伝授に対する迷い
「大変な目にあったわ」
エリージェ・ソードルは女騎士ジェシー・レーマーに助けられながら、寝台の上に腰を下ろす。
”今回”のこの体では行ったことのない動きで酷使したためか、筋肉痛と筋肉疲労のために少し動かすだけで悲鳴のような痛みが体に走った。
「慣れないことをするものではないわね」
夕暮れの陽光が部屋の中まで差し掛かり、エリージェ・ソードルの手元を赤く染めていた。
「これでは本は読めないわ」と、側に控える侍女ミーナ・ウォールに遮光用の窓掛けを引くのと明かりの用意を指示した。
因みに、クリスティーナは読んで貰う本を取りに行っている。
先ほど、侍女ミーナ・ウォールが疲労困憊な女に代わって読むことを提案したが却下された。
「エリ~ちゃんに読んで欲しいの!」
と言い張るクリスティーナをエリージェ・ソードルは可愛らしいと思った。
突然女騎士ジェシー・レーマーが片膝を付き、頭を垂れた。
その行動に、エリージェ・ソードルは少し不思議そうに訊ねた。
「どうしたのジェシー?」
それに対して、女騎士ジェシー・レーマーは真剣な表情で顔を上げた。
「お嬢様、お願いしたいことがあります」
「何かしら?」
「お嬢様、お嬢様は先ほど、そのほっそりとした体で同い年とはいえ殿方を力で押し返していました。
それに、鋼鉄で出来た扇子を軽々と扱っています。
お嬢様!
是非とも、その秘密を教えていただけませんでしょうか!?
先ほどのリーヴスリー伯爵子息のお話にもあった通り、女の身ではいずれ肉体的限界が来ます。
それを克服したいのです!」
「……」
エリージェ・ソードルは静かに、その様子を見下ろす。
そして、(そういえば、以前もそんなことを言っていたわね)と心の中でつぶやいた。
――
”前回”のことだ。
エリージェ・ソードルが十四になった頃、女騎士ジェシー・レーマーにこのように懇願された。
『お嬢様!
力が強くなる方法を教えて下さい!』
その時、エリージェ・ソードルは迷った。
この女とて、女騎士ジェシー・レーマーの忠誠を疑ってはいなかった。
疑ってはいなかったのだが……。
それでも思ってしまったのだ。
この女の優位性となるべき”それ”を伝えてしまうことで、まかり間違って他に広がってしまったらと。
恐れたのだ。
それだけ、女騎士ジェシー・レーマーが知りたがっているそれは、理解してしまえば誰でも”簡単”に取得できてしまう、そんなものだった。
むしろ、凡庸たる自分よりも遙かに上手く使いこなすものが出ることを確信していた。
その時、自分だけではなく公爵家、さらには王国全土を巻き込む戦乱の呼び水となってしまうのではないかと、恐ろしかったのだ。
だから、エリージェ・ソードルは教えないことを選択した。
少なくとも、公爵家が自身の手から放れるまで待って欲しいと真摯に伝えた。
女騎士ジェシー・レーマーも納得した様子を見せていた。
『無理を申しました』と謝罪までしたのだ。
だから、エリージェ・ソードルは安心してしまった。
安心したまま、女騎士ジェシー・レーマーが主に乞うてまで欲した理由を深く考えなかった。
多忙すぎたのも間違いなく原因の一つだろう。
だから、その一年後、女騎士ジェシー・レーマーが他家に嫁ぐために護衛騎士を辞したいと言われるまで、すっかり忘れていた。
――
”前回”と同じ問題を投げかけられ、エリージェ・ソードルは苦悩する。
今の女なら、”前回”何故、女騎士ジェシー・レーマーが力を求めたのかも、そして、護衛騎士を辞めたのかも分かる。
”前回”、ルマ家騎士レネ・フートと良い勝負が出来るぐらいまで強くなった女騎士ジェシー・レーマーであったが、彼女はついていけなかったのだ。
エリージェ・ソードルという化け物の強さに。
事実、ある年を境に、護衛騎士でありながら、女騎士ジェシー・レーマーはエリージェ・ソードルを守る事が出来ていない。
むしろ、女に庇われる事すらあった。
