第21話 それぞれの未来へ(前編)
【西暦2065年6月 日台帛連合皇国 東京都大田区 『エヴォリューション』本社内】
美輪光輝が高校を卒業してから、自分自身の人生も周囲の人々の生活も瞬く間に変貌していった。
現在彼はロボット工学を大学で学びながら、父親である彰浩の仕事を手伝っている。
元々父親譲りの頭の良さもあり、彼は自前でニューマンを製造出来るまでになっていた。
「私は既に脳スキャン・身体スキャンの両方を済ませている。
私が万が一不慮の事故でこの世を去り、私の存在が必要であると思うのなら私を『再生』させるが良い。
お前も世の中何があるか解らんのだからスキャン出来る内にしておいた方が身の為だぞ」
重要なデータのバックアップが、人間にまで適用される様になった時代。
そういう時代である事は光輝にも解っているのだが、自身のバックアップをとっておく事には若干の抵抗があった。
自身のニューマンが客の為にニューマンをせっせと作り続ける姿を想像すると気が滅入る。
とは言え、技術を継承していく為には未知の人材を探さなければならないのでそれも不安だった。
(ニューマンは使い方1つで天使にも悪魔にもなる。
皇国が軍事利用に踏み切り、大インド帝国から非難を浴びたのは記憶に新しいがそれも沈静化した。
あの諍いの後街は自衛隊の主導によって復興され、侵略の為にニューマンを使用しないと政府が公式に発表したからだ。
俺だってニューマンで世界征服を目指そうなんて酔狂な事は考えちゃいない。
でも、俺の『後継者』が突如狂ってそれを目指せば、政府転覆も世界征服も可能なんだ。
何百体ものニューマンを秘密裏に作る事もエヴォリューションなら不可能じゃない。
人間だろうとニューマンだろうと人の心が読めない以上、バトンを渡すのには恐怖が付きまとう)
皇国を正しい道に導いていこうなどと大それた考えを抱いているワケでは無い。
ただ、平和であってほしい。無益な争いが生まれる事だけは避けなければならない。
破壊された街並みの映像をテレビで見た時、光輝はその思いをより強くした。
自分のニューマンならば、自分と同じ考えを持っているのだから平和的にニューマンを作り続けるだろう。
色々な目的があれど、ニューマンが人間を傷付ける為に作られる事だけは許されない。
光輝が自身の後釜に己自身を据えようと考えるのも無理は無かった。
「コウ君、子供の面倒を見る為のニューマンを作ってほしいと言うお客様が見えているわ」
「解った。俺が対応するから少しの間待っていてくれ」
凛Ⅱの後ろに立ち、頭を下げた後扉が閉まり彼女の姿が視界から消える。
凛Ⅱと
エヴォリューションのスタッフとして光輝を支えてくれている2人であったが、それも光輝の存在があればこそだった。
PCの中に押し込められ、ただ証言を行う為だけに生み出された遠藤沙奈の疑似ニューマン。
光輝は彼女がそのままの状態でいる事を不憫に思い、通常のニューマンに作り直した。
この世に蘇った沙奈であったが両親の所に向かわせるわけにもいかず、現在はスタッフとして働いてもらっている。
(説得には時間がかかったが、最後には彼女も自分の境遇を理解してくれた。
既に彼女の両親は遠藤沙奈のニューマンを作っており、彼女が両親のもとへ向かっても歓迎されないのは明らかだ。
凛Ⅱと沙奈Ⅱがこの場所に居続ける為には、俺がエヴォリューションの所長であり続ける以外に道は無い)
いるはずの無いニューマン。生まれながらにして光輝の側にいる以外の生き方が用意されていない。
凛Ⅱも沙奈Ⅱもその点に関しては共通しており、他の所員から聞いた話によれば2人の仲はかなり良好だと言う。
(後ろ盾は何も無い。親父も2人の事を気にかけてはくれているけど所詮『研究対象』に過ぎない。
人間とニューマンは人間の様に付き合って恋も出来ると言う結果が見れたと喜んでいた。
だから俺が守る以外に2人が生きていける道は無いんだ。俺がいなければ……)
所長と言う肩書が父親から光輝に移った後、彼はその権利を最大限行使しなければ彼女達を幸せにしてやれないと思っていた。
捨て猫ならぬ『捨てロボット』を生み出さない様にする為には、誰かがその所有権を保持し続けなければならない。
(だけど、そうなったら『俺のニューマン』の所有権は誰のものになるんだろう……?
