とある子爵のお話3

「くそぉ~!

 あの腕力ばかりの屑やろう!」

 顔を腫らしたウリ・ダレ子爵は、馬上で毒づいた。

 周りにいるウリ・ダレ子爵の仲間たちも傷だらけの状態でとぼとぼと馬を操っている。

 男爵の青年をいたぶっていたあの日から、たった二日しか経っていない早朝、ウリ・ダレ子爵は自領への帰路にいた。

 あの日、娼婦を含む仲間たちをボコボコにした義父によって、詐欺や賭博で得た金品の没収と王都からの追放が言い渡されたのだ。


 もちろん、国から正式に出たものではない。


 この小狡い男はそれぞれにきちんと言い逃れるための抜け道を準備していた。

 自分より下級の貴族や似非貴族相手であれば、問題ない。

 そう確信していた。


 なので追放云々は、一人の騎士が勝手に言っているだけの事だった。


 だが、ウリ・ダレ子爵を含む誰一人反論できなかった。


 当たり前だ。

 義父が団長をする武狂いで有名なリーヴスリー騎士団、その精鋭達に抜刀された状態で凄まれたのだ。

 ウリ・ダレ子爵などは、ガクガクと震えながら、”何か”を漏らしながら、赤黒く腫れた顔を縦に振るしかなかった。


 ウリ・ダレ子爵はこれから子爵領に戻らなくてはならない事を考えて嘆息した。


 あの性格の悪いの事だ。

 嫌みったらしい事を言ってくるかもしれない。

 いや、義憤にかられて折檻をされるかもしれない。

 そうでなくても、寝台の上でまた乗られて……。

 折角、娼婦たちを抱くことで取り戻した、男としての尊厳をまた失うのでは無いか?


 考えるだけで身震いがした。


 そこへ、仲間の一人が声をかけてきた。


「おい、このまま本当に子爵領に行くつもりか?」

 それに対して、ウリ・ダレ子爵は顔をしかめながら答えた。

「ならどこに行けばいいんだ?

 そもそもお前ら、付いてきても子爵領では面倒はみれんぞ」

 仲間の一人が肩をすくめる。

「おいおい、帰る先はまだあるだろう?

 忘れたのか?

 馬鹿男爵からかっぱらった契約書」

「あ!