エリージェ・ソードル自身もその事が分かっていたので、騎士リョウ・モリタを始めとする幾人かの護衛騎士を自分には不要だからと、弟マヌエル・ソードルに付けたり、王家の親衛隊に推薦したりもした。
それでも、エリージェ・ソードルは女騎士ジェシー・レーマーだけは手放そうとは思わなかった。
少し抜けた所はあるものの、正義感の強い彼女を好ましく思っていた。
そんな彼女が側にいてくれている。
それだけで、苦難の連続である生活の中であっても、心強く思っていた。
だからエリージェ・ソードルは、自分が頼りにしていることと、せめて王家に嫁ぐまでは側にいて欲しいと懇願した。
だが、悲しそうな笑みを浮かべる女騎士ジェシー・レーマーは頷くことはなかった。
誇り高き彼女は我慢できなかったのだろう。
女の力になるどころか、足を引っ張りかねないだけの力しかない自分が側にいることが。
守るだけのものを持てぬ状態で、側に控えることが。
許せなかったのだろう。
”前回”、エリージェ・ソードルが最後に会ったのは王家夜会の時だった。
子爵夫人として挨拶に訪れたジェシー・レーマーは笑顔だった。
ただ……。
(幸せそうには、見えなかったわね……)
と思った。
”前回”の判断が正しかったのかどうかは、”今回”のエリージェ・ソードルにも分からない。
ひょっとしたら、女の危惧が当たっていた可能性だってあるのだ。
(……)
「いいでしょう」とエリージェ・ソードルは頷く。
ただ、パッと表情を輝かせた女騎士ジェシー・レーマーに続けた。
「ただし、わたくしからの約束を三つほど守れるのであれば、ね」
「約束、ですか?」
女騎士ジェシー・レーマーが目をパチクリさせるのを見ながら、エリージェ・ソードルは頷いてみせる。
「一つは、結婚しようが何をしようが、少なくとも、マヌエルが公爵家を継ぐまではわたくしに仕えること」
女騎士ジェシー・レーマーは真摯な顔で頷いて見せた。
その表情を見ながら、エリージェ・ソードルは続ける。
「次にわたくしの許可無く、その方法を誰かに教えることを禁じるわ。
少しでも漏らしたら、あなただけでなく、漏らした先にも責任をとって貰うことになるわ」
「はい!
絶対に口外しません!」
「……」
エリージェ・ソードルはじっと女騎士ジェシー・レーマーを見つめる。
そして、侍女ミーナ・ウォールを始めとする侍女に向かって言う。
「あなた達、少し外しなさい」
侍女らが部屋を出るのを確認した後、エリージェ・ソードルは再度、女騎士ジェシー・レーマーに視線を向け、声を落としながら言う。
「ジェシー、最後に。
わたくしがもし、国や王家や公爵家に仇なす存在になった時、持てる力の限りにそれを止めなさい。
そして、いざとなったら、わたくしを殺しなさい」
「っ!?」
女騎士ジェシー・レーマーは目を大きく見開いた。
そして、一瞬思案した後に、同じく声を落としつつ訊ねてくる。
「お嬢様、先ほどリーヴスリー伯爵子息ともそのようなことをお話になっていましたが……。
何か、ありましたか?」
それに対して、エリージェ・ソードルはハッキリという。
「あなたであっても言えないわ。
ただ、その恐れがある。
それだけは覚えていて頂戴」
「……畏まりました。
お嬢様が万が一、そんな存在になったら、この命に代えてもお止めします」
最後の約束は勿論、”前回”の悲劇が起因となる。
あの時、女騎士ジェシー・レーマーが側にいたら、ひょっとしたら自分を止めてくれたのではないか?
そんな風に思ったのだ。
さらに、女の身でありながらルマ家騎士レネ・フートに届くほどになった彼女が、エリージェ・ソードルの”それ”を教えることで、自分を確実に止めてくれる存在になるのでは無いか?
そう期待したのである。
エリージェ・ソードルは重々しく頷く。
「良いでしょう。
わたくしの力、それを伝授するわ」
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