とある家具職人のお話1

 ミランはブルクの職人が集まる平民街五番地で、木工職人の三男として生を受けた。


 寡黙ながらも頑固な父親に、お喋りが大好きな母親に育てられた彼は、時間が空けば木片を小刀で加工するのが好きな少年として育っていく。

 十歳になり家具職人の徒弟になり、十五歳には幾人かの商人の専属となり、十八歳になると五番地では有名な職人になっていた。

 そして、二十歳になる頃には、ブルクを代表する家具職人となっていた。


 ミランという職人、目つきが悪く、常に不機嫌そうな上に口べたで、およそ愛想のない男だった。


 だが、木工職人である父譲りの細工は緻密でいて、艶めかしく、多くの工芸好きの貴族を魅了した。

 特にこの職人が作る寝台は芸術性は勿論、その使用感は朝、起きるのを難しくするという意味で『光の神に不敬を働いてしまう寝台』とまで言われた。

 その評価はオールマ王国よりも、芸術文化が盛んなフレコやオラリルなどの外国の方が高く、大商人であるミシェル・デシャからは資金援助をするから独立と拠点をフレコに移すことを進められもした。


 だが、家具職人ミラン、首を縦に振らない。


 どれだけの資金提供を約束すると言われても、どれほど豪華な生活を約束すると言われても、いっさい興味を示さない。

 まるで耳に入っていないかのように、のみの柄尻に金槌を振るい続けた。


 家具職人ミランとしても、人の評価が気にならないと言えば嘘になる。


 だが、それを上回るほど、次の品物に関心があった。


 前よりも使いよく、前よりも美しく、前よりも機能的な――そんな物を求め続ける家具職人ミランにとって、拠点を変えたり屋敷に引っ越したりするのは、ただただ”めんどくさい”ものに過ぎなかった。


 なので、既に技量的にも名声的にも上回っている親方の元で、ひたすら腕を振るっていた。


 親方としても、本来はさっさと独立するはずの弟子が工房に居座っているのを苦笑しつつ、「俺が親方のうちは面倒を見てやるか」と肩をすくめるのであった。


 家具作りに熱中する家具職人ミランであったが、年齢も三十近くになり、そろそろ身を固めたらどうか? という話があがり始める。


 典型的仕事人間で愛想が無く、目つきが悪い家具職人ミランであったが、稼ぎは良かった。

 なので、何人もの女性が紹介された。

 だが、社交性に乏しく、ぶっきらぼうな言動に終始し、少しでも気にくわない事があると工房に引っ込んでしまう家具職人ミランではなかなか相手が見つからず、場を整えている両親や親方は頭を抱えてしまった。


 困り果てた親方は、最後の切り札とばかりに一人の少女を家具職人ミランに提示した。


 親方の娘である。


 年は十七歳になっていた。


 家具職人ミランが工房で働き始めてから生まれた娘で、物怖じせず、この目つきの悪い職人に対してもやれ遊べだ、やれ買い物に連れて行けだ、と何かと絡んでくる少女だった。

 そんな彼女に対して、家具作り以外の面倒ごとを過度に嫌うこの職人にしては珍しく、非常に嫌々ながらも、「うるせえ」とか「他にいけ」だの言いつつも、結局は折れて付き合っていた。

「この工房にずっといるつもりなら、それが良いだろう?」

という親方の言葉に対して、家具職人ミランは……頷かない。


 赤ん坊の頃から知っていて、面倒と思いつつも妹のように思っていた少女と言うこともある。

 年が十歳以上も離れていることもある。

 なにより、愛らしい容姿をしていたが、口から生まれたと言われるほどお喋りで、同じくお喋りな母親を持つ家具職人ミランとしては苦手というか、ずっと一緒にいるのはちょっと、と思った。


 あと、何というか……胸が慎ましかった。


 なので、静かに首を横に振ると、のみを手に取るのだった。



 その翌日、親方の娘がいつもの様に、作業中の家具職人ミランの元にやって来た。

 そして、家具職人ミランの肩を指で突っつきながら言う。

「ねえねえミラァン~

 父さんがね、ミランと結婚したらどうだって言ってるんだけど」

 それに対して、寝台の足部分にヤスリをかけていた、家具職人ミランは素っ気なく言う。

「関係ねぇ」

「関係なくは無いでしょう?

