第306話 逃走

「逃げないと・・・」

ティアはガレキの陰に隠れながら基地の端まで来ていた。

「くくく、よく逃げれるものだ。さあ、もっと楽しませろ!」

ディゼルは軽く石を投げつけ、痛がる姿を楽しそうに眺めていた。


「止めてよ!なんでこんな酷い事ができるの!」

「こんな事?俺は昔からお前をいたぶりたくてしょうがなかったんだよ。

だが、学校ではお前を味方するものが多く、いつも俺が悪者だった。」


「そんな事無い、貴方はいつもみんなに慕われていたじゃない!」


「それは仮面を被っていたからな、お前に指摘されるとみんながお前の味方につくから仕方なく言うことを聞いてやっていたら、どうだ、全員単純に騙されやがった。」


「そんな事を思っていたの・・・」

「だがどうだ!今は晴々した気分だ。

長年見下してきたお前が汚され、痛めつけられ、そして、俺に殺されるんだ。

こんな楽しい事は無いじゃないか・・・」


「ディゼル、どうしたの?さすがに貴方変よ?」

「変?何が変なんだ?俺は自分の思うままに生きるだけだ・・・いやこれは俺の意志なのか?」


「ディゼル?」


「ち、ちがう、なんだよ、俺はこんな考えなんて・・・いや、本心だね。君の心は彼女を汚したくて仕方ないんだ。

ち、違う!俺は・・・」

ディゼルは頭を抱えて、自問自答を繰り返す。

その隙にティアはガレキの隙間から森に向かって逃げ出した。


「・・・はっ、待て!逃がす訳には!」

ディゼルが走り出そうとすると煙玉が上がり行く手を遮られた。

「誰だ!」

ディゼルが周囲を警戒するが周囲には誰もいなかった。


「追って来ない?」

ティアは息を切らしながらも必死に森の奥に逃げていた。

ある程度距離をとった所で息を整えながら少し休む。

しかし、休んで頭が冷えると自分の立場に気づく・・・

裸で森の奥にいる。

自分に戦える術はなく、仮に家に帰れたとしても汚れた自分に居場所がないことを理解してしまった・・・

「うっうっ、なんでこんな事に・・・私が何をしたのよ・・・」

ティアは涙が溢れ出しうずくまってしまった。


「あ、あの大丈夫・・・じゃないですよね?」

ティアに声をかけてくる人がいた。

「だ、だれ?」

ティアは慌てて顔を上げる。


「て、敵じゃないです!私はミルヒあなたと同じで逃げて来ました。」

「ミルヒさん?あなたはなんで逃げたの?」

「私を娼婦としてあてがおうとしている事を聞いてしまいまして・・・

折角騎士になれそうだったんですけど・・・」

ミルヒは口を尖らせ不満そうにしている。


「あなたはそれでよかったの?」

「私は身体を売る気は無いので。

でも、もう国には居れませんよね・・・」

「ミルヒさん、あなたが良ければ私の家から推薦状を書いてもらいましょうか?」

「いいんですか?」

「ええ、他国に行くとしても多少なりは楽になるかと・・・ですが、条件があります!」


「何でしょう?」

「私も連れて行ってください。

こんな汚れた身ですが・・・恥ずかしながら死ぬ勇気はないのです・・・」

「死ぬ必要なんてありません!そうだ、ルーカス商会に行ってみませんか?」

「ルーカス商会?」


「はい、ルーカス商会ならヨシノブさんの居場所がわかると思うのです。

あの人なら居場所の無い私達も受け入れてくれると思うのです。」

「ヨシノブさんの所にはルイス様も。」

「いらっしゃると思います。

それに弟分がヨシノブさんの所にいますから、口は聞いてくれると思うのです。」

「はあ、あなたは強いですね、私の紹介状なんていらないのでは?」

「そんなこと無いですよ、私の身元の保証になりますし、それにあなたが私を信用してくれる切っ掛けになったじゃないですか。」


「かないませんね。ありがとうございます。

今はあなたの優しさに甘えさせてもらいます。」

「同じ女性としてあなたの苦しみはわかります、でも、生きていたら道は開けます。

まずは生き延びましょう。」

ミルヒは自身の上着をティアにかけて、ひとまずローラン王国を目指して森を進み出すのだった。

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