第721話、ウィリディス艦隊、猛攻


 ばらけて落伍、転進した敵艦を叩け――その命令は、高空待機中のトロヴァオン戦闘攻撃機隊のマルカスのもとにも届いた。


 いよいよ大帝国軍の空中艦を攻撃する。ここ一ヶ月、帝国軍と戦ったことは何度かあるが、今回は故国の防衛。熱の入りようが断然違った。


 故郷のヴァリエーレ領、父や兄一家の顔が脳内をよぎる。そして愛するクロハの笑顔も。操縦桿を握る手に力がこもる。


 無慈悲な破壊と支配を繰り返す大帝国。最近、それを嫌というほど見てきた。連中に国土を踏み荒らされるわけにはいかない。大切なものを奪わせはしない!


「トロヴァオン・リーダーより各機、攻撃スピードへ!」


 エンジンを唸らせ、12機のTF-3トロヴァオンが高高度より急降下する。第一航空戦隊の旗艦『ドーントレス』から、攻撃対象の指示が来る。……東へ艦首を向けている敵艦が3隻。


「ミサイルで先制する。小隊ごとに一隻だ」


 マルカスの指示に、各機より了解の返事が来る。近衛の新人パイロットたちもそれなりになってきている。……当のマルカスとてトロヴァオンに乗って一年も経っていないのだが、すでにベテランである。

 士気は旺盛。やはり皆、マルカス同様、故国の敵に戦意を燃やしているのだ。


 今回、トロヴァオン以下、各戦闘機は、空中艦が標的とあってASM-1――空対艦ミサイルを積んでいる。搭載コア『ナビ』が目標の敵クルーザーにロックオンを告げる。


 ――上から攻撃されると思ってないだろう? 喰らえ!


 操縦桿のボタンを押し込む。胴体ウェポンベイに搭載された空対艦ミサイルが機体から離れる。

 ミサイルは敵Ⅰ型クルーザー――上からみたトカゲみたいなシルエットの艦艇、その直上から降り注いだ。


 艦橋の天井をぶち抜いたASM-1が爆発。さらに後続機が放ったミサイルが艦尾のプロペラ推進機や、うっすらと煙を引いている煙突をもぎとり、破壊した。


 爆発、炎上の煙を上げる敵艦。たちまちクルーザーとコルベットが漂流、または爆沈する。


 さて、次は――マルカスは視線を巡らす。


 青い光が瞬く。アンバル級クルーザーが縦横無尽に暴れ回り、帝国艦を沈めているのだ。

 それだけではない。先ほどより爆発が増えている。おそらく他の航空隊も艦隊より脱落した敵艦を掃討しているのだ。


 ベルさん率いるドラケン中隊や、装備を変えて、いかにもウィリディス機らしいシルエットになっているゴースト戦闘機が対艦ミサイルで敵空中艦を葬っている。


 帝国艦は対空装備が貧弱だから、ウィリディス戦闘機にまったく手も足も出ない。飛竜撃退用の速射砲は機敏な戦闘機をまったく追尾できずにいる。下からの攻撃に対応するべく強化された装甲も、艦の上面や側面からの攻撃には無意味だ。


 大きければ強いというものではない、とはいえ、こうも一方的に航空機側が優勢とは……。マルカス自身、驚いている。やはり武装とそれを正確に当てる照準システムの差なのだろう。


『こちらドラケン・リーダー』


 魔力通信機からベルさんの声がした。


『敵艦5隻、撃沈だ。……「ドーントレス」、次の標的はどいつだ?』


 攻撃目標の催促らしい。さすがベルさん、その敢闘精神には恐れ入るマルカスだった。



  ・  ・  ・



 第五空中艦隊、旗艦『ディリー』――


 ドー中将は、今の状況を受け入れられずにいた。


 敵襲の報告を受ける前に、爆発音と衝撃波でベッドから飛び起きた。それが複数起これば、何やらおかしなことになっていると察することはできる。

 伝声管で艦橋を呼べば、『正体不明の空中艦から艦隊が攻撃を受けている』との報告を受けた。


 戦闘配置の警報が艦内に響き渡り、慌てて軍服に袖を通したドー中将は艦橋に上がった。だがガラス窓の向こう、夜空に火球がいくつも浮かぶのを見て驚愕することになる。


「いったい、何だと言うのだ……!?」

「司令、敵のクルーザーが複数確認されております!」


 艦隊参謀のひとりが、興奮気味にまくしたてる。


「恐ろしく速く、こちらの迎撃がまったく追いつきません!」

「ヴェリラルド王国にクルーザーだとッ!?」


 そんな話は聞いていない――と言いかけ、ふとどれくらい前だったか、西方方面へ艦隊が派遣された頃に『ヴェリラルド王国に空中艦が存在する可能性あり』の報告を目にしたことを思い出した。


 眉唾だと相手にしなかったが、まさかこれがそうだと言うのか。


「司令、艦隊が敵艦により統制を失いつつあります。すでに半数の艦が撃沈、もしくは戦闘不能で脱落しております!」

「は!? 半数……!?」


 ただの一隻とて沈められたことがない空中艦がまさか……。80隻近い大艦隊が、少数の敵に半分もやられたというのか!


「信じられぬ!」


 閃光が走った。また味方のクルーザーが爆沈したのだ。闇夜を駆ける青い光が、大帝国の誇る空中艦を葬っていく。


 伝説に聞く、空を飛ぶ大竜の仕業ではないか、とドー中将は喉をならした。空中艦とは思えない超高速航行。ヴェリラルド王国に空中艦うんぬん以前に、あれは本当に空中艦なのか?


「ええーい、主砲は何をしておる! あの敵を攻撃せぬか!」


 声を荒げるドー中将に、砲術参謀は背筋を伸ばした。


「恐れながら、あのような高速で動く物体を、本艦の30センチ砲は追尾できません! 狙って当てるどころか、そもそも狙うことすらままなりません!」

「ぐぬぅ、本艦の主砲は飾りか!」


 怒鳴るドー中将だが、砲術参謀も答えることができない。

 対地上標的を狙うなら、戦艦の主砲は強力な武器である。しかし空の物体を狙うのはまた別の問題だ。


「主砲が使えぬなら、副砲や速射砲で応戦すればよいだろう!」

「……はっ」


 それは敵艦がこちらの有効射程に入り、なおかつ向かってくれば、の話だ。今はまだ護衛艦が旗艦の周りを固め、敵も容易にこちらには来ていない。


「第十五巡洋戦隊、全滅!」

「コルベット『スカルツ』より信号。『ワレ、機関損傷、航行不能!』」


 飛び込んでくる報告は味方の損害ばかり。敵艦にダメージを与えたとか、その手の知らせはまるでない。じりじりとドー中将の胸を締め付ける圧迫感。自然と両の奥歯を噛みしめる。


 このような報告、いったい本国の誰が信じるというのか。無敵空中艦隊が、ちっぽけな西方国の空中艦によって大打撃を被ったなど。

 もしこのまま戦果もなく引き返せば、自身の首が物理的に飛ぶだろうことはドー中将にも予想できた。


 だが有効な手が打てずにいる。このまま艦隊が全滅するまで進み続けるのか――!


 進撃続行か、転進か。

 決断できずにいるドー中将。その艦橋に新たな報告が飛び込む。


『前方下方! 新たな空中艦らしきもの! 雲の下から浮上してくるっ!』


 飛び出してきたのは、大帝国空中戦艦にも比肩する巨大な艦艇。さらにその随伴と思われる艦が数隻現れると、青い光弾と煙を引く飛翔体を発射した。

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