第144話、アーリィーの気持ち
「どうして……そんなことを聞くのかな?」
アーリィーが視線を俯かせた。
何故、王子を演じているのか――そりゃ、できれば触れてほしくない話題だろうことは想像に難くない。
「大事なことだからな」
俺は近くの椅子に座った。正直、話しづらいけど――
「君を殺そうとした奴の動機が、そこにあるんじゃないかと思ってね。今後のためにも、知っておきたい」
「……」
「もちろん、他言はしない」
国家機密だからな。
アーリィーの表情は暗い。やはり人に話したくない事柄なのだ。いつもなら、触れずにそっとしておいてあげたいが……今回はそうも言っていられない。
何せ、彼女自身の命が掛かっているから。
ちら、と俺のほうを見るアーリィー。こっちが真剣に見つめるものだから、居心地が悪そうではある。だが、ここは引かないぞ。
沈黙。
気まずい空間。俺は長居する気満々だから、すでに椅子に座っている。ベッドに座っているアーリィーは、しばし黙り込んでいたが、やがて小さな溜息をついた。
「ボクは物心ついた時から、王子で、でも女の子だった」
そのヒスイ色の瞳は、ここではないどこかを見ている。
「男のフリをすること。自分が女であることがバレないようにしないといけない。そう教えられて、それをずっと実践してる」
つまり、物心ついた時から、今と同じだったということか?
「……ボクは、中途半端なんだ」
アーリィーは呟くように言った。
「女なのに、王子で。父上からそうするように強制され、本当の自分を隠したまま生きてきた。それはこれからも……」
ふらっ、とベッドに倒れ込む彼女。
「ボクが生まれた時、『男の子が生まれた』って国中、大騒ぎだったらしいよ。後継者の問題が解決したって」
「……男の子だった?」
「ううん、ボクは正真正銘、女の子で間違いないみたい。でなければ――」
「でなければ?」
「『男の子に生まれれば』なんて言われないでしょう?」
確かに。男の子に生まれて、何らかの理由で女の子になってしまったのなら、『男の子に生まれれば』とは言われ方はしないだろう。
初めからアーリィーが女の子として生まれたからこそ、そう言われるのだ。じゃあ何故、男の子が生まれたなんて話になったんだ?
もしかして、同時期に男の子が生まれて、でも何らかの理由で死亡し、その身代わりにアーリィーが当てられたとか? いや、それなら別に普通に死亡として公表すればいいか。
「父上はボクのことが嫌いみたい……」
アーリィーの言葉に、俺は思考から引き戻された。
「ボクが女だから。男の子じゃないから。……きっとその扱いに困ってるんだ。だから中途半端」
王位継承権は第一位。でも女だから、他の女性と婚約しても子供は産めない。後継者ができない。王族にとって、跡取りがいないのは致命的問題だ。
男に生まれていたら。
すでに婚約者がいて、次の王として準備が着々進められていたことだろう。
だが現実は、後継を作れないことが確定してるが故に、すんなり王になる用意もできない。
エマン王はアーリィーの扱いを決めかねている。……彼女はそう思っているようだが――アーリィー、その父上は君を排除することを決めたんだよ。
もちろん、それを口にするのは憚られた。事実を知らない故に、将来に対する不安に苛まれ、アーリィーは苦しんでいる。
……これ、アーリィーが生まれた頃は、まだジャルジーが自分の息子だって王もわかってなかったんだろうな。
いつ知ったか知らないが、ジャルジーが自分の血を引く男子だとわかったから、アーリィーの処分を決めたのだろう。彼女が生まれる前にわかっていれば、もしかしたら王子を演じることもなかったのかもな。
「ボクが男として生まれていたら、こんなことにはならなかった」
アーリィーが自身の目元に触れた。自分ではどうすることもできないこととはいえ、悔しいのだろう。つらくて、悲しくて。
「君が男として生まれていたら……」
俺は手を伸ばしてアーリィーの頭を撫でた。
「友人になれたかもだけど、ここまで何かしようとは思わなかっただろうな」
「……ジン」
すっとアーリィーが俺の手をとった。
「女の子でいい?」
「最高」
「ふふ、ボクが女の子でもいいって言ってくれるのは、君だけだよ」
「もったいないな。アーリィーは美少女なのに……」
「やめてよ、恥ずかしい……」
顔を真っ赤にするアーリィー。そういう顔をされると、ちょっとからかいたくなるんだね。
「さぞ、モテただろうなぁって思う。いや、どうかな。今でもご婦人方に人気があるんじゃないかな」
「意地悪」
小さな笑いが、室内にこだました。
「ほんと、お父様はこれからボクをどうするつもりなんだろう? せめて方針というか、どうするのか教えてくれれば少しは不安が和らぐのだけれど」
言えない。マジで。
「父親には聞いたことある? どうして王子をさせられているのか」
「聞けないよ」
アーリィーは拗ねたような声を出した。
「子供の頃は聞かないようにって周りからも言われたし、教えてくれなかった」
その周りも多分知らないんだろうな、本当のところは。ビトレー氏の例もある。
「最近は疎遠と言うか、よそよそしいし。以前その話題を出した時は『考えている』と怒られちゃったから、今は聞くに聞けない感じ」
「そっか……」
結局、アーリィー自身は、王子を演じさせている理由を知らなかった。
それじゃあ、次の質問だ。
「アーリィーは王様になりたい?」
「え……?」
唐突だったのか、アーリィーの目が点になった。俺は付け加える。
「王位継承権では君が次の王なんだろう? このまま何事もなければ君が王を継ぐことになる」
「……そうなんだけどね」
アーリィーは神妙な表情になった。
「わからない。父上がどうしたいのか、それ次第だと思うし」
「なれるなら、なりたい?」
「……別に。ボクが男の子だったなら違ったかもしれないけど、今のボクは、王になりたいとは思わない」
むしろ――アーリィーは俺に上目遣いの視線を寄越した。
「ボクは王位よりも、ジンと一緒にいたいな」
「お、おう。光栄だね」
ちょっと予想外のコメントだった。とにかく、アーリィーは王様になる気はない、ということで。
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