 そうか!」

 ウリ・ダレ子爵が振り向くと、仲間の一人が羊皮紙を持ち上げニヤリと笑った。

「あの騎士様は分かりやすい金品ばかりに目がいって、これを見逃すんだ。

 馬鹿だな」

「そりゃそうだ、所詮筋肉馬鹿だからな!」

 そして、ケラケラと笑った。


――


 ウリ・ダレ子爵達は男爵領の屋敷に乗り込んでいった。


 この領の当主は度し難いほど馬鹿な男で、王都から戻らず男爵領はほぼ放置状態であった。

 ただ、そこを支えていた者らはそれなりに優秀であったようで、彼らの頑張りによってそれなりのていを保っていた。


 だが、ウリ・ダレ子爵らの登場で荒れに荒れた。


 ウリ・ダレ子爵らはまず、男爵の関係者を全て屋敷から追い出した。

 そして、王都での続きだと屋敷の中でどんちゃん騒ぎを始めた。


 その中で、女の若い使用人は無理矢理慰め者にされた。


 この時、ウリ・ダレ子爵の仲間である騎士は、泣きはらす彼女らの前で抜刀し、「逃げたら家族皆殺す」と脅すのを忘れなかった。

 震え上がった彼女らは、朝昼は使用人としての仕事、夜は夜伽をする生活を余儀なくされた。


 そのうち、屋敷の中では満足できなくなったのか、騎士達は町や村に飛び出すと、見目の良い女を見つけては攫い、屋敷の中に連れ込んでは思う存分犯した。

 生娘だろうが、成人前だろうが、人妻だろうが、まるで狩りをするように捕まえてきては、玩具のように扱い、楽しんだ。


 もちろん、使用人たちと同じように脅すのも忘れていなかった。


 彼女たちは屈辱と男たちの体液にまみれながら、されるままにならざる得なかった。


 だが、領民の中にも義憤をたぎらせる者達が現れた。


 彼らは武器を取り、怒声を上げ始めた。

 自分たちの妻や母や娘たちを取り返すのだと、立ち上がった。

 そんな中で、資金を用意した商人がいた。

 民兵や領兵、傭兵の中からも心ある者は参加した。

 男爵家の分家筋からは、打ち倒した後の保証も取り付けた。


 士気の高い二千もの兵が、男爵邸に詰め寄った。

 対する、ウリ・ダレ子爵の仲間である騎士は六十人程度である。


 彼らは、彼女らは、勝利を疑ってはいなかった。

 いなかった。


 だが、彼らは、彼女らは知らない。


 男爵家の分家はひょっとしたら知っていたかもしれない。

 彼らは不意を付くようにと念を押していたのだ。

 だから、分かっていたのではないだろうか。


 田舎の民兵や領兵と貴族の騎士の越えられない差を。


 なのに、彼らは、彼女らは数に酔ってしまった。

 正義は我に有りと喚きながら、最悪なことに正面から無策のまま押し入ろうとした。


 故に、壊滅した。


 どれだけ落ちこぼれだろうが、どれだけ屑だろうが、ウリ・ダレ子爵とその仲間はフルト学院出身者貴族の騎士である。

 当然のように魔術を使った。


 無防備にも密集した状態で詰め寄る彼らは、彼女らは、炎の玉を投げ込まれ狂乱し、者によっては腰を抜かした。

 そこに、ケラケラ笑う騎士らは遠慮なく魔術をぶつけた。

 死者は三百にものぼり、負傷者は千を越えた。

 にもかかわらず、彼らは結局、一人として打ち倒すことなく、壊走していった。


 ウリ・ダレ子爵の仲間である騎士はますますやりたい放題になっていった。


 件の反乱の首謀者だとでっち上げ、商人を殺し、その娘や妻を犯し、金品を奪った。


 領から逃げ出そうとする領民の身ぐるみと若い女を奪い、魔獣の出る森に追い出した。


 全く関係ない家族が夕食を取っている家に火を付け、何人生き残るかの賭をした。


 それを領民たちは震えながら黙ってみているしかなかった。

 せめて目に付かないようにと、女たちは髪を切り、男装するしかなかった。


 ちなみにだが、貴族が平民をどれだけいたぶっても罰せられることはない――というのは厳密には正しくない。

 例えば、使用人を犯しても、ほとんど問題にされることはない。

 ハラませたとしても同じだ。

 貴族が平民を雇用する場合、その時点でその平民は貴族の”物”になるのだ。

 なので、逆に使用人が貴族の預かり知らない所で罪を犯せば、貴族は罰せられる。

 仮に、形骸化されているとはいっても、法を正しく解釈するのであれば、その通りなのである。


 だが、例えばなぶり殺しにしたのであれば話は別だ。


 そういった場合、”知られれば”罰せられる。


 当然だ。


 建前上であっても、平民の生命はある程度保護されているのだ。

 特に、下位貴族であれば、嬉々として見せしめにされる。

 また、使用人以外の――例えば領民を犯すことも禁止されている。

 仮に自領であっても、民はあくまで国王のものなのだ。

 それを勝手に出来るのは、原則上、王族のみである。

 そこを、仮に自分より上位貴族に突っつかれたら、言い逃れなど出来ない。


 だから、小狡い男、ウリ・ダレ子爵は自ら手を出さない。


 ウリ・ダレ子爵は子爵の私設騎士だと思いこんでいる”知人”が、自分とは縁もゆかりもない男爵領他領を荒らし回り奪い取った金品を受け取り、あてがわれた女を”側近の仲間”と楽しむ、ただそれだけだ。


