とある平民達のお話6

「……普通に拉致だな」

「……はい」

 青年マルコの呟きに、少女ミラは苦笑する。

「でも……。

 あのまま行っていたら、酷い所に嫁に出されていましたので、ほんのちょっとですが、そのう……。

 希望が持てると言いますか……。

 持ちたいと言いますか……」

 少女ミラが続けた言葉は小さくか細くなっていく。

 それに対して、娘ザンドラが顔をしかめる。

「わたしが言うのもなんだけど、フリックあの人の所に行くなら、どこへ行くにしてもマシよ。

 金にモノを言わせてやりたい放題のクズだから」

「そ、そうですか……」

 少女ミラは首を竦めた。

 それに、老人ヨナスも続ける。

「まあ、安心せい。

 フリックとやらはよく知らんが、わしの予想が正しければ、お前さんらは確実に守って貰えるじゃろう」

 老人ヨナスの言に、青年マルコが訊ねる。

「なんだ、じいさん。

 何か分かったのか?」

 娘ザンドラと少女ミラも視線を老人ヨナスに向けた。

 それに対して、老人ヨナスは苦笑する。

 自分が護送車に突っ込まれた時は顔を出さなかったご令嬢について、老人ヨナスは様々な噂を耳にしていた。


 曰く、効率を重視したエリージェ式の立案。


 曰く、働かない父親を働くように仕向けず、あっさり病気療養という名の引退に追い込む。


 曰く、謀反の疑いがある騎士を、聴取も無しにボコボコにしたあげく、牢屋に押し込む。


 曰く、曰く、曰く……。


 それがたった十歳のご令嬢がした事と聞き、老人ヨナスは良い時期に役職を辞し隠居出来たと安堵していた。


 老人ヨナスとて効率の重要性は理解していた。


 ただ、それに偏りすぎる事への不安も持っていた。

 例えば、指示者に課せられた”指示書”についてだ。

 確かに、指示者が書けば間違いは少なくなるだろう。

 言い間違いなどの問題も、起きないだろう。


 だが、双方がそれに頼りきりになった場合、どうだろうか?


 指示者は指示書に書いてある通りにすれば問題無いからと、”何故”それが必要なのかの理解を指示する相手にさせなくなるのではないか?

 逆に、受け取る側も、”何故”それが必要なのかも理解せず、書いてある通りにするだけで面倒事も責任もないと考えるのを放棄する愚物に成り下がるのではないか?

 老人ヨナスは効率をおもんばかる余り、人と人、上役と部下、それらの相互理解が無くなるのではないか?


 そう、懸念していた。


 だが、恐らく効率という御旗の元、それは理解されず淘汰されるだろう。

 もし、もう少し若ければ多少は何かしらを行おうという気も起きたかもしれない。

 だが、たかだか平民の爺の話など一笑に付されるだろう。

 だから、引退できることを喜んでいたのだが……。

「まあ、なんじゃ……。

 わしの予想が正しければ、わしらは公爵家に雇われることになるだろうて」

「はぁ?

