第九章

新たな布陣1

 王都へ向かうこととなった当日、エリージェ・ソードルは玄関に向かい歩いていた。


 その後ろには付き人として侍女ミーナ・ウォールと数人の侍女、護衛として女騎士ジェシー・レーマーと新しい騎士であるギド・ザクス、そして、緊張した面もちの女の従者となった従者ザンドラ・フクリュウが付き従っている。

 オールマ王国の貴族の間では、家名無しの平民が従者など時には表に出ることとなる役職として雇われる時、主が家名を命名するのが習わしとされていた。


 その事もあり、女の従者となったザンドラにもフクリュウという名が与えられた。


 普段であれば使用人の家名などどうだっていいと、適当な人間に考えさせてそれを贈るだろうこの女が――珍しく気を利かせ、ザンドラの父親が名乗っていた異名を聞き出し、付けた。


 完全に良かれと思った行動である。


 だが、表向き感動しながらその名を受けたザンドラだったが――その異名の意味を正しく理解している彼女としては、それをこれから家名とするのは、少々複雑に思ってしまうのも致し方のない事であった。

 だが、そんな気持ちを持たれているとは知らないエリージェ・ソードルは、良いことをしたと、この女にしては機嫌良さげに歩いていた。

 そして、騎士ギド・ザクスに話しかける。

「どうかしら? ギド。

 護衛騎士は勤まりそう?」

 それに対して、ゴツく傷だらけの顔を困ったように歪ませながら、騎士ギド・ザクスは答える。

「いやぁ~お嬢様。

 やはり、なんと言いますかぁ~

 あっし――いや、わたしなんかより別の奴を護衛騎士にした方が良い気がするんですがねぇ~」

 騎士ギド・ザクスは晴天の隼団の出身で、今回、ザーロモンと共に公爵家に仕官した男である。

 年は四十を過ぎたぐらいの平民で、その事もあり言葉遣いは雑だった。

 巨躯な上、いかにも荒くれの傭兵といった顔つきで、任命した時も、『隊長ならともかく貴族のお嬢様の護衛などとても出来やせん!』と必死に翻意ほんいを促してきた。

 ただ、エリージェ・ソードルは一目見て気に入り、元傭兵団団長であるザーロモンに人となりを確認した後、彼を自分の騎士としたのだった。

「礼儀作法や立ち振る舞いに関しては、直ぐには求めないわ。

 おいおい覚えてくれればいいのよ」

「いや、それもあるんですがねぇ~

 キラキラしたお嬢様のそばに、この顔は不釣り合いと言いますか……。

 ザーロモン団長の方が合ってると言うか……」

「ああ」と言いながら、エリージェ・ソードルは扇子を女騎士ジェシー・レーマーに向けて答える。

「容姿の整った騎士はジェシーで間に合ってるから不要よ」

「え!?

 あの……」と女騎士ジェシー・レーマーが突然褒められ恥ずかしそうにするも、エリージェ・ソードルは気にせず、話を続ける。

「ギド、あなたにはその威圧感のある顔を生かして欲しいのよ」

「この顔を、ですかい?」

「容姿の整った騎士って、余り怖がられないのよ」

「あぁ~」

 エリージェ・ソードルは元ホルンバハ商会長邸で中年の女に気安く話しかけられたことにより、少し、危機感を抱いたのであった。

 この女にしても、無為に威圧的になろうとは思わないが、それでも、平民に簡単に話しかけられる状態は自衛という意味でも良いとは言えなかった。


 多少遠巻きにされるぐらいが、良いのだ。


 そう考えると女騎士ジェシー・レーマーにしても、ルマ家騎士レネ・フートにしても美しいと言っても良い騎士だった。

 その場にいなかったが、騎士リョウ・モリタにしても、見目が良い。

 なので、騎士ギド・ザクスを登用したのだ。

「ギド、あなたは”変なの”がそばに寄ってこないように睨みを利かせて頂戴。

 その顔なら、怖がって近寄ってこれないでしょうから」

 騎士ギド・ザクスはガハハと笑った。

「そういうのであれば、得意分野ですわ。

 お任せください!」

「頼りにしているわ」

 そこまで言うと、エリージェ・ソードルは観察するように見上げる。

「しかしあなた、本当に厳つい顔をしてるわね。

 ウルフといい勝負だわ」

 騎士ギド・ザクスが目を大きく見開いて訊ねてくる。

「ウルフって、ルマ家騎士団長ウルフ・クリンスマンですかい!?」

「あら、知ってるの?」

「当たり前だぁ~じゃなく、当然です!

 最強と名高いルマ家騎士団、その中の頂点に君臨する騎士であり、現王国最強だという噂もある方ですぜ!」

「あら?