法律上はエヴォリューションと言う会社の備品扱いにでもなるんだろうか。
そんなロボットが所長を続ける事に所員が納得してくれるのか。問題は尽きないな)
自分の問題だけで無く、社会におけるニューマンの増加も近年問題となっていた。
アイドルの代わりとして酷使され続けるニューマンや、欲望の捌け口として利用されるニューマン。
ニューマンが犯罪行為をすると言う最悪の事態は回避されているものの、ニューマン禁止令を求めるデモは続いている。
(加藤さんは警察を辞めた後、ニューマンの権利をある程度尊重しニューマンの製造自体も認めると言う団体に所属している。
きっと、事件解決に協力した俺達に対する『御礼』と言う面もあるのだろう。
ニューマンへの過度な虐待、罵倒する様な言動、24時間を超える労働の禁止。
これらを掲げつつ、ニューマンはあくまでも『ロボット』であると言う認識を民衆に広める為の活動をしてくれている。
怒れる者達へのガス抜きでしか無いが、今はそうするのがベストな選択だ)
人間では無い、限りなく人間に近い物体と人類がどう接していくべきなのか。
少子化問題の解決。永遠に若いままの姿で歌い踊れる女神を望む声。
そして何よりもビジネスとして皇国に莫大な利益をもたらす事。
様々な問題に目を瞑り、大インド帝国から与えられた特権を最大限に活用する。
光輝はどう足掻いても体制側の人間であり、凛Ⅱを守る為にニューマンを認めさせなければならなかった。
体制側、皇国がニューマンを求めるのにはもう1つ理由がある。
それは反体制派の人間を法に触れない形で侮辱し、半永久的に晒し続ける事が出来るからだ。
東京のある博物館に設置されている黒い檻。
その檻の中に鳳壮一のニューマンが収監されていた。
彼はニューマンの驚異的な力を意図的に封じられており、自力で立ち上がる事も出来ない。
聴力と視力はあるが喋る事が出来ず、自分の主義を主張する事も己の置かれた立場を嘆く事も不可能だった。
「ああ、あれが鳳壮一。皇国を代表するテロリストの親玉かぁ」
「暴力団がこの皇国を我が物にしようとしたんでしょう?恐ろしいわね。
あんな化け物、二度とこの国に誕生してほしくないわ。
政府には暴力団を徹底的に消し去ってもらわなくちゃ」
皇国を破滅に追い込もうとした人物を吊るし上げる事で、反体制派の口を塞ぐ事が出来る。
そしてこれから皇国に何かをしようとしている人間がいた場合、お前もこうなるのだぞと言う脅しとしての効果もある。
政府の頭を悩ませていた暴力団を正義の名のもとに駆逐出来るのだから、これ以上効果的な方法は無かった。
やっている事は独裁的だが、大切なのは国民の民意が体制側に傾く事である。
実際に国家転覆を企んだ人間のニューマンが常に人目に晒されていれば、民衆は恐怖により体制側につくしか無い。
人間が持つ『生命の危機』を利用した実に効率的なシステムだと言えるだろう。
人権を持たないニューマンだからこそ、非道な行いも許されていた。
『君は自分が政府のやり方に騙されない、優秀な人間だと錯覚していた様だがね。
実の所、金を積まれれば側近は簡単に君の脳スキャンデータを我々に提供してくれるんだよ。
君が自殺する前、神奈川県のホテルで就寝している時に得たものだとされている。
心から信頼していた腹心に裏切られた気分はどんなものなのかな』
鳳のニューマンの脳裏に、政府関係者の言葉がよぎる。
『君の思っている通りだ。
我々はアメリカと密約を交わし、アメリカが背後からかの国に攻め込む為の囮になった。
致し方の無い部分はあったよ。前の大戦でアメリカに損害を与えたのは他ならぬ我々だからね。
その要求を拒否する事など到底無理だった。
それに、台湾・樺太・パラオ・プエルトリコが我が国の領土になると言う魅力的な提案だよ?
