13 文化祭

 文化祭が開始されるのは朝八時三十分。一限目が始まる時間がスタートなのだ。校内では文化祭の最終準備をしている生徒たちが慌ただしく動いている。彼らはぎりぎりまで自分たちのお祭りに全力で向き合っていた。

 けれどそれと同時に、どこか幽霊に怯えている感覚もある。その証拠に、手の空いた生徒同士が教室や廊下の端っこに集まりこそこそと噂話をする。目前の文化祭は楽しみだけれども、不安が拭えない。次に幽霊を目撃するのは自分じゃないのかと怯えている。

 そんなクラスメイトたちを見つつ、私は莉緒と並んで校門に移動する。莉緒は文化祭初日だからと言って体調不良にも関わらず学校に来たのだ。一週間近く学校を休んでいたおかげか顔色は随分と良くなった。この感じだと以前に近いところまで回復していると思う。そのことにほっとする。けれど、でもやっぱり万全でないことが心配になる。

「莉緒、大丈夫? あんまり無理しないでね?」

 私の言葉に莉緒はいつものように穏やかに頷く。

「大丈夫。無理してない。心配してくれてありがとう」

 そう言って微笑んだ。

 結局、保健室で莉緒に言われた言葉の真意を確認できていない。聞いたところで全貌を話してはくれなさそうだし、話してもらったところで自分が理解できる自信がなかった。莉緒は不思議ちゃんなところがある。それを全部理解するのは私には難しいと思う。理解しようとして莉緒と心の距離感を感じてしまうのは嫌だった。

 なら、そっとしておく。とりあえず聞いた言葉そのままに信じる。

 それが友達ってもんでしょう、と思うから。全部を全部理解するだなんてできないもん。だって中学の友達・ななみのことなんか、私きっと一生かかっても理解できない。彼女は彼女の世界観で生きている。前向きに全力で暴走してる。そんなななみが私は大好きだけど、全部を理解したいとは思わない。だってきっと意味不明ワールド過ぎて頭痛くなるに違いないもん。

 二人して並んで校門に寄りかかり優人さんを待つ。苫田さんの依頼通り、私は今日一日優人さんを連れ回す予定だ。屋台で買い物をする用のお金はたんまりと持ってきている。なんたってほぼ毎日真面目にアルバイトしているもの! そこそこ貯金は貯まってきているのです。………借金、返済しなきゃだけど。多少ならいいでしょ。うん。

「和香奈の待ち人、どんな人なんだろう」

 莉緒がぽそりと言った。

 今日、久々に莉緒が登校している姿を見て、私はすぐに文化祭を一緒に回る人がいることを伝えた。二学期始まる前は莉緒と一緒にぶらぶら楽しもうと考えていたけれど、莉緒が体調不良で倒れてしまったから諦めていた。それに、苫田さんの提案を断るわけにもいかない。なら三人で回ろうと考えたのだ。

 莉緒には人見知りがある、と思う。私の提案を嫌がるかなと思ったけれど、むしろどんな人物なのか興味を抱いたらしい。一緒にその人を待つと言うので、こうして一緒に優人さんを出迎えることになったのだ。

「どんな人って………社会人不適合者だなぁ」

 魔警の黒猫です、なんて説明はできないし、細々と特徴を伝えるのも変な気がしたからそう言った。

 優人さんは、ゴミは放置、使った食器はシンクに置きっぱなし、鳴る電話は取らないし、食事は用意しないと食べない。うん、まさに社会人不適合者だ。的確な説明だと思う。

 けれど莉緒はそれを聞いて眉を顰めた。その視線は少々厳しい。

「和香奈。付き合う人、考えた方がいい」

「え」

「和香奈は優しすぎるよ。私だったら関わらない」

 ………………なんか、説明失敗したかも?

「い、いやね? 日常生活能力が低いだけで、人としてはホント、いい人だよ? ちょっと学者肌で気分屋で堅苦しいところもあるけど、気に食わないことを聞いたら押し黙るけれど、むしろ無視とかめっちゃしてくるけど、でもいい人だよ?!」

「それはいい人と言わない」

 ピシャリと断言された。

 ………うわ、なんかミスった気がする! 莉緒の表情がめっちゃ険しい! ああ、でもどう説明したらいいんだろう? 悪い人じゃないんだ。優しいところのある人だもん。それは絶対。守ってくれるし、何かと教えてくれるし、気にかけてくれるところもあるし! でもそれらを説明しようとすると、どうしても魔警の話になってしまうから上手くできない。

 あーどうしよう! と焦っていると、声をかけられた。

「和香奈」

 振り向くと、優人さんがぼんやりと突っ立っていた。いつもと変わらず真っ黒な服装。感情の読めない無表情。そして腰には日本刀があった。

 ………………日本刀があるよ?!

「優人さん?! そ、それ?!」

 必死に指で日本刀を指差す。けれど優人さんは平然としている。それがどうした? な感じだ。

「人を指差すんじゃない」

「い、いやでもね?!」

「大丈夫だから」

 何が?! 銃刀法違反が? んなわけないでしょ?!

