お味噌汁は、罪の味

「ご注文は?」

「東洋の定番って、なんですか?」


 わたしは、カツ丼や海鮮丼など、やや豪華めのメニューしか知りません。東洋の方が召し上がる大衆食って、よくわからないんですよね。


「焼き魚定食ですね。それにいたしましょうか?」

「定食の魚は?」


 今度はソナエさんが、店員に尋ねます。


「A定食が定番の鮭、B定食がお高めでブリをお出しできます」

「お品書きには『ホッケ』ってあるじゃん」

「期間限定品です。今は、季節が過ぎてしまって」

「じゃあ、鮭で」


 三人とも、定食をオーダーしました。わたしとソナエさんが鮭を、キサラさんがブリです。


「ライスとお味噌汁は、小さいおうどんにも変えられますが?」

「じゃあ、あたしはうどんをお願いするわ」


 キサラさんが、ライスからうどんへ変更しました。


 あと、わたし以外はお酒を頼みます。もうお仕事も終わりですからね。


「食べられないものとかあったら、今のうちに言いなよ」

「いいわ。欲しい物があったらシェアしましょ」


 ナイス提案ですね。


「それにしても、夜も遅いのによく一人で出歩こうなんて思いましたね?」

「お屋敷が退屈なのよ。顔見知りもいないし」


 先に出されたお酒をクイッとあおり、キサラさんが愚痴ります。


「ならばいっそ、こちらから西洋に溶け込んでやるか、と思ったんだけど。結局日和っちゃった。あたしがあんたたちに声をかけたのも、そっちのソナエちゃんだっけ? あんたが東洋人だからよ」


 我々も、まさか東洋のお姫様からナンパされるとは思っていませんでした。


「えっと、婚約者さんに逃げられたとかで」

「ええ。相手はいろんな本で勉強したとかで、エリート街道より、フリーランスで一からやりたいって願望が湧き上がっちゃったみたいなの」


 かなり、影響力の強い本のようですね。


「本を書いたやつも、無責任に持論を発表したわけじゃねえ。どんな本でもそうだが、活用できるかどうかは、読んだ相手の捉え方次第なんだ。本に罪はねえよ」


 ソナエさんも、キサラさんのお酒に付き合いました。


 たしかに本は読者次第で、活用法は様々に変化します。


「ただ、読んだ相手が問題のある人物なら、曲解してしまう。自分の適性もわからず、ただ振り回されちまう。自己成長としてアリだが、周りを振り回すのは勘弁だな」


 グチり合っていると、オーダーの品がやってきましたよ。


「ああ。いい香り」


 少量のライス、卵焼き、


 お味噌汁は、ネギしか入っていません。


「根深汁だ! わかってんな店主」


 お酒を飲む方たちのために、太いネギだけのお味噌汁を出したようです。


「いただきます」


 お味噌汁をすすりました。


 これは……罪深うまい。


 優しい味です。具材がネギ一本だけなのに、複雑な味わいがありますね。


 卵焼きには、ノリが入っています。独特の甘みがあって、さいこうですね。


「これは、お豆腐ですか?」


 前に、シスターエンシェントに連れて行ってもらったお店では、ヒヤヤッコなる、冷たいお豆腐が出ました。これは、湯気が立っています。おまけに、お肉がわずかに見えますね。ゴボウもあります。


「肉豆腐だ。うまいぜ」


 なんのためらいもなく、ソナエさんは箸を入れました。


 わたしも、それにならいましょう。


 罪深うまい!


 こんな世界があったとは。お味噌汁のお豆腐とも、ヒヤヤッコとも違う、お出汁の味です。


 さて、極めつけの鮭です。


 ああもう。罪深うまい。


 ライスに合う、絶妙な深みです。塩加減が強めですね。


「そのまま食べても美味しいのでしょうけれど、これは、このためのお塩でしょうかねえ」


 わたしは、ライスの上に鮭の切り身をのせました。そこへ、お茶を注ぎます。


 文句なしに罪深うまい。


 これですよ。やはりここは。お茶漬けにしたことで、塩がライスの中へ溶け込んでいます。


「わかってるじゃないか」


 ソナエさんも、同じようにサラサラとお茶漬けにしていました。 


 いやあ、これが東洋の食事なんですねぇ。


「ところで、こちらには何の用事で?」

「人を探しているの」

「婚約者さんを、連れ戻しに来たんですか?」

「違うわ。アイツが一目惚れしたって女を、たたっ斬りに来たのよ」


 あなたが叩き切ろうとしている人は、もしかするとわたしの隣にいる方ですか?

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