第53話「支え、支えられ」



「テイント!!!」


 動けないままシュリンクが叫ぶ。香李の超能力で身動きを封じられ、情けなく喚くことしか抵抗が叶わない。


「散々痛め付けてくれたが、今度こそおしまいだ!!!」


 卓夫は先程吹き飛んだシュリンクの右腕目掛けて駆け出す。ヤケドシソードの残り少ない火力を最大まで上げ、勢いよく振り上げる。目の前に転がっている格好の的に狙いを絞る。


「やめろぉぉぉぉぉ!!!」


 ガッ

 再びシュリンクの叫び声が聞こえたかと思いきや、卓夫は足にとてつもない痛みを感じる。微かに映った視界では、自分の左足がシュリンクの口の中に収まっていた。そのまま引きちぎられ、欠損部分から血が吹き出す。


 シュリンクは最期の力を振り絞り、無理やり首を伸ばして卓夫の左足を食い千切った。


「がはっ!?」


 激痛が足をすくった途端、意識が朦朧とし始めた。自分の魂が死に近い場所へと誘われていくのを感じる。またもや格好のチャンスをまた逃してしまうのか。ここで倒れてしまっては、今まで積み上げてきた努力が無駄となる。




「卓夫! 負けるな!」


 再び声が飛び込んできた。


「私達は勝つ! 絶対に負けない! 絶対に!!!」


 香李がこちら目掛けて手をかざす。倒れかけた卓夫の体が、ふわりと空中に浮かび、コアの方向へとゆっくり向かっていく。まるで母親の腕に抱き締められているような温もりまで感じる。


「ありがとう……香李ちゃん! 大好きだぜ!!!」

「やれ! 卓夫!!!」


 愛する者の呼応により、朦朧としていた意識が完全に復活した。卓夫は気をしっかり保ち、ヤケドシソードの束を握る。刀身を覆う業火が城内を赤く照らす。


「やめ……ろ……!!!」


 シュリンクは無数のスライム状の触手を伸ばし、卓夫の首や手足に絡み付ける。香李の能力が卓夫の背中を押すために使われたため、一時的に解放され、正真正銘最後の抵抗を見せる。


 しかし、卓夫の燃え盛る炎は止まらなかった。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!」


 ガッ

 ヤケドシソードを地面に転がるコアに叩き付ける。スライム状の右腕に包まれており、一瞬で切断するには至らないが、吹き出す灼熱の炎で少しずつ焼き切れていく。右腕が熱で焦げ落ち、丸裸になったコアにヒビが入る。


「オタクをナメるなぁぁぁぁぁぁ!!!!」






 バリンッ!!!

 空中に無数のコアの破片が舞い散る。ヤケドシソードの炎が消え、卓夫は地面に倒れ込む。同時にローダンも腰を下ろし、刻まれたテイントの体が地面に散らばる。


「がっ!?」


 一瞬胸の苦しみを感じた後に、シュリンクの体が先端から崩壊し始める。白い光を放ちながら、空中に溶けるように消えていく。テイントも体をバラバラに刻まれているため、言葉を発することなく消え始める。


 二人共コアを破壊されたことにより、完全に生き絶えたようだ。


「そん……な……私達……が……」


 負け犬の遠吠えを発する余裕もなく、シュリンクとテイントは完全に消滅した。二人の体が跡形もなく崩れ去った瞬間、その場は音が存在しない世界になったように恐ろしい静寂に包まれた。


「終わっ……た……よな?」

「終わったわ」


 卓夫と香李が見つめ合う。厄介な特性で限界寸前まで追い詰められたが、命を削って戦い、勝利を収めた。死んでもおかしくないほどの戦場を、二人は生き延びたのだ。


「よかった……まったく、厄介な敵d……うぐっ!?」

「卓夫!」


 敵を倒したことに安堵した途端、左足の出血に悶絶し始める卓夫。香李はすぐさま懐から包帯を取り出し、止血を試みる。


「ありがとう……香李ちゃん」

「別に。たくさん助けてもらったお礼がしたいだけ。ていうか、やっぱりあんた普通の喋り方の方がいいわよ」

「そう……でござるか?」

「だからそれをやめろって言ってんの!」


 通常の口調に戻っていることを指摘された卓夫。かつて恋心を寄せていたALTに影響され、無理に忍者口調を意識していた節があった。しかし、香李と共に本気で危機とぶつかり合い、いつの間にか自然体に戻ることができた。


「夢から色々聞いてる。無理して自分を偽る必要なんかないのよ」

「香李ちゃん……うぅぅ……大好きぃぃぃぃぃぃ!!!」

「うわ、キモッ! やめなさいよ! こっちは骨折してんのよ!」


 思わず香李に抱き付く卓夫。香李は呆れながらも受け止める。彼の左足が失くなったことに心を痛めながらも、自分と共に命懸けで戦ってくれたことに感謝する。

 本当は自分の右腕が骨折している痛みもどうにかしたいところだが、今は目に見えない怪我など気に留めるものではない。長きに渡る壮絶な戦いの末、数多くの負傷者が出たのだ。




 その中には、命を失おうとする者もいた。


「ロー……ダン……」

「ダリア! しっかりしろ!」


 ローダンはダリアに歩み寄る。お互い魔力が底を尽き、体力も限界をとうに越えていた。しかし、ローダンはまだ呼吸を行い、体を動かす余裕があるものの、ダリアは既に生命の危機にまで達していた。


「よか……たね……奥……義……」

「ああ、お前のおかげだ……」


 この期に及んで、ダリアはローダンが奥義に目覚めたことを祝福していた。今にも全身の痛みが命を蝕み、事切れてしまいそうな深刻な事態の中で、共に喜びを分かち合おうとしている。

 そんなことは今はどうでもいいと、内心声を大にして叫びたいローダンだった。しかし、ダリアの優しさに満ちた瞳が、声を荒げることを許さなかった。


「本当に……お前には……支えられっぱなしだ……感謝しても……しきれねぇよ……」

「それは……私も……同じ……」


 ローダンはダリアの頬を撫でる。彼女を気付けまいと、せめて最後は綺麗な死に顔を咲かせてやりたいと、顔にこびりついた血を拭い取る。

 血を除き、ようやくダリアの美しい顔がはっきりと見えた。彼女の底知れぬ優しさに、ローダンは幾度となく救われた。そしてダリアも、ローダンのたくましい背中に鼓舞された。お互いがお互いを支え、支えられて生きてきたのだ。


「絶対に……イワーノフを……やっつけて……ね……」

「ああ、約束する……あいつを倒して……平和を取り戻す……」


 ローダンの大粒の涙が、ダリアの瞳に零れ落ちる。涙の温もりを感じ、安心したようにダリアの意識が遠退いていく。


「ありが……と……」




 ダリアは安らかに息を引き取った。


「うぅ……ダリア……ダリアァ……」


 ローダンの嗚咽が、静かに城内を木霊する。彼の泣きじゃくる姿を、卓夫と香李は静かに眺める。

 二体の強敵を撃ち取ったが、戦いはまだ終わりではない。ハイ・ゲースティーはまだ残っている。そして、最後の強敵であるイワーノフを倒さなければ、このシュバルツ王国に平和が訪れることはない。悲しみにうちひしがれている暇はないのだ。


「……ダリア、お前の分も、最後まで戦うよ」


 ローダンは自分の上着をダリアの亡骸に被せた。仲間の死を背負い、ローダンは再び短刀を握った。卓夫と香李も再び戦場に戻る決意を固めた。本当に戦いが終わるその時まで、命が尽きるその時まで、歩みを止めてはいけない。


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