8 噂

 万富先輩は保健室から私を連れ出し自販機の並ぶスペースへと連れて行く。いつもならこの時間、利用している人がそこそこいるはずだけど、誰もがさっき起きた幽霊騒ぎでそちらに行ってしまったらしい、誰もいない。

「ねえ、何か飲む? 奢るよ?」

 万富先輩が完璧なアイドルスマイルで尋ねる。そのお誘いを私は首を横に振って断った。今は特に喉が渇いていなかったし、万富先輩に奢ってもらった後を考えると恐ろしい。二人きりでいるのだってかなりリスキーだ。正直、関わりたくない人ナンバーワン。

 万富先輩はすらっとしててイケメンだ。背中に花しょってるんじゃないかってくらい華やかな雰囲気を持っている。普通の学ランが特別に仕立てたものなんじゃないかと勘違いしてしまう程に、芸能人っぽいオーラを放ってる。

 そんな完璧イケメンな万富先輩を応援するファンクラブなるものが、学校には存在する。彼女たちは「竜樹くんはみんなのアイドル」を目的に掲げ、抜け駆けを決して許さない。「勝手に手ぇ出すんじゃねぇぞオラ」と常に目を光らせている。

 この人たちが、めっちゃ怖い!

 平々凡々な私に彼女たちの活動は一切関係ないものだと思っていた。私は万富先輩に興味がないし、恋愛をするつもりは毛頭ない。これで万富先輩も私に関わろうとしないでいてくれたのなら平和な学園生活が送れたはずなのだけれど………願い虚しく、接点があったのだ。

 万富先輩のおじいさんは脈主だ。地脈の流れの管理を任されている魔術師で、魔警との関係は深いらしい。苫田さんとは長年の付き合いだとか。優人さんは苦手にしているみたい。

 脈主の万富さんには一度会ったことがある。厳格そうな男性だった。険しい表情をして、でも相手ときちんと向き合って話のできる大人だった。そして万富先輩に似ていなかった。

 万富先輩は次の脈主、らしい。万富さんが引退(といえばいいのだろうか?)したら万富先輩が脈主になる。

 脈主と魔警の繋がりは深い。魔警が出来たのは元々、脈主の利権確保のためだったらしい。脈主は星から巨大な権限(地脈の利用量の管理・調整)を任されている。そのため脈主の地位を奪おうとする魔術師や、地脈の不正利用が目論む魔術師などが後を絶たない。そのことで魔術師同士の諍いが増えてしまった。それを解決するために始まったのが魔警の組織。

 今は脈主の権利保護だけではなくて、他の魔術師同士の揉め事を解決する仕事もある。けれど、やっぱり根底は脈主との繋がりが重要らしい。脈主による寄付金で魔警は運営されていて、それがなくなれば困窮するのだとかどうとか。だから場所によっては魔警の事務所で働く魔視正と脈主が結託して悪いことを企むこともあるそうだ。もちろん、苫田さんと万富さんにはそのような悪巧みはない、はず。

 私は魔視正・苫田さんの弟子だ。苫田さんは猫だけど、私の魔術師としての師匠。そのせいなのか、苫田さんが魔視正を辞めたら私が魔視正になると思われているフシがある。私の将来の夢はお医者さんなのにそんな風に思われるのは迷惑だ。私からすれば、十年魔警で黒猫として働いている優人さんの方が適任だと思う。

 けれど、黒猫は魔視正になれない。黒猫は魔視正の使い魔として扱われているだけで、魔警に直接雇用はされていない。あくまで保護観察対象なのだ。だから優人さんは苫田さんの後を引き継いで魔視正にはなれない。

 ………正直、非効率的だと思う。優人さんは黒猫の中でもイレギュラーなくらいに強い、らしい。知識も豊富にあるみたいだし、巫術師(日本の古くから魔術を扱っている家柄をそう呼ぶ)の大家の出だそうだ。肩書きにこだわるのなら優人さんほど適任はいないと思う。社会人不適合者だけど。

 万富先輩は私と仲良くなりたいためか、都合を見ては声をかけてくる。廊下ですれ違う時は何かと呼び止められ、どうでもいい話ばかりしてくる。その様子をファンクラブの人が見たら、あとから呼び出しを受けてネチネチと嫌味を言われるのだ。本当に困る。

 ついでにみんな、目つきがやばい。

 そして私は万富先輩が苦手だ。相手がめっちゃイケメンってだけで気が滅入るのに、私はこの人に一度泣かされたことがある。まあ、私が知識足らずで暴走したのが悪いのだけれど。でもそれがずっと引っかかっていて、いつまでも苦手意識をなくすことができない。

 泣かされた理由は、黒猫の存在だ。彼らの不遇を万富先輩に聞かされるまで私はそのことをこれっぽっちも知らなかった。万富先輩に親睦を深めるためといわれデートに行った時、それをいきなり突きつけられたから動揺してしまった。溢れる涙を拭って、その勢いで苫田さんに食ってかかって、お叱りを受けた。反省。

 だから私は今も万富先輩を絶賛警戒中だ。今度はどんなことを言ってくるのか、油断ならない。なんたって私は春に魔術師の弟子になったばかりなのだ。魔術の世界の右も左もまだまだ全然わからない。そんな私を引っ掛けようとしてこないでほしい。