勿論その囮案件だけで無く、戦後我々がアメリカに尽くし続けた功績も評価されての土地獲得だがね』
第二次世界大戦にて敗北した皇国は、合衆国の子分として生きる道しか残されていなかった。
絶対の忠誠を誓い、裏切らない最高の同盟国を強調し続ける。
それは戦後合衆国が肥えさせ最大の脅威と化した『かの国』から皇国とインドに富が渡るきっかけとなった。
合衆国に利益を与える国家を作ろうと模索してきた者達が、やっと答えを見つけたと言う事なのだろう。
だがそれには相応の痛みが必要だった。鳳はどうしてもそれを受け入れる事が出来なかったのだ。
『時には国民の命を差し出すと言う懐の深さを見せなければ、合衆国の信頼を勝ち取る事は不可能だった。
それは合衆国の奴隷と言う意味では無い。事実今の皇国は対等な関係を構築しつつある。
今の状態に持っていくまでに必要な犠牲があったと言うのがこの国の真実だ。
どんな犠牲を払っても国としての利益を追求すれば、国民にも富と幸福が配分される。
君には見えないのだろうな。復讐心で濁ってしまった君の目には人々の笑顔が映らない』
ふざけるな。何の罪も無い人々を殺して何が平和だ。
そんな偽りの平和を認められるものか。少なくとも俺は絶対に認めない。
鳳は力の限りそう叫びたかったが、彼の喉から発されるのはひゅうひゅうと言う風の様な音だけだった。
床に転がったまま精一杯暴れる彼の姿は余計に人々を恐れさせ、鳳翔会を否定する為の材料になる。
「お前は絶対にあんな化け物になるんじゃないぞ。
人の命なんて何とも思ってない奴等だ。
自分達が上に立つ為ならどれだけでも人を殺せる様な人間だからな」
違う。俺は『そちら側』じゃない。皇国政府が人殺しなんだ。
鳳の無言の叫びは誰の耳にも届かなかった。
敗者には語る資格も無い。どちらが正しいとか間違っているとか、そんな話では無かった。
単に勝った方が正しくなるのだ。そしてその正しさを証明する為に負けた側を否定し続けなければならない。
鳳が『負の遺産』として博物館に展示され続ける限り、皇国の国民は政府の方針に賛同するだろう。
そこに大義と平穏がある限り、多数派の思想を覆す事は出来ないのだから。
常に血みどろの殺し合いが続いている中東の某国。
宗教の正しさを標榜した2つの勢力の衝突は不毛な屍を生み出し続け、終着点が全く見えてこない。
伊藤洋太もまた、その見えない終着点を見つけようと必死になっている者の1人だった。
「お前が1人、いや1体我が軍に加入してくれたおかげで戦況はかなり優勢になっている。
これからも我々の教えに背く邪教の信徒を滅ぼしてくれ。この地を完全に我々のものとする為にも」
「了解致しました」
砂の様に彼の心は乾ききっていた。中身の無い空のコップ。
それが今の彼を表すのに最も適切な表現なのかもしれない。
人殺しと非難される皇国から去って、某国の傭兵としてその軍の所有物となり戦い続けた伊藤。
もう、何人殺したのかも解らない。非戦闘員も区別が付かない為女性も子供も多数殺害した。
(気を抜けば女性が手榴弾を投げてくる様な国だ。最早この国に非戦闘員なんて言葉は存在しない。
味方以外の人間は全員殺害対象。どれだけ殺しても、叫びながら突撃する兵が次から次へと目の前に現れる。
もしかしてこいつらもニューマンなのかと錯覚しそうになるよ)
伊藤は自分が感情の無いマシンと化していく事にも気付いていた。
人間らしい表情が消え、機械的に対象を抹殺する事しか考えない残酷な怪物。
人を殺す事が正義となる国で戦えば、自分の存在意義が見いだせると信じていた。
だが実際は人の命を奪えば奪う程心が乾いていくだけだった。何も楽しくなかった。
(僕は何をしているんだろう。いじめから逃げ出したかっただけなのに……
正当防衛の為に4人も殺した。迫害されて、故郷に僕の居場所は無くなった。