 最強はリヴスリーのお爺様じゃないの?」

「いや、確かに大将軍も最強の一角、ですが年齢的に――。

 ……お嬢様、ひょっとしてお二人とお知り合いで?」

 探るように訊ねてくる騎士ギド・ザクスにエリージェ・ソードルはあっさり言った。

「ウルフは母方の祖父の騎士団長で、幼い頃は遊んで貰ったわ。

 リヴスリーのお爺様はわたくしの後見人の一人よ」

 騎士ギド・ザクスは顔を右手で覆った。

「すげぇ~ですなぁ。

 あらためて、これから仕える方の凄まじさを実感してますぜ!」

 そんなやりとりをしていると、玄関が見えてきた。

 そこには、ルマ家騎士レネ・フートを初めとする他のルマ家騎士が並んでいた。

 エリージェ・ソードルに気づいたのだろう、ルマ家騎士レネ・フート達は敬礼を行う。

 エリージェ・ソードルはそばまで行くと、騎士ギド・ザクスを紹介した。

 ルマ家騎士レネ・フートの名に、騎士ギド・ザクスはまたしても目を大きく見開く。

「ひょっとして、あんたは――いや、あなたは兜割のレネ様ですか!?」

 その問いに、ルマ家騎士レネ・フートが少し困ったような、嬉しそうな顔で微笑む。

「随分、懐かしい呼び名だな。

 今となっては恥ずかしさすらある」

 近くにいるルマ家騎士達も知っている話なのか、幾人かは尊敬のまなざしをルマ家騎士レネ・フートに向けている。

 エリージェ・ソードルが不思議そうな顔で訊ねる。

「ねえレネ、その兜割ってなんなの?」

「いやぁ、お嬢様。

 若い頃に無茶をしたってだけの話ですよ」

と鼻の頭を掻くルマ家騎士レネ・フートの代わりに、騎士ギド・ザクスが話し始める。

「レネ様が昔、ガラゴの重装騎士の頭を”あの”兜ごとかち割ったって武勇伝ですわ。

 しかも、魔力を帯びていない”普通の”剣でってんで、あっしら傭兵の間でも盛り上がったものですぜ!」

「まあ、魔力は帯びてないが、”普通の”剣とは言い難いものだがな」

「ほう?」

「長さ五尺ほどの大剣だ」

「五尺!

 そいつはスゲェ……」

 五尺といえば、例えば、侍女ミーナ・ウォールの身長より僅かに小さいぐらいの長さだ。

 女騎士ジェシー・レーマーが口を挟む。

「見せて貰ったことあるけど、長い上に分厚い化け物みたいな大剣よ。

 しかも、重量軽減の魔術すら施されていないとか――あんなもの実戦に使うなんて、完全に頭おかしいですよ」

 後半部分はルマ家騎士レネ・フートを見ながらの発言で、それに対して、”頭おかしい”扱いをされた当人はハハハと快活に笑った。

「若かったからなぁ、今のジェシーぐらいか。

 この年になると、流石にやろうとは思わないな」

 そこで、少し考え込んでいたエリージェ・ソードルが声をかけた。

「ねえレネ、兜ごとかち割ったって、何でそんなことをやったの?」

「え?」突然の問いに、ルマ家騎士レネ・フートが珍しく固まる。

 そんな様子などに構わず、女は続ける。

「それよりも兜と鎧の隙間とか、そういう所を突くのが上策じゃなかったかしら?

 そんな堅い物を剣で叩いたら刃こぼれするし、折角の戦利品も使い物にならないじゃない」


 効率で言えば――全くの正論であった。


 なので、三人も、その近くにいた騎士達も、何とも言えない困った顔をする。

 騎士ギド・ザクスが「え~と」と言いにくそうに言葉を紡ぐ。

「まあ、戦い方で言えば、お嬢様のおっしゃる方が良いんですがねぇ。

 ただ、戦場ではなんと言いますか、そういう威勢の良い戦い方の方が好まれる場合もあるわけでぇ」

「でも、そんなやり方をして剣が使い物にならなくなったら、次の敵と戦う時、どうするの?」

「うっ!」

 これまた、正論に騎士ギド・ザクスも言葉を失う。


 重装騎士の頭を兜ごとかち割る。


 常人では到底成し得ない――騎士にとっては快挙と言っていい”それ”ではあったが、効率を高きに置くエリージェ・ソードルには到底理解できなかった。


 そこに、ルマ家騎士レネ・フートが取りなすように割り込む。

「お嬢様、先ほども言いましたが、わたしが若造の時のお話です。

 今は勿論、そんな戦い方はしません!」

「そう?

