第55話、コボルトを利用しよう
「そ、それ、大丈夫なの?」
アーリィーが恐る恐るといった調子で言った。
俺は、ディーシーが生成したモンスター――コボルトを見やる。
コート鉱山に生息していたコボルトである。ドワーフ集落に行く道中で襲ってきた個体を、ディーシーが解析したものだ。
だからダンジョンの護衛として、魔力と引き換えに生成できるようになっていた。
「ディーシーの召喚獣だ。心配ないよ」
俺は王子様をなだめると、ダンジョンコアの少女に頷いた。
「じゃあ、やってくれ」
ズリ山を錬金術もどきで変換した鉄のインゴットを並べる。ディーシーがコボルトに『行け』と合図すると、ゴブリンにも似た蛮族亜人は歩み寄ってインゴットに触れた。
すると、ほのかに鉄のインゴットが光り、数秒も経たず水色の金属に変わった。
「ベルさん、どうだ?」
俺が問うと、黒猫姿のベルさんがそれを鑑定した。
「ああ、コバルトのインゴットだ」
しゃっ、やったぜ! 予想どおり、金属や鉱物をコバルトに変化させるコボルトの能力が実証された。
ズリ山から回収した鉄のインゴットを一個ずつにコバルト・インゴットに換えていくコボルト。戦う以外でここまで活躍するダンジョンモンスターは希少だ。
「よしよし。この鉱山で鉄を生産する。さっきのようにインゴットにしてコバルトに変換することで価値を高める。それをほぼ毎日繰り返していけば、塵も積もれば山となる。それなりの量になるはずだ」
「でも、ジン」
アーリィーが小首をかしげた。
「それだけのコバルトを作ってどうするの? 確か、人間じゃ加工できないから、あまり好まれないんだよね?」
「それはコボルトのせい、というか風評被害みたいなものなんだ」
価値のあるミスリルや金、銀を、加工できない金属に変えられてお冠、というのが人間の鉱山関係者の弁だ。
「実際、コバルト金属は魔法金属の一種だ。ミスリルほどではないが、普通の鉄などよりもよっぽど頑丈で、魔法との相性がいい。これで装備が作られたら、やっぱりミスリルよりは劣るんだけど、一般的な金属装備より上のものになる」
ただし、加工できるのがドワーフなどに限られているから、人間社会ではハズレ扱いされている。
「だから、このコバルト金属製の装備が安定供給できれば、ミスリルには手が届かないけど、魔法金属製の装備が欲しいという人には充分選択肢になるんだよ」
俺は、アーリィーの後ろに控えているオリビア近衛副隊長を見た。
「近衛騎士の装備も、今の鉄製よりランクは上になる」
王族警護の近衛装備は、装飾が派手で見た目は優雅ではあるのだが、装飾過多なだけで防具としては普通だもんな。
「しかしジン殿、コバルト金属は性能が悪くないのはわかりましたが、あまり評判がよろしくないのでは?」
オリビアが言った。
「評判がよくないのは、比較対象が悪いからだよ」
俺は指摘した。
「ミスリルや金の価値を下げるから悪い、のではなく、鉄や銅の価値を上げると考えるのさ。逆転の発想だよ」
そもそも――
「アーリィーもオリビアも、コバルト金属のことは知らなかったな? それは一般的にミスリルの劣化版だから、敢えて装備にしようと加工する者がいなかったのが影響している」
専門家がそっぽを向いたのだから仕方がない。
「だが鉄などより上位であると考えれば、コバルトで装備を作ろうと思うのが普通だと思わないか? いい装備は欲しいだろう?」
「それはそうです」
オリビアは考え込む。
「ええ、魔法金属なら一般的装備より欲しいと思うのが自然です。……そう考えると、何故、流通しないのか不思議です」
「さっきも言った通り、人間の職人じゃあ加工ができないからだ」
加工できない金属なら、宝の持ち腐れ。加工できるドワーフたちが、ミスリルばかり重視して格下のコバルトを、コボルトのせいで嫌ったというのが拍車をかけた。
「そこで、このルーガナ領は枯渇したミスリルに替わり、コバルトを売りにする」
「それはいいけどよ、ジン。誰がコバルトを加工するんだ?」
ベルさんが問うた。
「人間の職人じゃ無理なんだろ?」
「ドワーフがいるじゃないか」
ここの鉱山にはさ。
・ ・ ・
「コバルトで、武具や道具を作れ、ね……」
コート鉱山集落のドワーフ、クラードは唸った。
「作れ、ではなく、作れるか? なんだが」
俺が訂正すると、クラードは肩をすくめた。
「そりゃ、オレらドワーフならできるがな。……ふうん、まあコボルトの野郎は大嫌いなんだが」
「これは鉄を変換したコバルトだ。ミスリルじゃないぞ」
「おかしなことを考えるんだな、魔術師さんよ」
クラードは顎髭を撫でつつ、コバルト・インゴットを睨んだ。
「まあ、確かにそこらの鉄よりは上物なのは確かだ。……しかし、言われてみればもっともだ。何故、これを使おうと思わなかったのか」
「ミスリルがあったからだろう」
俺は皮肉った。上位の品があれば、敢えて下位の品でどうにかしようと考えるのは少ない。
「だが、いまはミスリルがない!」
「その通りだ。ここのは掘り尽くしたからな」
クラードは頷いた。俺は気になっていることを再確認する。
「君らは鉱夫としてここに来ている。鍛冶は専門外だと思うが、経験者はいるのか?」
「ああ、ここにいる連中の大半は何がしら鍛冶に触れている。真面目に武具を作れるのは、まあ半分くらいか」
「半分でも期待以上だ」
「ドワーフなんて大体そんなもんだ。ハンマーを持ったことのないドワーフなんていない」
大阪の子供が皆タコ焼きを作れるらしい、というのと同じだろうか――などと考えてしまう俺。
「それじゃあ、お願いする。ルーガナ領を盛り立てるために力を貸してほしい」
「ああ、オレたちに領民としての仕事をくれてありがとう」
俺とクラードは握手を交わした。
領が発展する――アーリィーも嬉しい。稼ぐ――ついでに反乱軍のための軍資金作り。俺も幸せ。皆も幸せ。
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