第32話、第二次討伐軍の編成


 ルーガナ領の反乱軍を討伐することになった。


 アーリィーの近衛20名に、王都軍から80名の兵が、第二次討伐軍に参加する。


 と言っても、80のうち半数が食料物資を輸送する輜重しちょうを兼ねているので、戦闘力は低い。


 補給担当人員が多いのは、傭兵を雇うことを前提にしているのかな……?


「……」

「どうした、ジン?」


 ベルさんが聞いてきたので、俺は答える。


「この手の補給ってさ、従軍商人がやるもんじゃないのかって思ったんだ」


 現代人感覚で言えば、専門の補給部隊がつくのは自然だけど、この世界だと従軍商人と呼ばれる者たちがいて、彼らが兵站に協力する。装備や食料の供給はもちろん、戦利品などの買い取りなどもしてくれるのだが……。


「ああいうのって、指揮官が懇意にしているのとセットだろ」


 ベルさんは指摘した。


「今回の王子様の討伐軍には、そういう従軍商人のツテがないんだろうよ」

「なるほど」


 そういや連合軍で戦って頃、俺んとこを贔屓していた従軍商人が結構いたなぁ。勝ちまくる部隊には、当然おこぼれも多いからね。


「もっともツテがあろうと、今回ばかりは商人のほうも従軍したがらないと思うがね」


 皮肉げにベルさんは言った。負け確定な討伐軍だもんな。


「まあ、俺らは勝つんだけどね」


 そんなわけで、俺たちはブルト近衛隊長と相談。これ以上の増員はいらないから、さっさと出かけよう。


「そうですか。個人的にはもう少し人員が欲しかったのですが……いや、ジン殿にはシェイプシフターの兵隊がいますから大丈夫ですな」


 ブルトは気を取り直したように言った。


「では、ジン殿。今回の討伐軍に派遣された騎士隊長を紹介しましょう。ザンドー隊長、王都軍でザンドー子爵家の騎士です」


 紹介された騎士殿は、三十代とおぼしき男だ。細身で目も細く、どこか冷ややかな印象を与える。


「……何か嫌味っぽそう」

「こっちは傭兵だからな。案外そういうタイプかも」


 俺とベルさんは勝手な印象を抱く。やってきたザンドーは、俺たちを見て鼻をならした。


「フン、傭兵ですか。ここで雇わずとも、王都を出た後で二百近くの集まったというのに」

「それは本当か、ザンドー?」


 ブルトが聞き返すと、ザンドーは冷笑を浮かべた。


「ええ、もちろんです。さすがに百程度では、反乱軍と戦うのは無理。それは子供にでもわかること」

『ほうら、言った通りだろ?』


 ベルさんが念話で言った。


「しかし王都軍も前回の討伐軍で消耗し、兵を割けませんからな。足りない分は傭兵を雇って補うほかない」

「二百というのは、確かなのか?」

「最低でもそれくらいは集まるでしょう。合流する時にはもっと増えているかも」


 自信たっぷりなザンドーである。ブルトは不愉快な表情を崩さない。


「何故、その情報が近衛に共有されなかったのか?」

「ご存じだと思っていたものですから。……まさか王族に仕える近衛隊が知らないはずがない、と」


 うーわ、仲悪っ。


 組織の中でも、部署違いによる対立ってのはあるものだが、王都軍と近衛隊ってあんまり良好な関係じゃなさそうだな……。


「ところでブルト隊長? こちらは出陣の用意ができておりますが、近衛隊は出られますかな?」

「……食料の買い付けに出た者が戻れば」

「食料の買い付け……? はっ」


 ザンドーは肩をすくめた。ぶん殴りたい、そのニヤケ顔。


「そうですか、せいぜい集まるといいですね。……では我々は先行して、王子殿下の露払いと参りましょう。近衛隊はどうぞごゆっくり後についてきてください」


 それでは、と慇懃に頭を下げて、ザンドーは立ち去った。


 ベルさんが、騎士隊長の背中を睨んだ。


「貴族って野郎は、どうしてこう嫌味な奴ばかりなのかねぇ」

「しゃしゃり出てきた金ピカ連中を思い出すな」


 俺も皮肉が出る。


 大帝国本国進攻の頃に前線にやってきた貴族のボンボンども。煌びやかな装備を揶揄して『金ピカ連中』と、前線の兵たちは言っていた。


「ブルト隊長、買い付けって話は本当ですか?」


 ザンドーは、嘘と見破ったっぽい言動だったが。


「二百の兵が集まるとは知らず、こちらで兵を増やせないかと傭兵や冒険者に声をかけに部下を出しておりまして……」

「あ、さっきもう少し人員が欲しかったってのは、それですか?」

「ええ、人集めの結果がまだでしたからね」


 ブルト隊長は苦笑したが、表情を引き締めた。


「しかし、王都軍のほうですでに人員を手配していたとは……」

「それなんですけどね……普段から、近衛隊って王都軍と仲が悪いんですか?」


 俺は質問してみる。ブルトは少し考える。


「いや、そこまで悪いということは……」

「めちゃくちゃ嫌味だったぜ、あのザンドーって野郎」


 ベルさんが不敵に笑った。


「普段から仲が悪いんじゃねぇかってくらいには」

「そこまで恨まれるような覚えはないのですが……」


 苦笑するブルトである。俺は首をかしげる。


「となると、かなり怪しいな」

「ああ、二百の傭兵も本当かどうか疑わしい」


 ベルさんも同意した。ブルトは眉をひそめる。


「それは……ザンドーが嘘をついていると?」

「口では何とでも言えるからなぁ」

「まさか。奴が嘘をつく理由は?」

「たった二百ぽっちで、あそこまで自信満々になれるもんかね」


 ベルさんは俺を見た。


「オレらみたいな手がいくつもあるのならともかく、討伐軍を一度は壊滅させている反乱軍が相手だぞ。全部合わせて三百程度で、なんでああいう態度でいられる?」

「そう。あいつ、劣勢な戦場に飛び込むって悲壮感がまるでないんだよな」


 俺は腕を組んだ。ただの戦場を知らない人間か、よほどの無能か。


「まるで自分は死なないから平気、みたいな。ザンドーって強いの?」

「そこそこ腕は立つと評判ですが……」


 ブルトは、俺とベルさんを呆れたように見た。


「自分は死なないって態度なら、お二人も同じように見えますが……」

「ははっ、こりゃ一本取られたな」


 ベルさんは笑った。だがすぐに真面目な顔になる。


「ジン、ザンドーの野郎だが……」

「ああ、信用できん。あいつ抜きで戦おう」


 戦場の勘というべきか、あの男からは嫌なニオイを感じた。連合国の無能貴族と同様、信用したら貧乏くじを引かされるタイプだ。


 ザンドーを味方のリストから外す。……ひょっとしたら敵に入れてしまってもいいかもしれないな。

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