用の執務室が設けられる。

 王宮にある、王子の執務室の出張所みたいなものだ。


 その、いわば仕事場のような場所に、女子生徒を連れ込み、側近共々その女子生徒を囲って、仕事を疎かにするこの第二王子には、側近の一人である俺としては、図らずして辛辣な言葉が出てしまう。



「とぼけるな! 貴様の悪行はわかっているぞ!」


 声を荒げる第二王子の後ろに隠れるように、ピンクブロンドの髪の小柄な女子生徒が、彼の背中に縋りついている。そして、その周りには王子と同じように、険しい表情の側近達がこちらを睨んでいる。


 感情の起伏の激しく流されやすい我が儘王子に、公衆の面前で婚約者でもない異性――しかも王族にベタベタと触れる女、それに同調するだけの役に立たない側近達。そんな上司とその愛人、そして同僚達を冷めた気分で見やった。


 第二王子の側近は、公爵家嫡男の俺が一番身分が高く、他は伯爵家出身の者ばかりで、王子に苦言を呈せるだけの身分と度量のある者が、俺を除いていない。

 結果、無駄にプライドが高く、感情に流されやすいこの第二王子の素行に、口を出すのは俺だけになり、王子からはとことん煙たがられている。



「で、その悪行と言うのは?」

「貴様がこのフリージアを、学園の人気のない教室に連れ込んで、乱暴しようとしたのはバレているぞ!」

「はぁ?」


 全く身に覚えのない言いがかりに、思わず気の抜けた声が漏れた。


 何故そのような話になったのかと、殿下の愛人――殿下の後ろに隠れてこっちを見ている令嬢を見れば、わざとらしくビクリと肩を揺らして、殿下の後ろに顔を隠した。


「聞けば、貴様、フリージアにしつこく付きまとって、交際を迫ったそうではないか? それが叶わぬと知れば、人気のない場所に連れ込んで強引に既成事実を作ろうとしたそうだな?」

「それは、どういった経緯でそのような情報を? 全く身に覚えがないのですが?」


 学園の高等部に入学して以来、殿下が入れあげている女子生徒――フリージア・レッテラ・ポプラール嬢は、とある公爵家の後妻の連れ子なのだが、あまり評判がよろしくない。


 身分の高い男子生徒に近づいては、淑女らしからぬ距離感で接し、女性慣れしてない男子生徒を誘惑籠絡し、そうした男子生徒を取り巻きにしている。


 頭の痛い事に、その篭絡された男子生徒の中に、この第二王子殿下と俺以外のその側近達が含まれている。


 そして、このポプラール嬢、俺にも近寄って来たが、すでにその素行を調べた後であり、あからさまに媚を売る態度が好きになれず、二人きりになる事はもちろん、必要以上に接することは避けていた。


「フリージアが言っている。お前に言い寄られ、迷惑している。乱暴されそうになったと」

「はぁ? 彼女の証言? 他に何か物的証拠はあるんですか? 証言だけでは証拠になりませんよ」

「ひどい! ディア様は私が嘘ついてると言うのですか!?」


 いや、嘘しかついてないだろう。


「そう言ってるのですが? そもそも、俺は貴方に愛称どころか、名前で呼ぶ事を許した覚えはないのですが?」

「貴様! フリージアが嘘を申していると言うのか!?」

 王子が更に声を荒げる。


「ええ、そうです。俺は、言い寄るどころか、彼女とは一度も二人きりになった事はありませんし、どちらかというと付きまとわれて迷惑しておりましたので、近寄らないようにしてましたが? どこで勘違いされたのでしょうか? それとも、いつ、どこで、どのように、俺が彼女に言い寄って、乱暴しようとしたかはっきりとした日時はお分かりですか? おわかりですよね? 乱暴されるような事があれば、当然その日時くらい覚えてるもんでしょう? 日時を教えて頂ければ、俺の行動はきっちり記録してるので、彼女の証言が本当かどうかはわかると思いますが?」