殺す事に快感と価値があるのだと自分で自分を誤魔化して、こんな所に僕はいる。
でも時間が経てば経つ程、虚しくなるばかりだ。僕は何をしているんだろう)
自分もかつて、虐げられる弱い側の人間だった。
それから逃れる為に人を殺したのに、今自分は人を殺して虐げる側の人間になっている。
(そうか。結局世の中はその2種類だけなんだ。
虐げる側と虐げられる側の違いでしか無い。
辛い思いをしたくなければ、加害者として抗い続ける必要があると……)
いじめは大人になれば『暴行』や『殺人』へと変貌し、警察に逮捕される事もある。
だが伊藤は大人になるまで我慢する事が出来なかった。
精神的に未成熟な状態で加害者になる道を選択し、一心不乱に突き進むしか選択肢は残されていなかったのだ。
「そうだ、僕は僕に向かって襲い掛かってくる『正しくない者』を殺す為に生まれてきたんだ。
僕の身体を、心を汚す邪悪な魂はこの世から無くさなければ、滅ぼさなければならない。
殺す事でしか、壊す事でしか僕は僕の正しさを証明する事が出来ないから」
傷付けられたくないから人を殺す。自分を英雄として認めてもらいたい。
矛盾した感情がぶつかり合い、そこに承認欲求が混ざり合う事によって彼の心は荒んでしまった。
ありえない事だが、『いじめっ子をよくぞ殺した。素晴らしい』と人に褒められたかったのだ。
そうなる事が不可能だと言う事も頭の片隅では理解していたが、それでも愛されたかった。
「死ね、死ねッ!僕の為に死んでくれ!!」
何発頭に銃弾を撃ち込まれようとも、地雷を踏んでも死ねない身体。
実際は、伊藤にとって死ぬ事も救済の1つであった。
殺人をニューマンに託して本人はあの世へ旅立った。それもまた彼の心を歪ませていた。
(本物の僕は希望を持って死ねたのに、実際に自分の夢を叶えた僕は……)
心が空っぽになっていくのに、人を殺さなければ心を埋められないと言う地獄。
彼はこの地で機能が停止するまで殺戮を続けていくだろう。
清川凛は中東の無医村地域で看護師として働く道を選んだ。
人を治療している時、相手から感謝される事に喜びを見出し、また元気になった彼等を見る事で心が満たされる。
実際に人の命を救ったと言う功績と満足感が彼女に働く意欲をもたらしていた。
(あの時と同じ……足を失った人や腹部に傷を負った人が頻繁に野戦病院に運ばれてくる。
私は出来る限りの治療を施して助けようとする。助けられない時もある。
でも、この人達はまた戦場に向かうのよね)
人間と同じ様に作られているとは言え、ニューマンはリミッターを外せば人間以上の力が発揮出来る。
縫合のスピードも目を配れる範囲も通常の看護師の比では無い。
彼女がいるからこそ助かった命は数えきれないものだった。
「貴方のおかげでまた戦える。神の為に死ねるのだから有難い事です」
高性能な義足まで装着して再び戦場へ赴こうとする兵士達。
凛は何故そうまでして死に近づく事を選ぶのかと聞いた事がある。
「人には、自分の命よりも大事なものがあるのです。
それがたまたま、私達の信じる神だっただけの事。
我々の国に侵入してきている邪教徒はニューマンを使ってまで国を乗っ取ろうとしています。
私達の国を、そして信じる神を守らなければならないのです。
貴方にも、貴方の命を使ってでも守りたいものがあるのではないですか?」
凛は中東の戦士にそう言われた時、何も言い返す事が出来なかった。
人間には、時として自分の身を賭してでも守りたいと願うものがある。
大切な人、今は遠く離れているけれど、忘れた事は決してない。
離れる道を選んだのは、信頼出来る『自分』が常に彼から離れないと約束してくれたから。
(凛Ⅱも私も、コウ君の事は我が身を使ってでも守らなきゃいけないと思ってる。
命を燃やしてでも、守りたいものは存在するんだわ……)
死んだら終わり。命が無ければ意味が無い。
そう言う人もいる。けれど、彼等の意見も否定は出来ない。
