第103話 藤川虎徹は滑りたくない!
「俺、多分負けるから」
虎徹は開始直前、そんな宣言をする。
このウォータースライダーはそこそこの大きさではあるが、小学生も気軽に遊んでいるようなものだ。
そもそもウォータースライダーは体重と運がほとんどのため、勝ち負けが上手い下手で決まるわけじゃない。
しかし……、
「こういうの苦手すぎて、ブレーキかけれるようになったんだ」
そんなことを言う。
「ブレーキなんてかけれるもんなのか? ……ってか、そもそもあんまり来ないって言ってなかった?」
「去年と一昨年、若葉に付き合わされただろ? その時に感覚掴んだ」
「そ、そうなのか」
多分聞いてもわからないため、それ以上話を広げることはしない。
大型で複数人乗りのものは無理だが、今回のものは専用のシートに乗ってうつ伏せで滑るスライダーだ。
しようと思えばスピードを落とすことができるのだろう。
――そんなに怖いのか……。
付き合いはそこそこ長いが、意外すぎると感じてしまう。
スライダーの出発地点の高さに来るまではまだ余裕があった虎徹だが、いざ目の前にするとダメらしい。
いつものように平静な様子だが、どこかいつもとは違う雰囲気だった。
「それではこちらへどうぞー」
係員に案内され、俺たちはシートの上にうつ伏せになる。
シートにはほぼ板状だが、前の方は水避けが申し訳程度についており、持ち手もある。
持ち手をしっかり掴んで準備をすると、あとは少し前に進むだけだ。
「準備はいいですか? よーい……スタート!」
その掛け声と同時に、俺は勢いよく滑り始めた。
チラッと横目に虎徹を見ると、恐る恐る滑り始めていた。
――これは勝ったな。
スライダーに乗った俺は右へ左へ、水流に逆らうことなく曲がっていく。
若干斜めになる場所はあるが、スピードはあまり出ずに、さほど怖くはない。
また、真正面から顔面に水がかかるが、小学生が遊べるだけあって怖さよりも楽しさが
あまり絶叫系は得意ではない方だが、このスライダーに怖さは感じない。
「……ぷはっ!」
ラストはそのまま水に突っ込んで止まるため、少しだけ鼻に水が入ってしまった。
気を抜いてしまったからだが、そこに気をつければ気軽に楽しめるスライダーと言えるだろう。
俺が滑り終えると、ゴール地点にはランプが点っている。
どうやらゴール地点についているランプは、勝者を示すものらしい。
しばらく待っていると、ようやく虎徹が滑り終える。
勢いがなさすぎて、水に突っ込むと言うよりも、水に落下したという感じで止まった。
「おい、大丈夫か?」
「だ、大丈夫、ごほっ、じゃない……ごほっ!」
「……ぷっ」
ここまで余裕のない虎徹を見るのは初めてかもしれない。
俺は思わず吹き出してしまうと、虎徹は不服そうな表情だ。
怖がりすぎてゆったりと滑ったため、そのせいで逆に怖かったのではないかと疑問に思ってしまう。
「って、そろそろ花音と若葉も来る頃か」
「そうだな」
俺たちは衝突しないために水から上がると、プールサイドで待機する。
ほんの三十秒もしないうちに、二人は勢いよく滑ってくる。
大きな音と共に、二人とも水に突っ込んだ。
そして、勝者のランプは……花音の方に灯っていた。
「……ぷはっ! やった!」
「んもぉ! 負けたぁ!」
喜ぶ花音と悔しがる若葉。
花音と若葉は仲が良くとも、以前の料理の時のように競い合っていることがある。
俺と虎徹はゲームの時以外はあまり争わないが、花音と若葉は二人とも負けず嫌いらしい。
「これで私は三位以下決定かぁ……。まあ、虎徹には負けないし、大丈夫か」
「余裕があるのは今のうちだぞ? 目にもの見せてやる」
「……ビビりすぎてなかなか滑り始めなかった人が何言ってんの」
若葉は呆れた顔をして虎徹に辛辣な言葉を浴びせた。
話を聞くと、俺が滑り始めてすぐにゆっくりながらも滑ろうとしていたが、一度止まっていたようだ。
――それは負けるわけないな。
「次は俺と花音、虎徹と若葉だな」
「そうだね。最下位決定戦を先にしよっかー」
俺たちは再び、競争のために並び直す。
虎徹は並んでいる途中までは
またスタート地点まで到着すると、冷静なように見えてどこか挙動不審だ。
「負けでいいから、もうやめないか?」
「ここまで来て引き返せないでしょ? それに二人で滑らないと、人数合わなくなっちゃう」
一応一人でも滑ることはできるが、ゴールで着水した際に、周りの人に見られていたら恥ずかしくなってしまうだろう。……二人用を一人で滑っているのだから。
実際はそこまで気にしていない人の方が多いだろうが、もし周りから見られていたらと考えると、一人で滑るのは
「ほら、良いから早く準備して!」
若葉の押しに、虎徹も拒否することはできない。
渋々準備をし、係員の合図があると、恐る恐る滑り始めた。
虎徹がスライダーの中に消えていった頃には、すでに若葉は半分近くまで進んでいた。
「若葉の勝ちだなぁ」
「だねぇ」
実は午前中での流れるプールでの一件以来、緊張もあって花音とうまく話せなかった俺だが、共通の……しかもしょうもない話題があることで、気付けば普通に話せるようになっていた。
虎徹さまさまだ。
「……俺たちも滑ろうか」
「うん」
たった一言や二言。
ちょっとした会話にも、俺は何故か嬉しく思っていた。
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