縁日は、罪の味 ~屋台のハシゴ~

リンゴアメは、罪の味

 わたしは今、お祭りに来ています。


 右の屋台から、おしょう油の焦げた香りが漂ってきました。左からは、お砂糖を溶かしたアートが売られています。


 東洋だと、お祭りの日はこうやって祝うのだそうですね。


 しかし、わたしはまだ動けません。目の前で、小さい少年が泣いているからでした。


「よしよし、いい子ですねー。ご両親もきっと探していますよー」


 迷子の頭をなでて、励まします。


 教会の指示で、迷子をあやす係を任されています。でも、なかなか泣き止んでくれません。こんなとき、どうすればいいのでしょう?


 わたしはお乳も出ませんし、親戚も子どもが少なかったので、トラブル解決にあまり詳しくないのです。


 幼稚舎の子たちも、手がかからなくていい子ばかりですから。


 わたしなら、食べ物さえくれたらすぐに泣き止む子でしたね。


「どうしましょう……すいませーん」


 テントにいる青年団さんの方を呼び出します。


「この子に、リンゴアメを」

「うっす」


 青年団にたのんで、リンゴアメを買ってもらいました。


「ありがとうございまーす」


 いい色です。月明かりに照らされて、キラキラと光っていますね。


「はい、どうぞぉ。落とさないように気をつけてください」


 リンゴアメをあげると、子どもは多少おとなしくなってくれました。


 これで、ひとまず安心ですが。


 いいですよね、リンゴアメ。あのてっぺんのお皿が、一番美味しいんですよね。パキッといい音を鳴らしています。


 なんと、少年がわたしにリンゴアメを差し出します。「くれるんですか?」と聞くと、少年はうなずきました。


 親切な子なのかなと思ったのですが、単にわたしが物欲しそうにしていたからかも知れません。ダメですね。まだまだ修行が足りません。


「じゃあ、ひとくちだけいただきますね」


 ほんの少しだけ、かじらせてもらいます。



 ああ、罪深うまい。



 フルーツの酸味と、アメの甘みと堅さが絶妙にとろけ合って、これぞ夏という食感です。


「ごちそうさまです。あとは好きなだけ食べてくださいね」


 さすがに、一口が大きすぎました。これ以上はいただけません。


 親御さん、まだですかねえ。


 リンゴアメが棒だけになりそうになったそのとき、動きがありました。


「あ、おっかさん、こっちですぜ」


 ミュラーさんの声がしました。親が、迷子に駆け寄って抱きしめます。


「ありがとうございました」と、親御さんがペコペコ頭を下げました。

「いえいえ。見つかってよかったですねー」


 わたしはミュラーさんと、迷子だった一家を見送りました。


「こんばんはミュラーさん。ご協力感謝します」

「よかったな。ちょうどいいタイミングで、女性が子どもを探していたんだってよ」

「ありがとうございます」

「浴衣、よく似合ってるじゃねえか」


 ミュラーさん一家が、全員浴衣でお出迎えです。奥さんと、六歳のお嬢さんです。


「よかった。見てください、金魚柄の浴衣ですよ」


 子供っぽいですが、「一番わたしらしい」とエマに着付けてもらいました。


「こんばんはー、しすたー」

「はい。こんばんは。おりこうさんですね」


 わたしは、ミュラーさんのお嬢さんをなでました。

 お嬢さんは「ふふー」とされるがままになっています。


「お前さんは、店を回らないのかい?」


 現在、わたしは教会が建てたテントの中で待機しているのでした。 

 教会が総出で、幼稚舎の子どもたちを引率しています。このお祭り名物の、花火を見るためです。


「わたしは警備担当なのですが、とくに危なげはない、といわれまして。迷子センター担当に」


 結果、教会とは別行動ということになりました。一応、何かあったら連絡すると言われましたが、ひとりでも大丈夫でしょう。シスター・エマやみなさんもいますからね。


「悪いな、オレたちだけで楽しんじゃって」

「いえいえ。わたしだって後で目一杯遊ぶ予定ですよ」

「そっか。またな!」


 ミュラーさん一家が、手を振って縁日の雑踏へ消えていきました。

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