 何でそうなる?」

 青年ヨナスは訝しげに眉をひそめた。

 他の二人も困惑した顔で顔を見合わせた。


 公爵家ほどの大貴族に仕えるのであれば、それ相応の”格”が必要となる。


 大商人の子息子女ならともかく、いかにも平民の自分が――しかも護送車に詰め込まれた自分が、そうなる理由が分からないのだろう。

 そんな三人のことなど頓着せず、老人ヨナスは一つ、ため息をついた。

「何にしても、散々こき使われるんじゃろうなぁ」


――


 公爵邸に連れてこられた四人は、一室の中央に並べられた椅子に座らされていた。

 その中には、鍋などの場違いな物を抱えている者もいたが頓着せず、彼らの前に立つ者がいた。


 エリージェ・ソードルである。


 色々と予定外のことが起きてしまい、多少、遅くなってしまったが、この女、取りあえず四人揃ったことに満足することとしていた。

「では改めて自己紹介をするわね。

 わたくしはエリージェ・ソードル。

 現在は公爵代行をしてるわ」

 改めても何も、四人に自己紹介などしていないのだが、この女は気づいていない。

 だが、顔をひきつらせる四人もそれを指摘できない。


 なので、話はそのまま進む。


「現在、公爵家は人手が足りていないの。

 なので、あなた達には公爵家に仕えてもらう事になったわ」

 この女、”仕えてもらう”と言いながら、四人の意志を一切聞かない。

 そんな様子に、四人の顔は不安と諦めがごちゃ混ぜになったものとなる。

 だが、これにも異論を挟めない。


 当たり前である。


 大貴族であるエリージェ・ソードルは四人が断るなど欠片も考えてないし、四人も大貴族の言葉を否定できるとは思えない。


 やはり、話だけがさっさと進んでいく。


「賃金について。

 後ほど説明をさせるけれど、正直、大した額ではないわ。

 ただ、それはあなた達の能力をまだ、十全に見せて貰えてないからだと理解して頂戴。

 それさえ見せて貰えれば、それなりのものを用意すると約束するわ。

 今から、政務官にその辺りも含めて説明をさせるから、良く聞くように。

 また、後ほど個別に面談も行うので、家族との生活環境等の要望があったら、その時にでも聞かせて頂戴」

 そこまで言うと、視線を部屋の隅に待機している政務官の男に向ける。

 そして、「よろしくね」と場所を譲った。

 政務官の男は女に頭を下げると、入れ替わるように四人の前に立ち、話を始めた。


 そんな様子を部屋の隅で眺めていると、隣にいた女騎士ジェシー・レーマーが姿勢を低くし、声を落としながら報告する。


「お嬢様、ミーナが何やら用事があるようで、廊下で待ってます」

「そう?

 分かったわ」

 エリージェ・ソードルが戸まで歩くと、早足で抜かした女騎士ジェシー・レーマーがそれを開ける。


 扉のすぐ側に、侍女ミーナ・ウォールが立っていた。


 何やら、長細い入れ物を持っているのだが、それには重量があるらしく、少しつらそうな表情をしていて、女の姿を見ると、ほっとしたものに変わった。

「お嬢様、実は例の扇子が届いたのですが……。

 何か間違ったものが届いたらしく、送り返そうと思うのですが、念のために確認して頂こうとお持ちしました」

「間違ったもの?」

 エリージェ・ソードルが小首をひねると、侍女ミーナ・ウォールは苦笑しながら答える。

「はい、扇子とはおよそ思えない重量の”何か”が届いたようで……」

「ああ、そういうこと。

 ジェシー、念のために改めて貰えるかしら?」

「はい」

と女騎士ジェシー・レーマーは侍女ミーナ・ウォールからそれを受け取る。

「確かに重いですね。

 北西に住む異民族が使う、重量で殴り倒す短刀ぐらいでしょうか」

 などと言いながら、女騎士ジェシー・レーマーは革張りの黒い入れ物の留め具を外し、開ける。


 そして、中のものを取り出した。


「扇子ではありますね。

 鋼……で出来ているのでしょうか?

 美しいですが、ご令嬢が持つには重すぎますね」

 女騎士ジェシー・レーマーはそれを開いてみせた。

 その扇子は黒地に銀色の縁のみの装飾で、ややもすれば地味な印象を受けがちだが、精巧で上品な一品だった。

 エリージェ・ソードルはそれを確認すると、一つ頷く。


 そして、手を伸ばした。


 女騎士ジェシー・レーマーはそれに焦る。

「あっ! お嬢様!

 見た目はともかく、すごく重いので――」

 だが、エリージェ・ソードルは気にする風でもなく、扇子を掴むと女騎士ジェシー・レーマーから引き寄せる。

 恐る恐る手放す女騎士ジェシー・レーマーなど気にする素振りも見せず、それを片手で持った。

 そして、扇子を閉じると、目を見開く二人の前で軽く振って見せた。


 空気を裂く音が鈍く響く。

 一度、二度、三度……。


 そして、エリージェ・ソードルは扇子を眺めながら呟くように言った。

「そうね……。

 ”まだまだ”、重く感じるわね。

 でもまあ、今はこんなものでしょう」

 女騎士ジェシー・レーマーは驚愕のまま訊ねる。

「お、お嬢様?

 お嬢様のその細腕で――」

 だが、そこに割り込むように、騎士が近づいてくるのが見えた。


 騎士リョウ・モリタだった。


 騎士リョウ・モリタは恭しく頭を下げると、エリージェ・ソードルに言った。

「失礼します、お嬢様。

 少し、よろしいでしょうか?」

「何かしら?」

「騎士団も落ち着きを取り戻して来たので、そろそろ、お嬢様の護衛に戻りたいと思うのですがよろしいでしょうか?」

 騎士団の現在は、騎士団長フランク・ハマンが責任を取り、一ヶ月の謹慎処分となっていた。

 その代わりに、副団長が団長代行となっている。

「……」

 エリージェ・ソードルは扇子の先を顎に当て、少し考えた。

 そして、答える。

「リョウ、申し訳ないけどもう少し騎士団にいて頂戴」

「お嬢様?」

 驚き見返す騎士リョウ・モリタに対して、話を続ける。

「護衛についてはレネがいてくれるし、それよりも、騎士団にあなたがいてくれる方が安心よ」


 騎士リョウ・モリタは困惑した。


 当たり前だ。

 そもそも、騎士団からすでに除隊した身である。

 最初の内であれば、エリージェ・ソードルと騎士団の渡し役としては意味があっただろうが、落ち着いた今、すでに余所者になった――しかも若造の自分が団にいたとして、特にすることなど無かったからだ。

 ただ、女に「よろしくね」と言われてしまえば否と言うわけにもいかず、了解の意を示すと共に頭を下げるしかなかった。

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