第944話、氷大陸の世界樹
アドヴェンチャー号は、氷に覆われた大陸を目指して、海上を飛んでいた。
俺はキャプテンシートに座り、操縦席にはアーリィーがついていた。……お姫様に操縦桿握らせるとか、ちょっと考えたら驚きだよな。ま、彼女の趣味だからね。
「でもジン、どうして北の大陸遺跡なの?」
不思議そうに言うアーリィー。俺はコンソールを操作して、スクリーンに世界地図を表示させた。
「氷大陸は大帝国に近いからね。一度交戦となったら、大規模な増援が早く送り込まれる。そうなる前に、さっさとケリをつけたいのさ」
「なるほど」
「SS諜報部によると、大帝国もすでに調査隊と護衛部隊を派遣している」
観測機と偵察ポッドが現地の映像を報告している。遺跡があると思われる場所、氷の大地を、大帝国の地上部隊が捜索している様子が映される。
アーリィーが「わぁ」と声を上げた。
「結構、数が多いね」
複数の天幕が立てられベースキャンプとなっている。外にいる人間だけで千人以上はいるだろう。
他に魔法文明兵器のフリゲートや戦車が護衛についている。大帝国軍は地下に遺跡があるだろうと推測しているのか、穴を掘ろうとしていた。
「こっちは、遺跡までの地下通路を知っているからね。そのまま世界樹まで直行さ」
連中が一生懸命、遺跡の場所を探している間に、こちらは最短ルートで先回りだ。
「でもさ、ジン。確かにここの遺跡って世界樹の根元は海の底じゃなかったっけ? アドヴェンチャー号って潜れるの?」
「浅海なら大丈夫だ。でも、問題ないよアーリィー。アレティが世界樹から下の遺跡へ行くルートを知っているから」
俺は、航法席についている銀髪少女へと視線を向ける。彼女も振り返った。
「はい、お父さん。世界樹には地下と行き来する転送陣がありますから、この船でも中に入れます」
そう、海に潜らなくても、中に入れるとさ。
以前、リーレと橿原が調査した時は、おおまかにしかわからなかったが、世界樹の位置を特定してくれただけでも上出来だ。
流氷を避けながら、アドヴェンチャー号は海面近くを飛行する。
「あ、見えてきた」
氷大陸の海岸線。断崖のようになっているそれに、巨大な洞窟と思われる穴がひとつ。
「人間サイズ、いや魔人機でも大きい穴だけど、アドヴェンチャー号だとシビアだよね」
「自信がないなら、代わろうか、アーリィー?」
「ボクだって戦闘機パイロットだよ。峡谷を猛スピードで突っ込むのと比べたら、平気平気! ……だと思う」
最後、ボソッと不安になること言った? 俺の嫁が曲芸飛行の名手を自称する件について。
「……アーリィー?」
「行くよ!」
アドヴェンチャー号はスピードを上げる……ことなく、むしろ下げて、浮遊魔法による飛行に切り替えると、断崖の穴へと侵入した。
速度を落とせば、揚力を失って落ちるのが普通だが、浮遊石搭載航空機は、基本的に『墜落しない』。故に、小型飛行艇にとっては窮屈な洞窟内も、安全操縦で切り抜けることができるのだ。……それでもギリギリな箇所も少なくなかったけど。
「神業!」
「褒めても何もでないよ」
とか言いながらも、照れるアーリィーさん。氷と岩の洞窟をアドヴェンチャー号は飛び抜ける。低速とはいえ、彼女の度胸と操縦の腕は真に優秀だ。照明で前方を照らしていても、接触しないかヒヤヒヤものだ。
ガンっ、と接触音が響いた。コンソールについているSSメイドのヴェルデが事務的に報告した。
「右舷、シールドが接触」
「じゃあ、当たってないね」
アーリィーが返した言葉に、コクピットの全員の視線が、俺も含めて彼女に集中した。
「……シールドが当たったんなら、船体には当たってないよ。そうでしょ?」
船体を守る魔力のシールドは、数十センチほど離れて、その保護膜を展開している。
「ああ、確かに、『船体には』当たっていない」
俺は苦笑した。
「で、他に何かあるか?」
「いいえ、何もないよ」
アーリィーは操縦に集中する。……果たして防御シールドがなかったら、もしかしたら接触していたんじゃないか? そうは思ったが、黙っていた。
蛇のような一直線の空洞を進み続けたアドヴェンチャー号は、やがて広い空間に出た。
「……世界樹だ」
氷色の葉を茂らせた大樹、その上の部分が海面から出ている。だがそれ以外は、海の中に没している。これで一万年とか数千年も腐ることなくここにあるって、考えようによっては恐ろしいね。
ともあれ、目標としていた地点に到着した。
「アレティ?」
「誘導します」
席を立った銀髪少女は、操縦席のアーリィーのもとへ。そこから見える景色に目をやり、そして指さした。
「あっちへ」
「了解」
アドヴェンチャー号は、世界樹の枝葉の間をすり抜け、地下への転移陣へと移動するのだった。
・ ・ ・
枝葉を抜けた先に、プラットフォームがあって、そこに着陸したアドヴェンチャー号。外に出たアレティが、操作端末を見つけた数秒後、俺たちは建物内と思われる構造体の中にいた。
転移陣である。さすが魔法文明。
船を降りて、ポータルで後続の回収部隊を呼び寄せる。ダスカ氏、ユナとオリビア近衛隊長とSS兵の一団が浮遊バイクやデゼルトⅡ型兵員輸送車でやってきた。
「何もないとは思うが、警戒してくれ」
俺は指示を出す。アレティを見れば、彼女は近くのアクセス端末を操作していた。
「お父さん、この施設、まだ生きてる」
「見取り図は出せるか?」
「うん」
魔法文明時代の機器を、アレティは難なく操る。キーボードの形が、機械文明時代の角型じゃなくて、三角と丸が多様されたデザインである。アーリィーやダスカ氏も、ホログラフィック状に表示されたマップを見つめる。
「これは七号島だね。工場施設より、居住区画が広く取られている島」
アレティは、マップを指さす。
全体的なシルエットはグレイビーボート――カレーのルーを注ぐソースポッドみたいな形をしている島だ。注ぎ口のような形の細い部分を前とするなら、世界樹は後ろ側に立っている。
「制御施設は、先端と世界樹のちょうど中間の、この出っ張った部分。軍港や軍関係の施設は前の部分に集中してる」
「かなり距離がありますね」
ダスカ氏が、世界樹の大きさから全体の大きさを推測して言った。たぶん、ここから十キロくらいはあるんじゃないかな。
「大丈夫です。施設内には軍用の転移陣が複数あります。キーカードがあれば、さほど時間はかかりません」
アレティの言葉は頼もしかった。俺はリーレから預かったキーカードを手に持った。
「それじゃ、まずは転移陣のある部屋へ移動しよう」
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