第139話、登校拒否?
「魔法騎士学校に戻れって……」
アーリィーは小さく首を横に振った。
「ボクは一応、ルーガナ領の領主なんだけど」
俺はアーリィーの私室にいた。自身の暗殺事件、ブルト隊長の死から、少しずつ立ち直りつつある王子様である。
「代理に任せてこいってことなんでしょ」
俺は苦笑した。
「自分の領を放っておいて、王都で遊んでいる貴族だっているだろう」
「……戻りたくない」
「学校は行っておいたほうがいい」
まさか俺が、親に言われた言葉を口にする日が来ようとは。
「俺も、普通の学校なら行きたくないなら行かなくてもいいと思ってる。だが君は王子だ」
「女の子」
拗ねたようにアーリィーはそっぽを向いた。立場はわかっているはずだが、それでも禁じ手同然に性別を持ち出すのは、本当に行きたくないのだろう。……ああ、可哀想に。
「『王子』様が学校に行かないと、いろいろまずいことになる」
「王族の体面が、とか、王子らしくないとか、そういう話でしょ」
うんざりしたようなアーリィー。だがその認識は甘いぞ。
「そうではない。王命なのだから、それに逆らうのは反逆の疑いを掛けられる。反抗期と言えば親子ゲンカみたいだけど、王族がそれをやるとガチで戦争になることもあるから、オススメしないね」
俺はそっと窓の外を見やる。
「せっかく復興した町が、王都軍に焼き払われるかもしれない」
「そんな……」
アーリィーは言葉を失った。
「イヤだよ、そんなの」
「ただでさえ、一度反乱が起きたルーガナ領だからな」
かつてはミスリルで栄えた領地だった。今はその資源が枯渇したことは王都にも伝わってはいる。
「もしかしたら、また新たなミスリルが見つかって、それを独占しようとしているかも、と疑いを持たれるかも」
「証拠はないじゃん」
「まあな。だが想定よりも復興が早いのも事実だ。疑われてもしょうがないさ」
まあ、実のところは、君の父上が、殺す機会を窺っているんだけどね。領うんぬんはともかくとして。
だけど、それをアーリィーに告げるのは憚られた。ただでさえ、彼女を支える人材が少ない時に、実の父が暗殺を企てたなんて言えるわけがない。
ショックのあまり、寝込むならまだマシなほう。最悪、自暴自棄になって自ら命を絶ったり、ガチで反乱起こしたりとかされかねない。
アーリィーのためにも父親である国王の件は、何とかしないといけない。敵は倒してしまうに限るが、相手が一国の王ともなると、そう簡単な話ではない。
王子様が男であるなら、次の王様ということですんなり収まる率も高かったのだが、アーリィーが実は女である以上、王になったらなったでその後の問題も山積みだ。
まあ、アーリィーが王になりたいって言うなら、多少の問題を無視して強硬策もありではあるが……。彼女の父親のことをどう思ってるんだろうな。普通に親子としての情があるだろうか。
「ジン……?」
「すまない。考え事をしていた。何だ?」
視線を戻せば、アーリィーは小さく頷いた。
「本当は王都に戻りたくないけれど、ルーガナ領が滅ぼされるのは嫌。だから仕方ないけど、戻ることにする」
「それが賢明だよ」
「代理はどうしようか? 任せられる人に心当たりが……ないんだよね」
ただでさえ、アーリィーの周りは人材不足なんだよな。
俺に上目遣いの視線を寄越すお姫様。俺に頼みたい、じゃないな。できれば王都に同行してほしいから、代官に任命したくないんだろう。可愛いやつめ。
「こっちで心当たりがあるから、それに任せるよ」
「誰? ボクの知っている人?」
「困った時のシェイプシフター」
俺は片方の眉を吊り上げてみせた。
「ちなみに、王都に行くと言っても、こっちにはポータルがあるんだ。昼間は学校、午後からはこっちで過ごすことはできるさ」
「そう……なの?」
ちょっとアーリィーの目元が緩んだ。王都にずっといなくていいと聞いて、少しだけホッとしたようだ。
「あと、まだ交渉はこれからだけど、俺も王都に行く」
「ほんと?」
あからさまに嬉しそうな顔になるアーリィー。わかりやすー。
「学校に話を通してからになるけど、俺も学校に通うことになる。近衛の護衛みたいなものだ」
「一緒に来てくれるの!?」
お、おう。サンタのプレゼントがもらえると聞いて喜ぶ子供のような反応だった。そこまで嬉しいの?
そういえば、アーリィーって性別のこともあって、人付き合いを避けているんだっけ。周りは王子様に好印象をもってもらおうとしているみたいだが、当の本人は心を許していない。つまり孤独に感じているわけだ。……そりゃ学校に行きたくないわな。
「でも、ジンが生徒になるってこと? 年齢は……」
「外見を変えれば問題はないだろう」
「外見?」
アーリィーはキョトンとした。
「化粧でもするの?」
「まあ、見ていろ。俺は魔術師だぞ」
ポンと自分の頬に手を当てて瞑想。二十手前の自分の顔を思い出すように想像して……。
「……どうだ?」
「……」
アーリィーが絶句してる。ヒスイ色の瞳を大きく開いて驚愕していらっしゃる。……そんな劇的に変化していないはずだが……。やばい顔になってる? ミラーの魔法を使ってと。どれどれ――
「ほう……。昔懐かしの我が顔よ。気分も若返ったような気がするな」
「ジン、なんだよね?」
恐る恐る手を伸ばしてきて、俺の顔をペタペタ触れるアーリィー。女の子に触られるのはドキドキするな。
「見てただろう? 姿が変わるのは」
そうは言っても、若返っただけでそこまで大きく顔が変わったわけじゃないぞ。二十頃なんて、もうほぼ大人のそれだし。
「これで、同じ教室にいても違和感はないだろ?」
「ない。凄いよ、ジン!」
アーリィーは声を弾ませた。
「そっか、同じ学校に通うのか……」
さっきまで学校に行きたくないって拗ねていたのに、この変わり様である。やっぱ、心細かったんだろうな、彼女にとって。
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