第127話、ラールナッハとザンドー


「なるほど――貴様はアーリィー王子を暗殺しようと刺客を送り込んだということか」


 領主屋敷の会議室。ラールナッハは、かつて前領主ルーガナ伯爵を殺めた席に座るザンドーを見つめた。


「それで、貴様に王子暗殺を命じたのは何者だ?」

「……」


 ザンドーは口を閉ざす。得体の知れない相手に、ベラベラと黒幕の正体を明かすことはしない。


「ふん、大方、ジャルジー公爵の差し金だろう」


 王位継承権を持ち、アーリィーを敵対視していたライバルの名前を出せば、ザンドーはピクリと目元が動いた。この反応は――思っていたそれと違う反応に、ラールナッハは鼻をならした。


「まあいい。……王子を暗殺しようとして失敗した。それで貴様は首謀者として逮捕されそうになった、そういうことだな?」

「……いい加減、そちらの正体を明かしてもらえないかな」


 ザンドーは不快そうに眉をひそめた。


「命拾いしたのは確かで、感謝もしよう。しかし、これ以上は素性のわからぬ者に軽々しく喋るものではない」

「なるほど。助けた分は喋るが、それ以上は有料ということか。何が欲しい? 脱出手段か? それとも亡命先か?」

「まず、あんたたちの正体だ」

「よかろう。私はラールナッハ。見ての通り魔術師だ」


 ラールナッハは近くの席に座った。


「国については明かせないが、とある国の諜報機関の所属と言っておこう」

「リヴィエルか? ノベルシオンか?」

「それについては、貴様の今後と協力如何だな」


 ヴェリラルド王国の隣国の名前が出たが、ラールナッハは否定も肯定もしなかった。勝手に勘違いさせておけ、である。


「だが私たちの目的は明かそう。この国の王子、アーリィー・ヴェリラルドの誘拐」

「王子の、誘拐……!」


 ザンドーは驚いた。王国の騎士ならば、自国の王子が他国へさらわれるなど驚いて当然ではあるが、仮にも暗殺しようとしていた男だろうに、とラールナッハは思った。


「先日から、我々はフメリアの町に潜入していたのだがね。攻撃を仕掛けるはずが、上手く行かなかった」


 魔人機部隊によるフメリア襲撃――それに呼応して行動するはずが、肝心の魔人機部隊がこなかった。


 確認したら、領内で逆に襲撃されて部隊は全滅したことが分かった。


「物事は思い通りにはいかないということだな」

「王子を誘拐してどうしようというのだ?」

「この国の混乱。せっかく手薄な辺境にいるのだから狙ってみたのだが、どうも上手くいかない」


 ラールナッハは腕を組んだ。


「どうだろう? お互いに王子を狙う者同士、協力しないか?」

「協力?」


 ザンドーは口元を歪めた。


「何が協力できるというのだ?」

「貴様は王子が消えてほしいのだろう? その望み通り、我々が王子を国外へ連れ出す」

「話にならないな、王子を殺す。それが条件だ」


 何故、殺害にこだわるのか? 外国に消えても結果は同じではないのか? ザンドーの中では、誘拐と殺害では意味合いが違うということか


 ――この期に及んで、王国の騎士であるつもりなのか。


 王子の暗殺を図った者として、もはやこの国にはいられないだろうに。まだこの国に忠義を尽くすとでも言うのか。


 王子が誘拐され、他国に利用されれば、王国にとってはダメージが大きい。それをよしとしないのは、彼に暗殺を指示したのは、公爵ではなく、王族の、つまり王子の家族か?


 誰だ?


 ラールナッハはこの国の王族の家系図を記憶から引っ張り出す。現国王エマン。そして妻――しかしアーリィーの母は病死している。他には姉と妹がひとりいた。


 アーリィーを亡き者にしたいと家族の誰かが考えるとしたら何だ? 後継者争い? それならば継承権があるのは、アーリィーの従兄弟であるジャルジーのみ。王子の姉妹には子供はいない。さらに、出世に絡むような異性との付き合いもない。


 しかし、公爵ならば、アーリィーが外国に誘拐されても困らない。むしろ自分に王位が滑り込んでくる可能性が高くなり万々歳であろう。


 もちろん、死んだほうが確実ではあるが、誘拐された王子のせいで国に被害が出たら、嬉々として王子を糾弾し、貴族らに自分がふさわしいと支持を得られる。


 ザンドーがそれがわからない無能とは思えない。王子暗殺などという重大任務を馬鹿には命じられない。


 彼は、誘拐ではなく、確実に殺せと厳命されているのだろう。


「……いいだろう」


 ラールナッハは頷いた。


 だが内心では、ラールナッハはザンドーの口にした条件とやらを守るつもりはなかった。


 これはおそらく王子を暗殺しても、王国の混乱はさほどないだろう。後継者が一本化し、すんなり事が運んでしまうのではないか?


 むしろ、王子を生かしておいたほうが、より引っかき回すことができると考える。


 ――どうせ、この男を生かしておかねばならない理由もない。


 ラールナッハは薄く笑う。近衛騎士と騒動を起こしていたから行き掛かりで助けただけで、情報さえ仕入れられば用済みなのである。



  ・  ・  ・



 という、ザンドーとラールナッハと名乗った男の会話内容を、俺はディーシーとシェイプシフターによって聞いた。


「なあ、サヴァル。ラールナッハって名前は知っているか?」

「いいや、知らない」


 殺し屋は首を横に振った。ベルさんが睨む。


「本当か?」

「本当ですって」


 手を揚げて嘘はついていませんアピールをするサヴァル。アーリィーとオリビアは深刻な表情のままである。


「ザンドーはボクを殺したいみたいだ」

「はい、万死に値します。唾棄すべき反逆者です!」


 実際に、そう言っていたのだから、もはや言い逃れの余地もない。こちらが戻るのを待ち伏せしているとして、それを躱す手立てはこちらで考えるとして――


「このラールナッハって奴……。十中八九、大帝国の魔術師だろうなぁ」

「「大帝国!?」」


 周囲の驚きを余所に、ベルさんも言った。


「攻撃を仕掛けるはずが……とか言ってたもんな。最近あった攻撃っていえば」

「魔人機を使った大帝国の特殊部隊」


 町に外部の人間が増えて、それに紛れて町に潜り込んでいたらしい。防諜対策、もっとしっかり……というのも難しいんだろうな。冒険者が絡むと。


 まあ、それはそれとして――


「とりあえず、この不埒者どもを成敗するか」

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