14 観察者

 校門を潜った瞬間、僅かに魔力を感じた。結界だ。神経を研ぎ澄ませなければ気づかない程にうっすらと、微量な魔力を使って学校敷地内ギリギリに張っている。その内容は、区切り。盗聴や遮断、目隠しなどのものではない、ただ範囲を指定するだけのものだ。だから和香奈も万富さんの孫も気づかなかったのだろう。

 和香奈に案内される形で学校内を歩く。歩きながらどこで幽霊が出たのか、和香奈が一つずつ説明する。それを確認しながら幽霊と呼ばれるものが何を考えていたのかを推察する。

 幽霊は何かを探している。

 和香奈の話だと、目撃者は生徒だけだそうだ。教員などの大人は誰一人として幽霊を目撃していない。

 姿を隠しながら目的のものを探す方法はいくらでもある。だが一番やりやすいのは使い魔を放すことだ。自分の眼と使い魔の眼に繋がりを持たせ、それを介して情報を探る。苫田さんが使用している方法と同じだ。その範囲を指定するのに結界を利用していると考えた方がいいだろう。

 結界を張っているということは、使い魔は独立して動いている。独立して動いているから結界で範囲を限定しているのだ。合間に姿を消し、目的のものを見る時にだけ姿を現す。そうやって学校内部を探っている。これなら和香奈が魔力の使用箇所を探しても見つからないのも納得がいく。

 学校内を探っている使い魔は変幻自在に形を変えることができる個体なのかもしれない。なら、魔力消費を辿れない。その使い魔にとって姿を消すことは当然のことであり、魔術で行う出来事ではないからだ。

「優人さん、たこ焼きでも食べます?」

 和香奈が楽しそうにそう言ったのでとりあえず頷く。和香奈は俺の反応を確認した後、たこ焼きを売っている店の列に並んだ。どうやら和香奈は文化祭を楽しんでいるようだ。幽霊騒ぎが心配と口では言うものの、祭りの雰囲気に飲まれている。少々お気楽だな、とは思うが、顰めっ面でいられるよりは断然いい。

 和香奈がたこ焼きを買ってくるまでの間、周囲の様子を観察する。

 高校の文化祭は中学のそれとは違い、賑やかさが大きい。一般の人が大勢来ていて出し物を楽しんでいる。校内の飾りも華やかだ。彼方此方にクラスの出し物があり、部活別のイベントが開催されている。どの生徒も忙しなく動き回り、祭りを盛り上げていた。

 それでも、どこか幽霊に怯えている、という和香奈の説明に納得する。ちょっとした物音にどの生徒も敏感に反応するからだ。そしてそれがなんてことないものだとわかると、ほっとしたように視線を逸らした。遠くで悲鳴に近い笑い声があると数人が急いで現場に走って行き、数人は怯えたような表情をした。

 幽霊は生徒たちに恐怖を植え付けることに成功している。

 今のところ、幽霊はまだ出てきていない。文化祭という人の多いところでは目的のものを探すことを諦めているのかもしれない。人が入り乱れ過ぎて、対象を限定できないのだ。

 だが、結界がある。学校内から逃走することはないだろう。今はまだ感覚がないが、どこかのタイミングでその姿を現す可能性がある。もし現さなかったとしても、僅かな感覚で追い詰めることはできるだろう。その場合、やはり夜に対処することになるだろうが。

「優人さん! お待たせ〜」

 和香奈が片手にたこ焼きを持って帰ってきた。学生が作ったそれは想像以上にちゃんとしたたこ焼きだ。出来立てらしく、湯気が上っている。

「どれがいいのかわからなかったので、とりあえず普通のにしました!」

「………普通じゃないのがあるのか?」

「はい! 鬼紅生姜味と、わさびマヨネーズ味、それとチョコ味がありました! あ、別のがよかったです?」

 ………流石は学生のイベントだ。なんでそこにチョコ味があるのか、謎だ。

 和香奈が差し出すので一個食べてみる。普通のたこ焼きだ。何の変哲もない。

 俺が食べるのを確認してから和香奈も口に一個入れた。それを美味しそうに食べている。お祭りだから特別に感じるのか、どこか嬉しそうだ。

 和香奈は苫田さんとの約束通り、朝から俺を連れ回している。何を食べるのかを決めるのは全部和香奈だし、どのイベントを見に行くのかも和香奈が選択する。ちょっとしたゲームに参加するかしないかも和香奈が決めている。