「貴様はフリージアが、男に言い寄るような女だといいたいのか!?」

「何を今さら、学園内でも婚約者のいる男子生徒に、無作法に近づいてその婚約者の女子生徒から、苦言を多く貰ってるのは殿下もご存知でしょう?」

「それは、フリージアが魅力的だから、男どもが勝手にフリージアに付きまとってるだけだろう」

「はぁ、だとしても、婚約者のいる複数の男に囲まれて、淑女らしからぬ距離感で接するような方とは、俺は親しくしたいとは思いませんので、こちらから近寄った事はないですよ。どうしてもと、お疑いなら嫌疑のある日時と場所を示してください、こちらもそれに合わせて証拠を用意しますので」

「ひどい……証拠だなんて……そうやって逃げるんですね?」


 殿下の後ろに隠れながら顔だけだしたポプラール嬢が、涙で目を潤ませてこちらを上目遣いで見る。そのわざとらしい行動で、苛立ちが更に増し口調も強くなる。


「逃げる? いいえ、俺は公爵家の嫡男です。事実無根の言いがかりをつけてるのなら、家の名誉にもかかわります。それなりの対応をするのが当然でしょう? もし、これが言いがかりと証明されたら、モートンシュタイン公爵家から、そちらのご令嬢が身を置かれている、エルフェンバイン公爵家に正式に抗議させていただくことになりますが、よろしいでしょうか?」


 これでやっと理解したのか、ポプラール嬢は顔を青くして、俯いた。


「貴様はいつもそうだ! 口だけ達者でそうやって、言い逃れしようとする! 必ず証拠を揃えて、裁いてやる!」


 証拠も何も、何もしてないのでそんな物はない。捏造でもしようものなら、第二王子派の筆頭であるモートンシュタイン家に、ケンカを売る事になり、自分の後ろ盾を失い兼ねない。


 そんな事もわからず、捏造してまで俺を陥れようとしそうなのが、この第二王子なのだが。


「で、用件はこれだけですか?」

「いや、まだある。ディアマント、貴様は本日を持って、私の側近から任を解く!」

 ディルフィーノ殿下が勝ち誇った顔で、力強い声を上げた。


「かしこまりました。して、その事は陛下はご存知で?」

「父上が宰相と共に現在外遊中なのは、貴様も知っているだろう。兄上も留学中で国内にはいない。故に現在、この国で最も権力があるのはこの私だ。その私が貴様を側近から外すと決めたのだ、何の問題ない」


 いや、問題しかないだろう。


 俺がこのぼんくら殿下の側近なのは、陛下と宰相であり第二王子派の筆頭であるある父が決めた事だ。それを留守中に勝手にひっくり返していいわけがない。


 そもそも、この第二王子の側近達の身分が低いのは、正妃様が伯爵家出身で、他国の公爵家出身の側妃様よりも、後ろ盾が不安定だからである。パワーバランスが他国出身の側妃派に傾きすぎない為に、モートンシュタイン家が第二王子の後ろ盾となり、俺が側近としてこの第二王子に仕えているのだ。


 国王陛下が皇太子時代、陛下と年齢の合う高位の貴族令嬢がおらず、ちょうどその頃、領地にミスリルの鉱脈が発見された、伯爵家の令嬢が陛下の婚約者となった。それが、現在の正妃様だ。

 しかし、正妃様は長年子供が出来ず、それにより側妃を娶る事になった後に、側妃様、正妃様という順で懐妊され、側妃様の子が先に生まれた為、側妃様のお子が第一王子、正妃様のお子が第二王子という状況になっている。


 下手をすれば、泥沼の王位継承争いに発展しそうな構図なのだが、側妃様は争いを好まない方で、権力争いが複雑化する前に、第一王子殿下を祖国のサンパニア帝国へと留学させ、後継者争いから遠ざけた。

 その為、立太子こそまだではあるが、正妃の子である第二王子ディルフィーノ殿下が、学園の高等部を卒業をもって、王太子に指名されるのではないかと言われている。


 ……なのだが、この第二王子、王族としての資質にいささか問題がある。


 それでも学園の中等部までは、真面目に勉学に励んでいた。少し直情的で思い込みの激しいところがあるが、それは臣下がカバーすればよいと思っていた。完璧な人間などいない。王とは言え人間である、足らない物があれば補い、間違いがあれば正すのが臣下の務めだと思っていた。



