第45話、王子様の決意


 ゴブリン、オークにオーガの大集団がボスケ大森林地帯にいた。来たばかりの俺たちには、それは日常なのか、極めてタイミングの悪い不運なのかはわからない。


「いや、自然のものと見るのは不自然か」


 だってゴブリン、オーク、オーガは、野蛮ではあるがそれなりに知能がある。これが集結し、人間領域の境界にあるハッシュ砦に向かっているいうのは、ルーガナ領への攻勢を企図しているのではないか。


「まったく、面倒なことだ」

「忙しくなってきやがった!」


 ポータルを使ってフメリアの町に戻る。アーリィーが待っていた。


「おかえり。遅かったね――」

「アーリィー、悪い知らせがある。ボスケ大森林地帯から蛮族亜人の集団が迫ってる」

「え?」

「蛮族亜人だと!?」


 オリビア副隊長が大声を発した。声がでかいよ、副隊長!


 ちなみに蛮族亜人とは、今回の敵であるゴブリンやオーク、オーガら人間に対して攻撃的な亜人種族を指す。


「これからハッシュ砦に行って迎え撃つ。阻止するが、一応この町も警戒をしてくれ」

「敵の数は? 防げるのですか?」

「ディーシー?」

「ざっとみても数百といったところか。あまりに密集しているのでな、正確な数はわからん」


 ディーシーが答えた。俺は天を仰ぐ。


「ウェントゥス号は……ないんだよな」


 王都に反乱鎮圧の伝令を出したから、ルーガナ領にないのだ。


「ブルト隊長も不在です」

「伝令だからな、仕方ない」


 反乱軍撃破の報告には相応の立場の者がするべき、ということで、首謀者を討った証と共に近衛隊長であるブルトが伝令役となっている。


「俺は君の上官ではないが、ここの守備を任せる! アーリィー、ここで――」

「ボクも行く!」


 王子様は自信の手を握りしめて言った。……はい?


「なりません、アーリィー様!」


 当然のごとくオリビアは止めた。王子様を危険な最前線に出したくないというのは、近衛でなくとも理解できる。


「敵は蛮族系亜人! 人を区別しません! 王族だろうが関係なく攻撃されますよ!?」

「でも、敵は大群なんでしょう! 兵力だって少ない」


 アーリィーは引かなかった。


「ジンたちは強いけど、今回は防衛……。メズーロ城を吹き飛ばしたようにはいかないよね? だからボクの魔力を使って!」


 この王子を演じるお姫様には、魔力の泉という自身の魔力を素早く回復させる能力を持つ。

 それはすなわち、魔法を連発してもそこらの魔術師より長持ちすることを意味する。魔法の使用回数が多くなるのは魔術師の人数が増えるのに匹敵する。


 長期戦や、今回のような大軍を相手にする場合はありがたい。


 何より、彼女の目。役に立ちたい、という強い意志が見えた。


「連れていってもいいんじゃねえか?」


 ベルさんが意外にも賛成した。


「ディーシーの魔力ブースターに使えるだろ」

「それには同意だ」


 ディーシーも頷いた。


「森で収集する時間があればよかったのだがな。これだけの敵を相手にするには、我の魔力は少々心許ない」


 アーリィーからすでに魔力をもらっているダンジョンコアはクスリと笑った。俺以外には触れられるのも好まない彼女にしては、とても前向きな態度である。よほど、アーリィーの魔力は彼女好みだったのだろう。


「ジン」


 頼むから、そういう目で見ないで欲しい。だが、アーリィーの魔力が利用できるのは、ありがたい申し出だ。


「わかった。じゃあ、一緒に行こう」

「うん!」


 アーリィーは力強く頷いた。これに黙っていられないのがオリビアだ。


「では私も行きます! 近衛としてアーリィー様のおそばを離れるとわけにはいきません!」

「しかし、副隊長。ブルト隊長不在の今、ここの守備は――」

「クリント! 貴様にここの守備を任せる! 指揮をとれ!」

「はっ!」


 スキンヘッドの近衛騎士が敬礼で応えた。


 王族警護が近衛騎士の本来の務め。町の守備より王子の安全が優先。しかしオリビアは、王子の身を守ると共に町の守備も放棄はしなかった。


 ま、近衛騎士全員がこっちへ来るなら、シェイプシフター兵を置いていくだけなんだけどさ。


 ということで、俺たちはフメリアの町から最前線であるハッシュ砦へと向かう。しかしウェントゥス号が出払っている上に、そろそろ日が沈む。


「ディーシー、グリフォンを出せ」


 魔力自動車で行く手もあったが、ここは空を飛んだほうが速い。ディーシーはグリフォンを三体、生成する。


 鷲の頭に翼、胴体は獅子という異形の飛行魔獣だ。その大きさも成人した馬よりもひとまわりも大きい。元来、凶暴で人だって襲う。


 周りにいた近衛騎士や騒ぎを見守っていた住民たちから、おおっと驚きの声が出た。まるで召喚魔法を見た気分なのだろうな。


 ダンジョンコアのモンスター生成機能は、自身が記録した魔獣を魔力と引き換えに生成する。


「さあて、王子様。俺の後ろに」


 ちゃっかり俺の乗るグリフォンにアーリィーを誘導。手をとって後ろに引き上げる。オリビアが慌てる。


「アーリィー様!?」

「おっと、副隊長。こいつは二人乗りだ」


 三人乗れるほど余裕はないんだわ。ディーシーが魔力で自身の乗るグリフォンまで引っ張った。


「おおっ!?」

「お前にグリフォンを操れるのか?」


 冷めた声でディーシーは言った。露骨な態度なのは、俺以外の人間と密着するのを嫌うからだ。ならベルさんのほうへ、というのは野暮だ。


 暗黒騎士殿はグリフォンに騎乗したら、もう飛び出そうとしている。オリビアなど眼中になしである。


 三体のグリフォンは空へと飛び上がった。


「アーリィー、落ちないようにしっかり捕まってくれ」

「うん。こ、こうかな」


 異性を意識したのか、少しためらい、しかし次には俺の腰に手を回して密着した。相乗り最高! テンション上がってきた!


 シモいことを言えば、アーリィーはさらしで胸を潰しているから、その感触を味わえないのだが、美少女と触れ合っていると思うと悲しいかな素直に嬉しくなってしまうのだ。

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