第178話 様々な想い

「ややっ、青木君。一人かな?」


「今はな。クラスで写真撮ってたし。……そう言う綾瀬こそ一人?」


「うんー。同じくクラスで写真撮ってたからさ」


 適当に同級生と写真を撮ったり、高校最後に話でもしたりしようかと思っているところに綾瀬がやってくる。


 一時期はメッセージのやり取りも多く、ことあるごとに話をしていた気がする。

 二人でも遊びに行ったし、なんなら綾瀬から告白までされている。

 そんな綾瀬とも、俺が花音と付き合いだしてからは話すことも少なくなり、最近になって少し話すことのある間柄で落ち着いていた。


「卒業前に一枚くらい撮っとく?」


「……だな」


 最後の機会……というわけでもないが、俺は綾瀬と一枚だけ写真を撮った。

 記念に残り、思い出にも残るたった一枚の写真だ。


「碧先輩ー!」


 遠くから綾瀬の名前を呼ぶ人がいる。

 どうやら後輩なのだろう、綾瀬は「はいはい、ちょっと待ってて―」と軽く声をかけると、俺に向き直った。


「呼ばれたから行くね」


「ああ、またな」


 俺が『また』と言うと、急に何かがこみ上げてきたように綾瀬の目が潤んでいた。


「えっ、どうした?」


「また……会ってくれるのかなって」


「ああー……、会いたいとは思うよ。もちろん社交辞令とかじゃなく。また時間が合えば、花音と三人で出かけるのもいいかも。ほら、前に約束もしてたし」


「そうだねっ! 楽しみにしている」


 綾瀬の目に溜まっていた涙が弾け飛ぶ。

 冷えた空気で凍りそうな涙はきらめめいていた。


「青木君、卒業おめでとうっ!」


「綾瀬も卒業おめでとう」


「またね!」


「ああ、また」


 綾瀬は後輩の元に走っていった。

 その勢いのまま後輩に飛びついているのを見て、俺は小さく笑う。


 そんな時、突然後ろから声をかけられた。


「……あの」


「……えっと、君は?」


「一年の平河涼香と言います」


 もし俺の記憶違いでなければ、この子と会話をしたことはない。

 ちょっとした会話をしたことすらない気がする。

 失礼も承知で俺は平河さんに尋ねた。


「ごめん、記憶違いだったら申し訳ないけど、今まで話したことなかったと思うんだ。何かあったっけ?」


「いえ、私が一方的に先輩のことを知っていただけです」


 そうなると増々わからない。

 頭を悩ませていると、俺が尋ねる前に彼女は答える。


「実はクラスマッチでお見掛けして、ずっと気になっていました。……いや、一目惚れしました。先輩のことが好きです」


 ――卒業式マジックとでも呼ぶのだろうか?


 いや、そう呼ぶ場合は空気に当てられた告白だが、平河さんの場合はずいぶん前から俺のことを知ってくれていたらしい。

 最後の思い出……だろうか。


「ごめん。気持ちは嬉しいけど、君の気持ちには答えられない」


「……そうですよね。彼女さんとかいるんですか?」


「……うん」


 俺が頷くと、平河さんは涙を浮かべながら「ありがとうございました。卒業おめでとうございます」と言い、去っていった。

 悪いことはしていない。ただ、気持ちに応えられないことに罪悪感を覚えてしまう。


 そう思っている時こそ、会いたくない相手には会ってしまうものだ。


「お兄さーん。見ましたよー?」


「夏海ちゃん……」


「はいー。お久しぶりですー」


 ここ最近はろくに会話をしていなかった夏海ちゃんだ。

 諦めるためにということと、俺の受験の邪魔をしないように、夏海ちゃんは夏海ちゃんなりに気を遣ってくれていたということは美咲先輩伝いで聞いていた。


 会いたくない……と言うのは語弊があるかもしれないが、少なくとも女の子の告白を断った今、過去に告白を断った夏海ちゃんと合わせる顔がなかったのだ。


 しかし、夏海ちゃんは遠慮がない。


「告白、断っちゃったんですねー」


「……そりゃあ、まあ。花音と付き合ってるのは知ってるでしょ?」


「知ってますー」


 じゃあ、何で聞いたんだ。

 そう問いただしたところだが、夏海ちゃんは謎な子のため、聞いたところで意味がないだろう。


「でも、告白で来ただけいいと思いますー」


「……どういうこと?」


「私もそうでしたけどー、告白しないと前に進めないんですよー。私も、文化祭の時にけじめとして告白しましたけどー、それがなかったら今でもモヤモヤとしていたと思いますー」


 ある意味、区切りをつけるための告白。

 夏海ちゃんはそう言いたいのだ。


 挑戦する前から諦めるより、挑戦して諦めた方がいい。

 もし挑戦しなかったら、挑戦して上手くいっていた時の期待に縛られてしまうから。


「お兄さんは、優しすぎるんですよー?」


「そうかな……?」


「はいー。少なくとも、今考えると私ってしつこかったと思いますー。それでもこうやって話してくれるんですからー」


 何度もある告白に嫌気が差していたのは事実だ。

 ただ、夏海ちゃんのことが嫌いなわけではない。

 普通に話したいとは思っている。そこに恋愛感情を挟まなければ。


「お兄さんはー、気にしていると思ってましたー」


「……まあ、図星だね」


「なら丁度良かったですー。私のことは気にしないでくださいっていうことを、伝えたかったのでー」


 簡単に忘れられることではない。

 それでも夏海ちゃんの気持ちは、実際に気にしてしまう俺の心を軽くしてくれる。

 俺にとって嬉しいことだった。


「……颯太先輩、ご卒業おめでとうございます」


「……ありがとう」


 ようやく、俺と夏海ちゃんの間にある黒い霧のようなものがなくなった気がしていた。

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