 別に俺はどうでもいいので和香奈が好き勝手やるのは問題ない。ただ、あまりにも落ち着きなく動くものだから肝心の幽霊探しはまるでできていない。それでいいのか疑問だが………まあ、いいのだろう。これは彼女たち高校生のイベントなのだ、なら主役である彼女たちは思いっきり楽しむべきだろう。

 二人でたこ焼きを食べていると、こちらに向かって歩いてくる男子生徒が目に入った。華やかな雰囲気を纏った、顔の整った男子。彼を見て嬉しそうに騒ぐ女子生徒が数人いる。どうやら人気者らしい。

「鶴崎さん、こんにちは。この人は?」

「あ、万富先輩。お疲れ様です」

 和香奈の言葉にそれが誰なのか瞬時に理解する。

 なるほど、この子が万富さんの跡継ぎか。

 話には聞いていたが、初めて見る。あの万富さんが跡継ぎに指名するだけあって聡明そうだ。あまり似ていないなとは思うが、眉毛の感じが血の繋がりを思わせた。骨格も今はまだ子供だから分かりにくいが、成長すればよく似るだろう。

 魔術師としての技術は、やはり和香奈より格段に上だ。うっすらと纏っている魔術は幻惑の類だろう。認識を少しいじっている。和香奈が気づかないくらいにうっすらと纏っているのだ、器用な人間なのかもしれない。どうしてそんな魔術を纏っているのかは謎だが、まあ、趣味でそういったことをする魔術師はいる。彼もそのタイプなのかもしれない。

「もしかして、黒猫さん? 俺は依頼してないけど」

 穏やかに俺を観察する。そこに侮蔑の意味は含まれていない。ただ事実を確認するだけの言い方だ。けれどそれが和香奈には気に食わないらしい。少し不機嫌になった。

「葦原優人さんです! 苫田さんが優人さんに手伝ってもらえって言ってくれたんです。だから来てもらいました」

 そう言って俺の前に出てきた。

 ………少し、怒っているようだ。言い方がきつい。別に怒るようなことは何もないのに、何が彼女を不機嫌にさせたのだろう。よくわからない。

 それは彼も同じだったらしい、少し驚いた表情を見せた。

「魔視正が? ふぅん。俺じゃ対処できないと考えたのか。悔しいな」

「今回の件、優人さんが適任だと言っていました。なので万富先輩は生徒会の活動に専念してください。あとは私たちがやりますから」

「鶴崎さんが魔視正に依頼した形になったのかな? なら、支払い義務が発生するだろう? 俺も出すよ。いくら?」

 そう言って財布を取り出そうとする。その瞬間、何故か周囲にいた女子たちが一斉にこちらを見た。そのことを和香奈も感じ取ったらしい、肩をびくつかせる。………なんでこんなにも視線を向けられなければならないのだろう。意味がわからない。

「いや、支払いはいい。君は気にするな。後のことはこちらでやっておく」

 このままではずっと監視され続けそうなので俺が断った。そのことで彼がようやく俺と視線を合わせる。

 少し、俺を推し量っているのが見えた。

「そうですか? ですが、そちらも慈善事業で成り立ってはいないでしょう? 払いますよ。彼女じゃ負担できないでしょうから」

 ───なるほど。この子は本当に万富さんの跡継ぎに違いない。魔警と脈主の関係性をきちんと弁えている。でなければ出てこない言葉だ。

 けれどその言葉に和香奈が怒った。

「結構です! 私、ちゃんとできますから! 優人さん、行きましょう!」

 そう言って空いた方の手で俺の手を握る。その手は怒りで少しだけ震えていた。

「………和香奈」

「優人さん、私たちはまだまだ文化祭をちょっとしか楽しんでいないんですからね。ここで帰るとか文句言わないでください!」

 いや、そんなつもりは毛頭もない。というか目的は幽霊退治だ。別に文化祭を楽しみに来たわけではない。………忘れてしまったのだろうか?