 ミランは誰か好きな人でもいるの?」

「いるか! そんなもの」

 首にかけていた手ぬぐいで顔の汗を拭きながら投げやり気味に言う家具職人ミランに対して、親方の娘は顔を覗き込みながら、更に続ける。

「ねえミラン、わたしはどうしたら良いと思う?」

 家具職人ミランは木材の曲線を指で優しくなぞりながら、言い捨てる。

「勝手にしろ!」

 すると、親方の娘は何故かパッと表情を明るくした。

「じゃあ、ミランと結婚する!」

「ん?」

 家具職人ミランが振り向くと、親方の娘は親方の所に駆けていき「結婚するって!」と言っている。

(おいおい)と思いながらも、親方の娘が余りにも嬉しそうに笑っていたので何も言えず、「勝手にしろ!」と手ぬぐいで顔を拭った。



 親方の娘が妻になり、息子が二人産まれた。


 とはいえ、仕事人間なのは相変わらずで、不機嫌そうな目付きを、更に険しくさせながら家具と向き合う日々を過ごしていた。


 息子達が成長し、見習いとなった。


 家具職人ミランが直々に教えているにもかかわらず息子達はどうも、良い職人になろうという気概が無いように見えた。

 やれ釣りだ、やれ祭りだ、などと訳の分からない事を抜かして、遊びたがった。


 挙げ句の果てに、それらは友人との大切な付き合いとか生意気なことを言い始めた。


 家具職人ミランが「そんなもの職人には不要だ!」と怒鳴ると「だから父さんには友達がいないんじゃないか」などと小癪な事を言われ、金槌を片手に息子達二人を追いかけ回しもした。


 だが、困ったことに家具職人ミランに対するおべっかのつもりかもしれないが、取引先の商人らに「息子さん達も凄いじゃないか!」「正に、『竜から小鳥は産まれぬ』だな!」などと言われることも増えてきた。


 まあ、家具職人ミランとしても、そこそこぐらいには才がある様に見えなくも無くも無くも無かった。

 それでも、ごくごく小さいとはいえ粗が有ったので、「雑な部分が有る様じゃあ、論外だ」と答えていた。

 それを聞いた息子達は顔を見合わせながら、肩をすくめ合っていた。


 そんな家具職人ミランの元に、天才が生まれる事となる。


 次男から十二歳も後に生まれた娘、ヴァラである。


 娘ヴァラが妻の胸を吸う様子に、家具職人ミランは驚愕する事となった。

 そのオラリルの人形師が何百も集まっても作れないほど愛らしい容姿に、どれほど腕の立つ絹職人でも生み出せないだろう柔らかな肌――もそうなのだが、その小さな手が妻の胸をペチペチ叩く様子がのみを振るう理想の姿と重なり、煌びやかな才能を見てしまったのである。


 ヴァラという名は”白い羽”という意味を持つ。


 彼女が職人としてまさに翼をはためかす存在になる光景を幻想した。


 周りの才亡き者たちは、「意味が分からん」だの「娘が生まれて舞い上がってるだけ」だのとくだらない事を抜かしていたが、所詮、自分より劣った者たちの言うことなど、家具職人ミランは無視をした。


 娘ヴァラは十歳になり、家具職人ミランの必死の誘導も功を奏したのか家具職人見習いになる。


 当然のように、指導は家具職人ミランが行った。

 数少ない女性職人に対しては、どうしても侮った態度を取る者が多く、それらから守る意味もあった。

 あとブルク一可愛い娘ヴァラに虫が付かないようにする意味もあった。


 その頃の家具職人ミランは幸せの絶頂にいた。


 自身の技術を娘ヴァラが一生懸命真似をしている。

 真剣な表情で道具を操り、細工をしている。

 自分が上達していった時とは違う喜びを日々感じられる。

 それに、娘ヴァラが「父さん、凄い!」って言ってくれるのも嬉しかった。

「お前もすぐに出来るようになる」と言ってやると、気合いの入った愛らしい顔で「ヴァラ頑張る!」と答えてくれるのも家具職人ミランは本当に、本当に好きだった。


 とはいえ家具職人ミラン、職人とは技術さえあれば良いわけではないことを知っている。


 友人との交流も大切だと、遊ぶ時間をとってあげたり、お祭りなどの特別な日は綺麗な服を用意して送り出してあげたりもした。


 友達と共に「父さん、行ってくるね!」と笑顔で手を振る愛娘を頬を緩めて見送っていると、娘ヴァラの才を妬んでか、愚かな息子達が「クソ親父、俺たちの時と全然違う」だの「兄妹差別」だのブツクサ言っている声が聞こえてくるのだが……。

 人によって適切な育て方があることを知らぬ馬鹿どもの言葉など無視をした。


 娘ヴァラが一人で作り上げた椅子が売れた時などは、家具職人ミランは自分の時以上に喜んだ。


 だが、天才である娘ヴァラは少し嬉しそうに口角を上げながらも「父さんや兄さん達に比べて、やっぱり粗が出てしまうの」と反省の弁を述べた。

 家具職人ミランはその姿勢を大いに賞賛しつつも「多少の粗は仕方がない。そこはお前の成長出来る余地だと思え」と正論を述べた。

「うん! 頑張る!」

と早速、次の品物に手を着け始めた素晴らしい娘ヴァラを優しく見守っていると、またしても愚かな息子達が「クソ親父、また俺たちの時と言ってることが違う」「娘だけ親馬鹿」などとボソボソ言ってきたので、ギロリと睨んで追っ払ってやった。

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