幼なじみの来訪3

 公爵家の庭園、その脇に作られている鍛錬場でエリージェ・ソードルと幼なじみオーメスト・リーヴスリーは対峙している。

 エリージェ・ソードルは股下のある乗馬用の服に着替え、幼なじみオーメスト・リーヴスリーは上着を脱ぎ、動きやすい格好になっている。

 エリージェ・ソードルはオロオロする第一王子ルードリッヒ・ハイセルや「お嬢様! 落ち着いて! 相手はリーヴスリー家ですよ」とかなんとか言っている女騎士ジェシー・レーマーを無視しながら、女の持つ細身剣の剣先を幼なじみオーメスト・リーヴスリーに突きつけた。

「オーメ、女でも足を引っかけるぐらい出来るという事を思い知らせてやるわ!」

 エリージェ・ソードルが表情を変えぬ女なりに眉を怒らせながら睨むと、幼なじみオーメスト・リーヴスリーは困ったもんだというように肩をすくめた。

「試合をするのはまあ、構わないけど……。

 そもそもエリー、剣術などやったことあるのか?」

 実際、”今回”のこの女は、武術など何一つやってはいないのだが……。

 エリージェ・ソードルは細身剣を左右に振ってみせる。

 それを見た幼なじみオーメスト・リーヴスリーは少し目を見開いた。

「一応、やってはいるみたいだな。

 まあそれでも、俺には勝てないと思うけどなぁ」

 幼なじみオーメスト・リーヴスリーはにやりと笑いながら、鍛錬用の剣を抜いた。

 子供用のサイズであるが長剣で、陽光に照らされた刃が白く輝く。

 試合でも使える物だ、女のもそうだが魔術で保護されている。

 斬られても、突かれても、よほどのことが無い限り、相手に致命傷を与えることは無い。

 だが、この少年がそれを構えると、その年齢ではあり得ないほどの凄みを相手に感じさせる。


 もっとも、”前回”を体験済みの女は、その程度では動じない。


 少し距離を開けた位置で構える。

 それを見た幼なじみオーメスト・リーヴスリーも、しょうが無いなぁ~という表情を隠しもせず、エリージェ・ソードルの前に立ち、同じく構えて見せた。

 エリージェ・ソードルがチラリと視線を向けると、女騎士ジェシー・レーマーが、困った顔をしながら右手を上げた。

「始め!」の合図に幼なじみオーメスト・リーヴスリーが間合いをつめる。

 速い。

 オーメストが刃を立てた状態で押し倒――そうとするのを、エリージェ・ソードルは細身剣のつばで止めると押し返した。

「なっ!?」

 力で違いを見せようとしただろうオーメストは逆に後ろに一歩分の距離たたらを踏む。

 そこに、細身剣の突き――が流石オーメスト、不確かな姿勢でそれを払おうとする。

 が、それは見せ掛け――女は手首を戻し躱すと剣先をオーメストの胸の前で止める。

「致命の一撃、そこまで!」

 感嘆の声が護衛騎士らから漏れる。

 エリージェ・ソードルが、この余り表情を変えぬ女が、少し得意げに口元を緩ませた。

 そして、ポカンとする幼なじみオーメスト・リーヴスリーに向かって言う。

「どうかしら、オーメ?

 女だって、油断するとこうなるのよ」

「いや……え?」

 幼なじみオーメスト・リーヴスリーは自分が持つ右手と女を交互に見ながら困惑している。


 この女、エリージェ・ソードルは”前回”を体験している。


 ”前回”を十七才まで生きたこの女、剣術も”実戦”も体験済みなのである。


 ”ズル”も加味すれば、十七才の成人を超えた大人が十才の少年を負かすに等しい。


 にもかかわらずこの女、「ふふふ」と有頂天になっている。

 ”前回”、何度試合をしてもてんで相手にならなかった幼なじみオーメスト・リーヴスリーに対しての勝利に陶酔していた。

 ”前回”の自分に対して(かたきは取ったわよ)などとやっている。


 故に気付かない。


 冷静に女騎士ジェシー・レーマーの忠告を聞いてさえいれば、気付きそうな”それ”に気付かない。


 むしろ、立場上、女騎士ジェシー・レーマーより早く気付くべきそれに気付かない。


 故に、無防備にもその場に突っ立っていた。


「エリー!」と突然、幼なじみオーメスト・リーヴスリーに両肩を掴まれた。

「え?」と目を瞬かせる女に対して、幼なじみオーメスト・リーヴスリーは目をキラキラさせながら言った。

「凄いじゃないかエリー!