 なら良いのだけど……」

と言いつつ、エリージェ・ソードルは女騎士ジェシー・レーマーを見上げた。

「ジェシー、あなたはそんな戦い方をしちゃ駄目よ」

「あ、はい……。

 まあ、到底真似はできませんが……」

 何とも言えない微妙な空気の中にブルクの公爵邸の執事、ピエール・クラインが平然と入ってきた。

 そして、エリージェ・ソードルの前に立つと、白髪の彼は好好爺とした笑みを浮かべて一礼をする。

「お嬢様、準備が整いました」

「ありがとう、ピエール。

 あなたはどうかしら、ここでの仕事は慣れてきたかしら?」

「はい、過分のご配慮を頂いておりますので。

 このピエール、十二分に働かせて頂いております」

「そう?

 それなら良いわ」

 執事ピエール・クラインは柔らかに微笑む。

 彼は老執事ジン・モリタよりも年長で、元々はソードル家の陪臣、リヒケル家に仕えていた。

 リヒケル家の当主が代わったことで、老齢な彼も半ば追い出される形で世代交代をさせられる事となった。

 ”前回”、人手不足の折りに、エリージェ・ソードルは彼を雇い入れたのだが、思いの外優秀だったので、”今回”も彼を執事として登用することとした。

「それにしても、リヒケル家は馬鹿なのかしら?

 あなたほどの人材を手放すなんて」

「恐れ多いことです」

 などと言いながら、執事ピエール・クラインは困ったように白い眉を寄せる。

 リヒケル家は”前回”、お家騒動のごたごたで、女が十五歳の頃には取り潰しとなっている。

 リヒケル家はモリタ家に次ぐ陪臣の一つである。

 問題が大きくなる前に(”あれ”らを一掃しようかしら?)と思った。


――


 玄関から出ると、公爵家の騎士がずらりと整列していた。

 その中には”前回”、この女を迎えに出ていて、反乱時に公爵領にいることが”出来なかった”男たちが混じっていた。

 その後、共に公爵領を必死に守った馴染みの深い者達だったが、現在はほとんど交流がなかった幼い主にどうやって接したらよいのか分からない様子だった。

 ただ、エリージェ・ソードルにとっては、腕も忠誠心も信用に足る者達なので、”今回”も連れて行くことにした。

 ルマ家騎士レネ・フートが訊ねてくる。

「帰るだけなら、彼らを引き連れていく必要はないのでは?

 それとも、片手間にどこかを攻め滅ぼすおつもりとか?」

「流石にこれだけでは、隣国は取れないわよ?」

「砦ぐらいだったら、やれなくはないですがねぇ」

 付いてきてくれたルマ家騎士五十名にソードル家護衛騎士十名に加えて、今回はソードル家百名が護衛につく。

 百六十名の騎士で砦を落とすのは――普通で考えたら流石に厳しい。

 ただ、ルマ家騎士レネ・フートの目には気負いもなければ冗談のたぐいの色も見えない。

 エリージェ・ソードルは少し呆れつつも閉じた扇子を振った。

「やらないわよ。

 ルマ家がいるからって、ソードル家騎士が何もせずにお任せ、ってわけにはいかないでしょう?

 それに……」

「それに?」

 ルマ家騎士レネ・フートの合いの手に、エリージェ・ソードルは答える。

「少し寄る所があるから……。

 そうね、ある意味、侵略する事となるのかしら?」

「おやおや、剣呑ですね」

とルマ家騎士レネ・フートは楽しそうに笑った。

 エリージェ・ソードルはそれに一瞥した後、視線を前に戻す。

 そこに、隊長格の男が片膝を突き頭を垂れる。

「我らの準備は整っております。

 出発されますか?」

「ありがとう団長、配置について頂戴」

「!?

 ……お嬢様、恐れながら自分は団長ではなく、一番隊隊長です」

「ああ、そうだったわね。

 ごめんなさい、ミロスラフ」

と、騎士隊長ミロスラフ・クローゼに詫びる。

 彼は”前回”、騎士団長フランク・ハマン亡き後、その役を引き継いでいた。

 なので、女にとってソードル騎士団団長はミロスラフ・クローゼの時しか知らないのである。

 騎士隊長ミロスラフ・クローゼは、まだ青年と言って良い顔を恥ずかしそうにさせながら「分かっていただければ良いのです」と頬を掻いた。

 そして、「それでは、失礼します」と一礼した後、立ち上がり指示に向かっていった。

 それを見送りながら、ルマ家騎士レネ・フートがポソリと言う。

「リョウといい、ソードル家騎士も捨てたもんじゃありませんね」

 エリージェ・ソードルは微かにではあるが、得意げに目を細める。

「そうでしょう。

 ミロスラフはウルフも誉めていたのよ」

「ほう?

 団長殿が」

「次世代の騎士団団長候補には困らないから助かるわ」

 などと言いながら、エリージェ・ソードルは先に進む。

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