 後ろ盾がいると”思いこんで”、好きかってする彼らを見ながら、ウリ・ダレ子爵という男、安全圏からニヤニヤ笑い、旨みのみを享受するのだ。


 だが、そんな生活も少々飽きがきていた。


 特に女についてだ。


 ウリ・ダレ子爵が抱く女は、そのほとんどは脅され、ほとんど諦めきっていた。

 顔をしかめながらも抵抗せず、ただされるままになっていた。

 それはそれで良いのだが、騎士達の武勇伝を聞くうちに、自分も嫌がる女を乱暴に犯したい――そう思うようになっていった。


 だが、小狡い男、ウリ・ダレ子爵としては自身が裁かれるような隙を作りたくない。


(名分が欲しいな)と思った。


 ある日のことだ。

 とある小さな村で年貢の納める率を下げて欲しいと騒動を起こしていると聞きつけた。

 普段であれば――仲間の騎士が焼き払って終わりぐらいの些末な話であった。

 だが、ウリ・ダレ子爵は退屈をしていたこともあり、それについて行った。


 村についてはあっさり制圧された。


 仲間の騎士も、自分らの食い扶持の大本と理解しているのか、”一応”手加減をしていて、何人かの反抗的な男をボコボコにするに止めていた。

 更に、それでも食らい付く老齢の村長を広場の中央で全裸にすると、拷問まがいの暴行を働いた。

 すっかり見慣れた光景だったこともあり、ウリ・ダレ子爵は退屈そうに集められた村民を眺めていた。


 すると、一人の女が目に付いた。


 真っ赤な髪の女だった。

 真っ赤で長い髪を後ろに縛り、気の強そうな目でウリ・ダレ子爵らを警戒するように見ていた。

 その後ろには子供達が固まっていて、どうやらそれらを守っている様だった。

「あの女……」

 脳裏に浮かんだのは、憎き妻レギーナ・ダレだ。


 一瞬、血の気を失い――そして、どす黒いものが湧き上がった。


 そして、ある事を思い付く。


 ウリ・ダレ子爵は加虐的に歪んだ顔でニヒっと笑うと、仲間の騎士らに言った。

「おい、この村の責任者はそんな爺じゃねぇ」

「は?」

 突然言われて、ぽかんとする仲間の騎士をそのままにウリ・ダレ子爵は赤毛の女の元まで歩く。

 そして、顔を強張らせ、子供らを庇おうとする女の胸ぐらを掴むと、広場の中央まで引きずっていく。

 仲間の騎士は理解が追い付いたのか、「なるほど」とニヤつくと、失神寸前の村長を乱暴に退かし、場所を空けた。

 途中、「妻は関係ないだろう!」と言ってきた男が現れたが、仲間の騎士達に殴られた。


 ウリ・ダレ子爵が乱暴に押すと、躓いたのか、それとも恐怖のため力が入らないのか、赤毛の女はへにゃりと腰を落とした。

 だが、キツめの印象を与えるその目はウリ・ダレ子爵を強く見上げている。

 ウリ・ダレ子爵はゾクゾクと心と下半身が沸き立つのを感じずにはいられなかった。


 農婦の、その貧相な上着を両手で掴むと力一杯引き裂いた。


「っ!?」

 赤毛の女は両腕で必死で前を隠そうとする。

 思ったより白い肌、そして、腕では被いきれない大きく丸みの帯びたものが眼前に現れ、ウリ・ダレ子爵の口がさらに歪む。

 そして、赤い髪を鷲掴みにすると、辺りに向かって叫んだ。

「これから、首謀者であるこの女を鞭打ちの刑にする!」

 村民が動揺する声が聞こえ、所々で「彼女は関係ないだろう!」というような声が上がった。


 だが、仲間の騎士がその一人を殴ると、それも収まる。


 赤毛の女は仲間の騎士達によって上半身を被うものを全て剥ぎ取られ跪かされる。

 そして、両腕を前で縛られると、地に伏せるように倒される。


 拷問用の鞭を持つウリ・ダレ子爵は、それを見下ろすように立った。


 赤い髪は右肩から流され、白く弧をかく背中が妙に艶かしくて――その上に、鞭を振り下ろした。

「ひぎっ!」

と赤い髪の女は漏らす。

 その少しかすれた声が、何処と無く男装姿の妻レギーナ・ダレに被り、ウリ・ダレ子爵は更に力を込めて振り下ろした。


 更に、更に。


 白かった背中が赤黒くなり、場所によっては裂けて赤いものが流れた。

 ウリ・ダレ子爵はそれが愉快で、それが心躍って、何度も何度もぶつけた。

 余りの惨劇に、周りから悲鳴が上がるもウリ・ダレ子爵は構わず、叩き付けた。

 そして、真っ赤な髪を掴むと引き上げた。

 首がガクっと反れる。

「どうだぁぁぁ!」

 気付くと、ウリ・ダレ子爵は吼えていた。

「女のくせにぃぃぃ!