凛自身がそう思っているからこそ、兵士達が戦場へ赴くのを止める事など出来なかった。
争いの無い世界で、誰もが笑顔で平和に暮らしている。
そういった世界があれば良いと誰もが思う。凛だってそう思っている。
しかし、現実はあまりにも非情だった。
考え方の違いや、領土を広げたい。自分が頂点に立ちたいと言うつまらない思いから対立が生まれる。
火種は何処かで爆発し、不毛な戦争が起こる。多くの人が悪戯に死んでいく。
ニューマンは確かに人間離れしたパワーを持っているが、神や仏では無い。
1体で変えられる未来はたかが知れている。
それでも変えられる未来が少しでもあるならば、凛はその未来に縋ってみたかった。
「皆さんの主義や思想は気にしません。治った後、患者が何をするのかも自由です。
私はこの場所で常に働き、皆さんの命を救う事だけに集中します」
突然中東の国にやってきたニューマンを皆疑いを持った目で見る。
凛はそれを承知のうえで治療を続け、今では皆から尊敬される様になった。
「貴方は神の使いです。本当に感謝しています」
「……私はただのロボットですよ。
本国では人間のフリをして暮らしていますが、所詮は単なる機械です。
1年毎に一度帰国し、顔を変えて戻ってくる事を許してください。
普通の人間の様に、寿命を迎えさせてもらうと言う事も」
凛は1年に一度皇国に戻り、老化処理を施されてからこの国に戻っている。
全ては人間として生き、人間の様に死ぬ為。
ニューマンとして生まれてきた凛がそれを願う事を滑稽に感じる者もいるだろう。
そんな嘲りを彼女は気にかけなかった。それで良いと達観していた。
(私達にとっての死は、永遠のシャットダウン。
動かない鉄の塊になって焼却炉で溶かされるだけ。
でも、ただ長く生きている事が幸せだなんて思っていないの。
凛Ⅱや沙奈Ⅱを守る為にニューマンを作る事まで考えているコウ君を見ていると余計にそう思う)
義務として生きる事の限界。
自分の『死』を立場上選べない時代が到来しようとしている。
本人が死んでもニューマンがその後を引き継ぎ、ニューマンの世代交代を進めていく時代が来るかもしれない。
疑似的ではあるが人類は永遠の命を手にしたのだ。
それが人類にとっての幸福なのか、彼女にはよく解らなかった。
(私は……私に出来る事を精一杯やるだけよ)
彼女の戦いは、これからも長きに渡って続いていく事だろう。
二階電脳堂は、皇国におけるPC・家電量販店の『帝王』だった。
売り上げ全国トップ1、稼ぎ出す収益も他を圧倒し、個人の家電量販店を軒並み閉店に追いやった。
潰してきたライバルは数知れず、恨みもそれなりに買っている。
その帝国があっと言う間に崩壊する過程を、二階堂雲雀は見ている事しか出来なかった。
(皇国にクーデターを仕掛けた暴力団と結託して、思春期の少年少女の人生を破壊するドラッグを売り捌いていた。
そういった組織に加担していたと言う事実は、それだけでグループがバラバラになるには充分過ぎるものだった)
その事実を認めても尚、雲雀は父親の後を継ぎ帝国を復活させたかった。
寧ろ父親が刑務所に送られ、政府の管理下に入った雲雀の仕事は、まさにその復活を成し遂げる事だったのだ。
帝国が崩壊すれば、大量の雇用が失われ、路頭に迷う人々が増える。
それは皇国の治安の乱れに繋がり、第二、第三の鳳翔会を生み出しかねない。
二階電脳堂が消滅した後の受け皿を作るのは、政府としても本腰を入れて取り組まねばならない課題だった。
ブルーウィンターの密輸・鳳翔会との結託に関わっていなかった技術者を集め、経営を学ばせる。
そして容姿が優れている雲雀が広告塔となり、新たな帝国を生み出す。
彼女がまともに生きていく為には、皇国の言いなりになるしか道は無かった。
「私達はガラスに匹敵、いえそれ以上の透明性を持った企業に生まれ変わります!