 けれどここで和香奈に何を言っても無駄だろう。怒りに火をつけることはあっても気持ちを宥めることは出来ない。だから黙って和香奈に促されるまま移動した。

 途中でたこ焼きのゴミを捨て、校内の端へと引っ張られる。端まで行くと文化祭の喧騒が遠くなる。それがどこかもの寂しく感じられた。

 そこまで来ると漸く気持ちが落ち着いたのか、和香奈が握っていた手を解放してくれた。

「あーもう! 腹が立つ!」

 和香奈はそう叫んで頭を両手で掻いた。その激しさにちょっと距離を取る。

「………………………何が」

「万富先輩ですよ! 何であの人、ああも優人さんのこと見下すような態度取るんですかね?!」

 そう言って俺を睨んできた。その怒りの理由が、俺にはよくわからない。腕を組んで首を傾げる。

「別に、俺を見下していたわけじゃない。脈主、魔警、黒猫。それぞれの役割を明確に認識していただけだ」

「そんなことないと思います。あの人、優人さんじゃなくて私ばっかり見ていましたもん。失礼ですよ! 優人さんはものすっごく頼りになる人なのに!」

 そう言って腕を組んで思いっきり息を吐いた。全身で「私は怒っています」と表現する彼女を見ていて、少し、気持ちが軽くなる自分がいる。

 ───別に見下されたとは思わない。見下す、というのは清音さんのような態度のことを指す。彼は役割を正確に把握し、それに対処した。そのことに不備は一つもなかった。脈主に相応しい態度だと俺は思う。

 けれど。

「優人さんはいい人すぎます! あれは怒っていいですよ! 何で新米魔術師の私ばっかり気にかけるかなー? むしろ優人さんにお願いしますって素直に頭下げるべきだと思うんですよね!」

「和香奈」

 俺の呼びかけに和香奈が言葉を止める。頬を膨らませている。心底納得いかない、といった態度。

 ───その態度に的外れな言葉かもしれない。けれど、少しだけ感謝を伝えたい気持ちになった。

「ありがとう」

 俺の言葉に和香奈はすっと怒りを鎮めたのがわかった。腕を解いて、じっと俺を見る。

「………ううん。別に、私は本気でそう思っているだけですから」

 そう言って視線を逸らす。その様子を見ながら、ぼんやりと考える。

 ………不思議な子だと思う。魔術師としてはまるでおかしな言動ばかり取る。黒猫の俺に対していつも世話を焼こうとするし、ちょっとしたことで泣いたり怒ったりする。それでいてふとした時に満面の笑みを見せる。感情の起伏が激しいのだといえばそれまでなのだが、そこにいつも温かさを感じた。

 ついこの間まで一般人だったからなのだろう。それでも、彼女は優しい子だと思う。変に捻くれてもいないし、意地の悪いことを言うわけでもない。

「それで? 次はどこに行く?」

 俺の質問に和香奈がこちらを見る。少し考えるように首を傾げて、提案した。

「じゃ、演劇でも見ましょうか。確か、あと数分くらいしたら体育館であるんですよ。優人さん、演劇好きです?」

「………さあ。見たことない」

 俺の返事に和香奈は笑顔を見せた。

「じゃ、行きましょうか!」

 そう言って俺の手を取る。

 そういえばあの夏祭り以来、和香奈は俺の手を取るようになったな、と思った。

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