 たかだか女のくせにぃぃぃ!

 ふざけた態度を取るからこうなるのだ!

 こうなるのだぁぁぁ!」

 ウリ・ダレ子爵はしばらく荒い息のまま、痛みのためか細かく震える赤い髪の女を見下ろしていたが、掴んでいた髪を離した。

 何本もの抜け毛がウリ・ダレ子爵の指に絡まっていたので、それを掃っていると、苦しげに呻き転がっていた赤毛の女が視線だけでこちらを見上げてきた。

 唇を嚙み切ったのか、その端から赤いものが流れていた。

 土の地面に転がされたため、頬には泥がへばり付いていた。

 だが、その眼光は鋭く、強い恨みが込められていた。

「こんな……。

 理不尽が……許されて、たまるものか……」

「うぉぉぉ!」

 ウリ・ダレ子爵は我を忘れてまた吼えた。

 そして、赤い髪の女の腕を掴むと、引きずりだした。

 仲間の騎士を含む周りがポカンとするのもお構いなしにそのまま近くの小屋に押し入った。


 そして、悲鳴を上げる赤い髪の女を犯した。


 がむしゃらに犯した。


(そうだ、これだ!

 これなんだよ!)


 どれだけ金を集めても、どれだけ見目の良い娼婦を抱いても、自分とは違う真面目な領主をいたぶっても……。

 物足りなかったもの。

「これだぁぁぁ!

 俺はこれが欲しかったんだぁぁぁ!」


 ウリ・ダレ子爵は赤い髪の女に自分の男の象徴を刺した。

 刺し続けた。

 途中、何度も出たが、構いやしなかった。

 無我夢中になって出し続けた。

 女の血と泥で自分の服が汚れても、女が既に悲鳴すら上げなくなっても、女の口から吐瀉物が漏れていても……。


 犯した。


 最後には仲間の騎士に強く揺さ振られて我に返るまで、腰を振り続けた。



 あの素晴らしい出合いをしてから、ウリ・ダレ子爵は熱心に村を視察をし始めた。

 そして、無理難題を言っては、”女の責任者”を見つけ出し、罰を与えた。


 時に、”それらしい”女がいない場合もある。


 その場合は、あの日以来連れ歩いている赤い髪の女に責任を取らせた。

 いかにも村の女といった感じだった赤い髪の女は、化粧を施され、すっかり男装令嬢といった外見になっていた。

 だが、その瞳は絶望に染まり、何度も繰り返される”罰”のためか足取りもふらついていた。

 だが、ウリ・ダレ子爵は構わず、乱暴に赤い髪の女の上半身を被う布を剥ぎ取っていく。

 そして、赤い髪の女はいつものように手首を縛られると、うつ伏せに倒された。

「ヒヒヒ」

 あれから、赤い髪の女に幾度となく”罰”を与え、犯してきたウリ・ダレ子爵だったが、晒された背中を見る度に心が躍るのは変わらなかった。


 繰り返される鞭打ちのため、赤い髪の女の白く艶かしくもあった背中は黒ずみ、打たれた後が膨れ上がりミミズのような後が残っている。


 ウリ・ダレ子爵にとってそれは、自身が男に戻れた証のように見えた。


(だがまだだ、妻レギーナこいつにされたのはこんなものでは帳消しにならない)


 ウリ・ダレ子爵は赤い髪の女を見下ろす。

「もう……許して……ください」

という心地良い声を聞きながら、鞭の持ち棒を強く握った。

 今回の鞭は特別製で、先端に小さな刺が幾つも付いていて、叩くと同時に肌を引っ搔くようになっていた。

 しかも、女が傷つきすぎて死なないような、それでいて、最大限痛みを感じられるような絶妙な細工がされていた。

(ああ……。

 これで叩いたら、この女はどんな風に泣くのだろうか?

 ひぎぃ~ひぎぃ~か?

 それとも、痛いよぉ~痛いよぉ~とかガキみたいに泣きわめくかもしれないな。

 楽しみだ。

 本当に楽しみだ)

 ウリ・ダレ子爵はすっかり酔っていた。

 いつもの、罰だのなんだのという”定型文”すら唱えるのを忘れて、鞭で痛め付けることに――その後犯すことに、酔っていた。

 そして、酔ったまま鞭を振り上げた。

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