 おかしくなり始めたのは高等部に入ってからだ。高等部の三年の春、その年の新入生として、あの令嬢が学園に入って来た。


 男子や、将来女官や専門職を目指す者は初等部や中等部から学園に入るが、一般的な貴族の子女で、将来は貴族夫人として家庭に入る女子のほとんどは、家庭で教師を付けて一般的な教養を学び、将来の社交と人脈の為高等部だけ学園に通う者が多い。


 件の令嬢――フリージア・レッテラ・ポプラールもそういった令嬢の一人だった。


 学園の高等部に入学した貴族子女が、将来の為に人脈を得ようと社交に励むのは、ごく普通の行動である。

 しかしこのポプラール嬢、女子生徒とはあまり交流を持たず、男子生徒にばかり近寄っていた。第二王子殿下やその側近にも近づき始めたので調べてみれば、エルフェンバイン公爵の後妻の連れ子で、父親はとある子爵家の次男であった。


 彼女は母親の再婚相手の公爵家に身を置いており、公爵令嬢として振舞っているが、エルフェンバイン家の籍には入っておらず、故人である父親方の籍となっているようだった。つまり、下級の貴族の血は引いているだけの令嬢だった。


 婚約者のいない貴族子女が、学園で婚約者探しをするのは自然な事なのだが、彼女の場合、上位の貴族で見た目の良い子息に、婚約者の有無を関わらず、絡んでいた。その事で、他の令嬢達から反感を買い、また良識のある子息からは遠巻きにされていた。


 そんな中でも、見た目だけはそこそこ良い彼女に、篭絡される子息もいた。その中に、第二王子殿下や、同僚の側近達も含まれていた。


 ポプラール嬢と関わるようになり、殿下と俺以外の側近達は学業を疎かにし始め、王族のとしての振り分けられている業務も滞る事が多くなった。そのしわ寄せを喰らったのは俺である。

 殿下や他の側近達が女に現を抜かし、仕事をさぼった分だけ、俺の仕事が増える。そのうち、王族が決済しないとならない物以外は、ほぼ俺に回ってくるようになった。


 雲行きが怪しくなってきた時点で、宰相である父に報告を入れた。



「学園生活は王族、貴族、としての資質を見る場所でもある」



 俺の報告を聞いた父はそう言った。

 つまり、俺の側近としての、将来の公爵家当主としての資質も見られてるという事である。

 主君を上手くコントロールするのも側近の役目だと、結局ぼんくらと化した殿下と、他の側近の面倒を見るよう言いくるめられた。



 執務の滞り、女性関係について何度も苦言を呈したが、煩わしがられるだけで、効果がないどころか、殿下と他の側近達は競うように、ポプラール嬢に入れ込むようになった。


 殿下は正式な婚約者ではないにしろ、貴族同士の勢力のバランスを考慮して決められた、婚約者候補は存在する。俺には今は婚約者はいいないが、俺以外の側近達にも、幼少期からの婚約者がいる。


 上位の貴族、しかも長子は何らかの利害の一致の上での、政略結婚がほとんどだ。そういった経緯で決められた婚約者がいる状態で、他の令嬢に現を抜かすのはよろしくない。令嬢の方も、そういう相手に節度を保たず接するのは、外聞重視の貴族社会では、自分の将来の相手探しをいう目的を踏まえても、リスクしかない。


 そんな理由で、ポプラール嬢とその取り巻きは、学園内でも浮いた存在であった。第二王子殿下やその側近といった、上位の貴族の子息が彼女の取り巻きに参加しているせいで、直接苦言も言いづらく、彼らは腫れ物のような扱いになっていた。


 それでも、婚約者をポプラール嬢に持って行かれた令嬢は面白くないのは当然で、その不満は、殿下の取り巻きの中で唯一、ポプラール嬢と深く関わってない俺にと集まって来る。


 それも含めて、日に日にディルフィーノ殿下に対する苦言の量も増えていった。

 そうなると、無駄にプライドが高く、感情的な殿下とは反発することが増え、だんだんと日々の業務以外関わらなくなってきた。

 


 その矢先にコレである。



 プツリと何かがキレた音がした気がした。

 

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