 そう言って優人さんは私の側にいた莉緒を見た。私もつられて恐る恐る莉緒を見ると、別に日本刀を持っていることに喚いたりはしていない。

 ………だ、大丈夫、なのか? 見えていないのかな? よくわからないけれど、とにかく莉緒のことを紹介しなくっちゃ、と焦る。

 莉緒は何故かめっちゃ渋い顔をしていた。初めて見る、感情が露わな表情。何がそんなに気に食わないのとびっくりするくらい、顔が、渋い。

「この人が………和香奈の待ち人?」

「へ? えっと、うん。そう。葦原優人さん、です」

 紹介する。けれど莉緒はそう、と言ったっきり無言だ。そして優人さんを見ようとしない。むしろ私をじっと観察してくる。その目つきは、なんか、全部わかった、と納得したような雰囲気がある。

 な………なんでしょうか。

 優人さんも優人さんだ。私に紹介させて自分からは挨拶をこれっぽっちもしようとしない。ぼんやりと周囲を観察している。

「和香奈。私、やっぱり帰る」

「へ?!」

「あとはよろしく。それじゃ」

 そう言って莉緒は学校に戻ることなくさっさと帰って行ってしまった。文化祭に参加する気ゼロのようだ。しかもその足取りも体調不良の時とは見違えるように元気。それに呆気をとられ、何も言えずに見送った。

「な、なんなんだ………?」

 まるでわからない。いったい優人さんの何が気に食わなかったんだろう? 私の説明かな? それがやばかったのかな? 確かにほとんど褒めていない説明ではあったけれど、だからって突然帰るほどの説明じゃなかったと思うよ?

「和香奈。さっきの人は?」

 たいして興味もなさそうに優人さんが尋ねる。そういえば優人さんに莉緒の紹介をしていなかった、と気付き、答えた。

「えっと、同じクラスの高松莉緒。友達なんだ」

「そっか」

 会話終了。やっぱり莉緒に何の興味もないらしい。

 それにしたって莉緒の反応が意味不明すぎる。

「優人さんは莉緒とどこかで会ったこととかあります?」

 もしかしたら二人は私が知らないところで知り合いだったとか? と思って質問したけれど、優人さんは首を横に振った。

「知らない」

 そっけない言い方だ。この感じだと本当に何も知らないようだ。

 ………いったい何が気に食わなかったんだろう?

 原因が不明すぎる。莉緒は何が嫌であんな表情をして帰ってしまったんだろう? やっぱり私の説明がまずかったのかなぁ。ちょっと反省する。

「それで? どうするんだ?」

 優人さんにそう聞かれて私は視線を上げた。

「どうって、そりゃ」

 一緒に文化祭を楽しむ。楽しいことを楽しもうとせず、ずっと窓の外を見てぼんやりしている優人さんに、世の中そんなに悪いもんじゃないよと伝える。そのきっかけに文化祭がなればいいなと思ってる。

 ───わからないことをうじうじ悩んでいる場合じゃないよね。

 とりあえず気持ちを切り替えて幽霊騒ぎを収束させることに専念しよう。莉緒のことはその後に考える。幸いにも莉緒の体調は先週よりは断然良くなっているみたいだし、難しいことは後回しだ。

「優人さん。暘谷高等学校文化祭にようこそ! 今日は私の奢りです! 食べたいものとか遊びたいこととかあったら、なんでも言って!」

「はあ………………」

 やる気ないな! そのことにちょっと頬を膨らませてしまう。でも。

 ───優人さんは高校の文化祭がどういったものなのか知らないかもしれないし。

 それを思うと強くは責められない。優人さんが魔警に引き取られたのは、おそらく中学生くらい。そこから十年、ずっと魔警で働いているのだ。なら、高校の文化祭を知らないのは無理はない。

 その楽しみを私が教えるのだ。

「さ、行きましょうか!」

 私は優人さんを促して校門をくぐった。そのタイミングでチャイムが鳴る。文化祭開始の合図だ。校内スピーカーから音楽が流れ始めた。遠くで生徒たちが祭り開始の合図を聞いてざわめいている。たったそれだけのことなのに何だか不思議と気分が高揚する。校門に向かって歩いてくる一般の人の姿もちらほらと見え始めた。

 少し歩いて、振り返る。すると優人さんは何故か校門に入ってすぐのところで立ち止まっていた。じっと地面を見ている。

「優人さん?」

 声をかける。優人さんの瞳がたんぽぽ色に光っているのが見えた。魔力で何かを探っているのだ。

「あの………」

 私ではわからない何かを感じ取っている? そう思ってそっと声をかける。けれど優人さんは首を横に振った。

「いや。………それで、ここからどうする?」

「へ? えっとじゃあ、屋台にでも行きましょうか。優人さん、どうせ朝ごはん碌に食べていないんでしょ?」

 私の言葉に優人さんはじっと私を見た。この反応、正解らしい。どうせコーヒー一杯飲んで済ませているに違いない。相変わらずいい加減だ。

 私はちょっとだけ溜め息をついて、優人さんの手を引っ張った。

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