輸入する部品や製品に関しては動画でその一部始終を公開。
店に置かれるまでをネットで全世界の人間が見れる様にし、価格の維持にも努めてまいります。
どうか、新しく生まれ変わった『ヨツヤ電気』を応援してください」
商品開発に携わっていた幹部の1人を社長に据え、新体制での船出。
勿論所属する社員は殆どが旧二階電脳堂の社員であり、完全には不信感を拭えていない。
それでも雲雀は必死にこの会社が健全に商売を行っていく事をアピールしなければならなかった。
(正直、なりふり構っていられない。父が残してくれた『遺産』を全て失う事は出来ないから。
皇国のバックアップを受けて、泥水を啜ってでも生き残る道を模索しないと)
技術と人員。二階電脳堂が誇った精鋭集団と諸外国から物資を調達出来るコネクション。
皇国もそれを突然全て失うのは損失であると考えており、完全に潰すつもりは無かった。
現時点では『政府の信用』を盾にして信頼・信用の回復を図ろうとしている。
国民も皇国政府に絶大な信頼を寄せており、少しずつ店に足を運ぶ客も増えていた。
「ニューマン禁止騒動の件もあって、国民は政府に不信感を抱いているのかと内心不安だったのですが杞憂でしたね。
暫くの間は政府が目を光らせて我々を見ている現状を利用していくしかないでしょう」
「あれはニューマンへの不信感であって、政府に対する直接的な不満では無かったと言う事でしょうか……
私としては複雑な気持ちですが、今はとにかく会社の復興に全力を尽くすしかありませんね」
会社と社員を守る事が、自分の使命であり自分が生まれた目的なのだと雲雀は考えていた。
断じて、父親が世間体を考えて自分を作ったのでは無い。この日の為に作られたのだと。
そう思い込む事でしか理性を保てない事にも彼女は気付いていた。
実際、父親も己が作り上げた帝国が空中分解するなどつい数か月前までは考えもしていなかっただろう。
(私は、父親に対して尊敬もしているし軽蔑もしている。
自己保身に塗れ、多くの青少年の未来を潰したと言う側面。
そして、皇国一の家電量販店グループを作って多くの雇用を生み出したと言う側面。
どちらも父親のした事で、一面だけを見て判断出来る事じゃない。
私が今すべきなのはその『良かった面』を残して社会に貢献する事だけよ)
本当は、面倒な事なんて抱えずに自由に生きてみたかった。
鳥が大空を自由に飛ぶ様に、何にも縛られる事無く。
現実は甘くなく、彼女は自分の命すら他人に握られて従わされている。
理不尽だが、これも全ては父親が撒いた種であると己を納得させるしかなかった。
「落ち着いたら、美輪さんの所に顔を出そうと思っています。
友達として、そして私達の大切なビジネスパートナーとして」
「エヴォリューションの電子頭脳を用いた家電と言う計画が実現すれば、また業界の覇権を握る事が出来るでしょう。
人間に極めて近い、ただし感情や個性を省いた人工知能を搭載した家電。
人がいなくても自己判断で様々な作業を行える家電が登場すれば、まさに家電業界の革命になりえます」
研究者はエヴォリューションとの技術協力に期待を寄せていたが、雲雀はそう上手くはいかないと思っていた。
ニューマンの作り方が隠されている以上、そういった技術を簡単に教えるワケが無い。
政府に睨まれている最中に国益を害する様な行動に出れば、制裁されるのは火を見るより明らかだった。
(美輪さん、凛Ⅱさん。私は取引相手と言うよりは、ずっと友達でいたいだけなんです。
また皆で遊園地にでも、プールにでも、色々な所へ行きましょうよ……)
雲雀の思いが彼等に届くのか、そしてその願いが実際に叶うのか。
それが判明するのはまだまだ先の事になりそうだった。
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