魔王ドローレス

 あの太った身体は、魔族たちから身を隠すための擬態だったのです。魔力まで消して、見事な用意周到ぶりでした。ほんとに騎士団の救援が必要だったのかと思うくらいに。


「それとも今は、『魔王ドローレス』とお呼びしたほうがいいでしょうか?」


 わたしたちに歌と武術を教えていた女性は、魔王だったのでした。


 シスター・ローラは仮の姿、シンガーという肩書もウソでした。



 彼女は、魔王【ドローレス・フィッシュバーン】だったのです。



 すべてが終わってから知った話ですが。


「よしなよ。あたしはもう、魔王業務なんて引退したんだ。これからは、気楽に生きるのさ」

「毎日、お気楽ぐらしじゃないですか」

「といっても、今のあたしはオケラ同然だよ」


 ポケットに手を突っ込んで、ローラ先生は中身を見せびらかしました。本当に銅貨一枚もありません。


「あの高級車は、なんですか?」

「なんですかって……足じゃん」

「まったく。そんなことをしているから、お金がなくなるんですよ」


 わたしは呆れます。あれだけの功績をあげた魔王だというのに、まだお金が足りないというのでしょうか?


「あなたのような方は、世間だと『隠居』というのです。おとなしくなさってくださいよ。なんのためにわたしたちが、必死であなたの力を封印したと思っているのです?」

「わーかってますって。ありがとうな、あんときは」


 彼女は退屈な魔族のボス業務を引退をするために、一芝居うったのです。


 魔族共の目の前で、我々に自分の力を封印させることにしたのでした。


 おかげで、魔族は人に過干渉しなくなりました。


 彼女は魔族界隈で発言権を失っています。財産もすべて没収となりました。


「子どもがいればなー。全権を譲ってあげたんだが」


 残念なことに、魔族王には子どもがいませんでした。

 親類や後継者候補は全員、血の気が多い。

 そのため、将来的に人間族との衝突は避けられない所まで来ていました。


 そこで、ドローレスは自分をわたしたちシスターに倒させたのです。


「人間を騙して貶めて辱めるはずが、返り討ちにあった」と装って。




「相変わらず、まわりくどいんですね、あなたは」

「なんでさ? 楽しいじゃん」


 たしいて悪びれもせず、魔王ドローレスはポテチを頬張りました。

 食べカスが、地面にボロボロ落ちています。

 この食べグセの悪さは相変わらずですね。


「周りの迷惑なんですよ」


 わたしもポテチを一袋つまみます。


「でも、そのおかげで人類は魔族と争わなくて済んでる」

「それは、否定しませんが!」


 そうすることで、人間を侮りまくっていた魔族たちは震え上がりました。「関わるとロクなことがない」と悟り、人間への襲撃をやめたのです。


「人類と文明を滅ぼして、再起を図る」といった魔族たちの作戦は、魔王ドローレスのタヌキ芝居と我々教会との協力のおかげで頓挫しました。


「でも、誰も何も知らないで暮らしている。あんたの方こそ、いいのかい? すごいことをやりとげたってのに」

「平和が一番です」

「その平和は神がもたらしたってんなら、良い宣伝になるじゃねえか」


 わたしは、首を振りました。


「たしかに、信者は増えるかも知れません。しかし、それだと神は万能だと信じ切って、誰も努力をしなくなります。神様に頼んだら、なんとかなるだろうと。あなたのように」

「だな。あたしは確かに、あんたらの神様ってのに頼りすぎた」

「そうですよ」


 我々は、人を導くことはできても、救済はできません。困難には、自分で立ち向かわねば。


「そのあんたが、あたしの影響で世俗にまみれているのは、なんとも面白いがな」

「わたしは、煩悩とは戦わないと決めたんですっ」

「なんだ、あたしと一緒じゃん」


 ローラ先生は笑います。


「世界があんたみたいなのばっかりだったら、世界は当分平和になるかもな」


 去りゆく先生の背中を見守りながら、わたしも先生の長所も短所も受け継いでいるんだと思いました。 


 そんな言葉を言えば、あの元魔王は調子に乗るでしょう。


 だから、言葉を袋ごと丸めてクズカゴへポイするのです。

 ポテチ一袋を食べ尽くした後で。


(ポテチ編 完)

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