 警戒する私とは違い、万富先輩は気楽な様子で自販機でいちごオレを買った。その後適当にその辺の席を選んで座ったので、渋々ながら向かい側の席に座る。本音としては逃げ出したいけれど、嫌なことは後回しにしないでさっさと終わらせるべきだもの。それに、逃げ出したらその後が不安ってのもある。悔しいけれど、私は魔術師に対抗できる術を持っていない。

 万富先輩は私が椅子に座ったのを確認して、音を立てないようにして手を叩く。薄い魔力が放射状に周囲を包み結界が張られた。周囲から盗聴を防ぐタイプのものだと思う。そのことに私は緊張する。

 今から話すことは部外者に聞かれたくないこと───つまり、魔術に関わることだ。

 万富先輩が口を開く。

「鶴崎さん。ここ連日の幽霊騒ぎ、どう思う?」

「どうって言われても………迷惑だな、としか」

 万富先輩の質問に、私はとりあえず素直に答えることにした。

 来週文化祭が始まるというのに、合間合間に幽霊だ! とパニックになるもんだから、なんだか気持ちが落ち着かない。文化祭というお祭りに思いっきり盛り上がりたいのに、集中できない。自分も幽霊を見ちゃうんじゃないかと思うとちょっとそわそわしてしまう。幽霊を見てみたい気持ちもあるけれど、出会いたくない気持ちの方が優ってるから。だってもし見ちゃったら私、絶対叫ぶもん! 怖くて!

 だから幽霊なんて迷惑極まりないとしか思えない。

 万富先輩は私の返答に頷いた。

「確かに、迷惑だ。俺もそう思う。しかもこちらを見ている幽霊だなんて………この学校に幽霊が介在するような話はないはずなのに」

 そう言って万富先輩はいちごオレを飲む。美味しそうに飲む姿を見て、万富先輩って意外と甘党なのかな、と思った。

「鶴崎さん。俺はこの騒ぎの原因、魔術師が関わっていると思う」

 万富先輩の言葉に驚いて、思わずその顔を凝視した。

 ───幽霊騒ぎが、魔術師の仕業?

 そんなことってあるのだろうか? 私の中で幽霊っていうのは、決められた場所にぽんっと出てきて人を驚かすイメージ。それを、魔術師がどうこうしたら操れるのか? 幽霊ってそんなお手軽なものなの?

 私が首を傾げていると、万富先輩は困ったように笑顔を見せた。

「幽霊、というのはあくまで一般人の印象だ。実際は違うものなのだと思う。それが何なのか今のところわからないけれど………調べてみなくてはならない。そこで提案なんだけど」

「て、提案、ですか」

 うう〜なんか嫌な予感! ファンクラブの人たちが怒り出しそうな、そんな気がする! そういったことは避けていきたいところだけれど、でも。

 ───この騒ぎが莉緒の体調を悪くしているというのなら、私は解決したい。そう思う。

 莉緒は変態に注意しろと言っていた。さっき保健室で聞いた言葉を鑑みるに、莉緒はどうやら私を守ろうともしてくれていたらしい。私には莉緒が言っている言葉の意味がさっぱりわからないけれど、でも、莉緒は大切な友達だ。放っておけない。

 莉緒の助けになりたいと思うのなら、万富先輩から逃げるばかりじゃ駄目だ。

「どんな提案、なのでしょうか」

 私の質問に万富先輩は小さく頷いた。

「校内全体に魔術的仕掛けがないかどうか調べて回りたい。俺一人でやってもいいけれど、俺は生徒会メンバーだ。どうしても文化祭の準備で駆り出されることが多い。手が足りないんだ。申し訳ないけれど、鶴崎さんにも手伝って欲しい」

「な、なるほど。………それってつまりは別行動しようってことですよね?」

 念の為確認すると、万富先輩はもちろん、と頷いてくれた。

 想像していたよりもまともな提案にほっとする。よかった。もし「一緒に仲良く行動して問題解決に尽力しよう」なんて言われたら全力でお断りするところだった。私はファンクラブの人たちと敵対したくはないもの!

 あの人たち、本当に怖いんだからね!

 けれど、万富先輩の言う魔術的仕掛けというのがよくわからない。

「その………魔力がある場所を探せばいいんですか?」

 私の質問に万富先輩は少しだけ首を傾げ、頷いた。

「まあ、そういうことかな。とにかく違和感の元を探して欲しい。………二学期になってから常に感じてはいるんだけれど、その大元がどうしても見つけられないんだ。地脈の使用ならすぐにわかったと思うから、相手はおそらく霊脈を使っているんだと思う」

 ………………………どうしよう。万富先輩の言いたいことがまるで理解できない。霊脈って、何? 前にそんなものもあるとか聞いたような気もするけれど、詳しいことはまったくわからない。でも、わからないと万富先輩に正直に言ったらデートの時みたいにやりこめられるかもしれない。

 それは嫌だ。うっかり騙されて泣かされるような恥ずかしいこと、もう二度としたくない。

 意味がわからないけれどとりあえず自信満々に頷いてみた。後で優人さんにそれとなく聞いてみよう。困った時は優人さんに相談する。それが一番手っ取り早い。

 私の頷きに万富先輩はほっとしたような笑顔を見せた。いつもの完璧スマイルではないそれが、この幽霊騒ぎが彼にも負担を与えていた事実に思い至る。

 いったい、学校で何が起きているんだろう? 二学期に入ってから校内では幽霊がうろついている。莉緒はそれが原因なのかわからないけれど体調不良を起こして倒れた。そして万富先輩は違和感をずっと抱いているらしい。

 ………なんとなく、嫌な感じがした。

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