シスター・クリスの恋愛観

 三杯目のおかわりをいただきながら、わたしはどう回答しようか悩みます。


「そうよ。いい人の条件ってあるでしょ? あんたにも」


 キサラさんまで、ノッてきましたよ。


「どっちもイヤです。自分の時間を、大切にしたいので」


 生涯、色気より食い気です。


「あんたなら、そういうと思ったよ」


 さすがソナエさんですね。わたしの人生観をよくわかっています。


「好きな人は……いないみたいね。神様に仕えるって、恋愛感情も殺さないといけないのかしら?」

「いえいえ。既婚者のシスターもマザーもいます。ほとんどは、出産を期に引退しますが」


 四杯目のおかわりで、わたしはおうどんをいただきます。


 ああ、おうどんも罪深うまい。

 このおいしさは、なんでしょう。さっぱりしています。


「あんたって、結構食べるのね?」

「お酒が飲めないので、その分大量に食べるんです」


 おお、このおうどんはヤミツキになる味ですね。

 ボソボソで、専門的なコシではありません。

 なのに、わたしを魅了します。


「恋多き女、って印象からは程遠いわね。ホントに恋愛したことなさそう」

「おっしゃるとおりです。わたしは元々、異性に特別な感情を抱いたことはありません」


 ホントに、このおうどんおいしいですね。

 お酒のシメとして、頼む人が多いからでしょう。

 ボリュームもちょうどよくて、手軽にズズっと食べられます。


「理想の殿方とか、いないの?」

「そもそも、男性と添い遂げたいと思ったことがないんです」


 すばらしい方たちに囲まれているため、人を見る目が高すぎるのかも知れません。


「あたしもだ。たいていのことは自分でやれるし、人と一緒になると、合わせないといけないからな」


 ソナエさんとわたしは、同意見のようです。


「平和な家庭を持ちたい、という願望もないと?」

「周りが平和なら、祝福します。ですが、自分でそういう家庭を持とうと妄想したことすらないです」


 よく幸せな家庭を妬む方がいらしゃいますが、わたしはそんな気持ちにはなりません。


「この身は神様に捧げたって感じ?」

「神こそ、自由の象徴です。神様に『ああしなさい』『こうしなさい』と指示に従うことは、自分を捨てているに等しいです」


 すべてをささげるなんて、それこそ神のご意思に背く行為なのです。


「女子が好き……ってわけでもなさそうね?」

「そうですね。恋愛という気持ち自体、感じたことがなくて」


 わたしの恋人は、食事なので。


「あんたみたいなのを、世間では『干物』っていうのよ」

「あたしそれだ。干からびてミイラになっちまってる。あはは」


 いいお酒が入っているのでしょう。

 バカにされているのに、ソナエさんはうれしそうに笑っています。


「まあ、そんな人生も悪くないね」

「はい。自由を阻害されるくらいなら、わたしは干物で結構です」


 わたしには、食べ歩きという趣味がありますから。


「あたしは家があんなんだったから、家庭をもつのが面倒になった。あんたは誰でも受け入れるが、自分から人に好意を持つってことはなさそうだ」


 ソナエさんは肉親が大変だったことで、結婚に理想を抱けません。


 わたしは、家が偉大すぎますからね。

 あんな家に住んでいたら、男性を見る目も厳しくなってしまいます。


「ごちそうさん」


 食事が終わりました。


 お会計は、ぜんぶキサラさんが出してくれます。


「すいません、ごちそうさまでした。初めて会ったばかりなのに」

「気にしないで。あんたたち気に入っちゃった」


 下駄をカラコロ鳴らす音が、夜の街に響きました。 


「さて、やるかキサラ」


 背伸びをしながら、ソナエさんは河川敷へと向かいます。


「そうね、いい決闘日和だわ、ソナエ」

「ああ。今日はケンカするにはいい日だ」


 ちょちょちょ、ちょっと待ってください。


「お二人、もしかして」

「ええ。ソナエがアカツキの初恋の人だって、すぐにわかったわ」


 なんと、二人共お互いの正体に気づいていたとは。

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