 だが、次は負けないぞ!」

「え? え?」

 満面の笑みを浮かべた幼なじみオーメスト・リーヴスリーは剣を構えながら、言う。

「さあ、行くぞ!」

「ちょっと!?」

 エリージェ・ソードルは振り下ろされた剣を慌てて受け止めた。


――


 公爵邸玄関口にて、女騎士ジェシー・レーマーが呆れた口調で言った。

「何をやってるんですか、お嬢様……。

 リーヴスリー家は勝っても負けても面倒くさいから、武芸に関しては極力関わりを持ってはいけない。

 それぐらい、御存じでしょうに」

「……返す言葉も無いわ」

と女騎士に支えられているエリージェ・ソードルはプルプル震える膝を必死に押さえながら、顔をしかめた。


 勝ったら、『まだまだぁ~!』と向かってきて、

 負けたら、『こんなものじゃ無いだろう!』と無理矢理立たされて向かってくる。


 そんな、無間むけん地獄のような時間をエリージェ・ソードルは過ごしていた。

 疲労と筋肉痛のために支えられなくては立っていられなくなっても、仕方がなかった。


 最終的には執務を理由に帰らせたのだが……。

「じゃあ、また明日だな!」と笑顔で言われ、流石の女も「二度と来るな!」と細身剣を投げつけたものだ。

 それでも、笑顔で手を振る幼なじみを見ながら、本気で明日も来る気かと背筋を寒くさせたものだ。

「エリー、大丈夫かい?」

 第一王子ルードリッヒ・ハイセルが心配そうに女の表情を覗き込んでくる。

 この王子は何度か止めようとしていたのだが、途中から意地になっていたエリージェ・ソードルや熱中していた幼なじみオーメスト・リーヴスリーはそれを聞き流してしまっていた。

「ああ、殿下、申し訳ございません。

 ほとんどお相手をすることなく、失礼する無礼をお許し下さい」

「良いんだよエリー、僕らは同じオーメストの被害者なのだから……」

 などと第一王子ルードリッヒ・ハイセルが遠い目をするので、王族に対してもこんな事をやっているのかと、女の眉間の皺がさらに深くなる。

武芸狂いあれは本当に、どうにかして欲しいものですわね」

「ルマ侯爵が血を全て引っこ抜かないと無理とか言ってたからなぁ」

「それぐらいやらないと無理なんでしょうね」

「ハハハ……」

 などと言いながら、第一王子ルードリッヒ・ハイセルは従者や護衛騎士を見回した後、右手を挙げた。

「じゃあエリー、僕はこの辺りで失礼するよ」

 それに対して、エリージェ・ソードルは女騎士ジェシー・レーマーに支えられながらも深々と礼をする。

「本当にお構いできず、申し訳ございませんでした」

 侍女長シンディ・モリタを始めとする公爵家の者も深々と頭を下げた。

 そこに、「駄目よ!」と言う声が聞こえた。

 エリージェ・ソードルが視線を向ければ、クリスティーナが侍女の一人に掴まれていた。

 エリージェ・ソードルは表情を柔らかくする。

「あらクリス、あなたも殿下のお見送りをしにきたのね。

 偉いわ」

 クリスティーナは一瞬、ポカンとしたが、すぐに満面の笑みになり「うん!」と頷いた。

 そして、エリージェ・ソードルの手招きに誘われるまま、女の隣まで走り寄って来る。

 エリージェ・ソードルの様子に気付いたのだろう、クリスティーナが心配そうに眉を寄せた。

「エリ~ちゃん、どうしたの?

 大丈夫?」

 それに対して、エリージェ・ソードルは優しく微笑みながら言う。

「ああ、大丈夫よ。

 ちょっと体を動かしすぎて疲れてしまっただけだから」

「そうなんだ……。

 ご本は読んでくれる?」

「な!?」

 第一王子ルードリッヒ・ハイセルは思わず声を漏らした。

 周りの、特に第一王子側の人間が少し困惑するような表情になる。

 一人で立っていられないご令嬢に本を読ませる――身分とか不敬とか以前に、人としてどうなんだ? という思いからだろう。

 だが、エリージェ・ソードルはそんな雰囲気にも気づかず、少し困った顔になる。

「クリス、まずは湯浴みをさせて頂戴。

 それが終わったら、そうね、寝台の上で横になりながらで良ければ、読んであげるわ」

「うん!

 それでいい!」

 そんな二人を指しながら、第一王子ルードリッヒ・ハイセルが侍女長シンディ・モリタと「モリタ夫人、あれで良いの?」「良いのです。お嬢様もいずれ母親に――」などとやりとりをしていたが、エリージェ・ソードルは気づかず、クリスティーナが「今度のご本は平民の女の子と領主様のお話なの」と興奮気味に話し始めるのを「クリス、まずは殿下をお見送りしましょうね」と宥めるのであった。

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