東洋の姫をおもてなし

 その女性は、キッチリとした着物に身を包み、佇まいもタダモノではないですね。

 本人は町娘風を気取って、容易に手に入る生地を着物に使っています。が、まるで大物感を隠しきれていません。

 とても、人に頼みごとをする態度ではありませんが。


「この辺りに、東洋風の料理を出す店がオープンしたと聞いたんだけど?」

「一介のシスターが、近隣のお店などに詳しいと思いますか?」


 やや棘のある言葉で、返してみました。


 まあ実際、シスターは教会にこもっている人は多いです。


「挑発? ムダよ。歩幅と筋肉の付き具合で、わかっちゃうんだから。二人とも、冒険者でしょ? そのシスター服だって、そっちのノッポちゃんは着慣れていない。おおかた変装でしょう」


 むむう、鋭い観察眼ですね。狙われてもおかしくないのに、オシャレな着物で堂々と独り歩きしているのも、うなずけます。


「護衛の方は?」

「まいてきたの。庶民の食べ物が欲しいっていったら、ダメって言われたからノシてきた」


 護衛より強いとは。侮れませんね。


 ふむ、お店と言えば。


「あ、さっき聞きましたね」

「地図ももらったよな?」


 ソナエさんが、メモをポケットから出します。


「いいわね。その店まで案内してよ。お礼はするわ。ごちそうしてあげる」


 図々しいとは思いましたが、ごちそうしてくれるならいいでしょう。逆らうと、力づくで来そうですし。


「こちらです」


 庶民メシをご所望ですか。


「あなたは何者ですか? 見たところ、とても町娘とは思えませんが」

「あたしはキサラよ。婚約者が海外逃亡したから、連れ戻しに来たの」


 物騒ですねえ。連れ戻すとか。


 しかし、だいたいの察しはつきましたね。

 おそらく彼女こそ……。


「婚約者がいらっしゃる。つまり、どこかの国の貴族様でしょうか?」

「そんなところよ」


 やはり、お姫様でした。


「でも、そこまでエライさんでもないの。ヨソとのパイプも少ないし」


 しかし、実家が成金趣味で豪華なものを飲み食いしたがるとか。


「だから、高級な料理に辟易しているの。街の食べ物にだって、おいしいものがあるはずよ」

「もちろんです。では、ご案内しますね。本来なら、港のお寿司屋さんにでも連れていけばいいのでしょうが」

「生魚が、あまり好きではないの」


 でしたら、海鮮丼も候補からはずれますね。


「お酒は?」

「たしなむ程度には。強いお酒や、ガッツリ知識が必要なものはダメね」


 では、ソナエさんとは話が合いそうですね。


「こちらのノッポ……ソナエさんは大酒飲みですので、お酒のチョイスはそちらにおまかせします。わたしは食事の方を」

「いいわね。値段は遠慮しないで。せっかくのご縁だもの」


 口は悪いのですが、悪人ではありませんね。


 おっ、ここです。


 いかにも、街の食堂という感じですね。雰囲気が出ています。

 料理は一品の他に、おそばなども出してくれるようですね。

 庶民派ですが、どっしりとした店の面構えです。想像以上でした。


「グッと来るわね」

「これは、いい酒が飲めそうだ」


 引き戸を開けると、また雰囲気がたまりません。木の香りがふわっと漂ってきます。そこに混ざって、ライスの炊きあがった匂いが。


「はあ。これはいいわね」


 キサラさん、深呼吸をはじめました。


「いらっしゃい」


 角刈りの大将が、頭を下げてきます。


「個室ってあるかい?」

「こっちですよ。どうぞ」


 さすがに異国の姫様をカウンターに座らせるわけにはいきません。ソナエさんが気を使ってくれました。


 仕切りのある席へ、腰掛けます。


「ご結婚が近いのですね?」

「そう。婚約者とも、ミエミエの政略結婚なの。だから嫌がられちゃって」

「あなた自身は、お相手をどう思われているのです?」

「もちろん好きよ。相性はいいと思う。どっちもグータラだし、『共に暮らしているだけでも、経済が回る』って言われているわ」


 ならば、何も問題はなさそうですね。


「ただ、本人のプライドの問題ね。でも、相手は『無能な働き者』だから」


 おっしゃるとおりで。

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