4 疑惑

 井根澤逸義は宣言通り翌日の昼頃に魔警を訪ねてきた。苫田さんには事前に彼が来ることと依頼の内容を伝えていた。そのため話は滞ることなく進み、井根澤逸義は三十分ほどで帰って行った。

 話し合いが終わった後の机の上には俺が淹れて出したお茶の湯呑みが一つ置いてある。井根澤逸義はそれを一口だけ飲んだだけでそれ以上は口に含まなかった。その湯呑みを見ながら俺は思案する。

「いったい何を考えているのでしょうねぇ」

 苫田さんがそう言ってソファに寝そべった。今日は白毛に黒のまだら模様のある猫だ。少々食べ過ぎなのか、お腹が少し出ている。猫は来客がいなくなって緊張感が解けたのか、ソファに体を擦り付けるようにして一番心地よい体勢を探している。

「弟の死の真相を突き止めるためにやって来たと言っていましたが、優人はどう思いますか?」

「………嘘、だと思います」

 俺はそう言って井根澤逸義が座っていた場所に座った。湯呑みのお茶はすでに冷えている。それを見ながら先ほどまでの状況を思い出す。

 家族を突然亡くした兄の気持ち、不可解な自殺、いい加減な警察の説明、納得のいかない自分。だから事の真相を調べることにした。そのために、清音さんが管轄する地区に家を借りたい。そこを拠点として警察内部に探りを入れ、真実を明るみにする。

 大切な家族を突然亡くし現状に納得がいかない男の言葉と捉えるのなら、おかしいところはない、と思う。現実と自分の気持ちに折り合いをつけたい、だから捜査をする。その行為を理解できないわけではない。しかし。

「感情的なことを言う割には淡々としすぎていると感じました。それに、警察内部を調べるための拠点に指定した場所はここから随分と離れています。離れた場所から一体どうやって真実を明らかにするのか………俺には理解できません」

 井根澤逸義が指定した場所は県内にいる脈主の一人・清音さんの管轄地区だ。それはここから車で二時間以上かかる。警察署は魔警から徒歩で一時間程度先の場所にある。警察署内を調べるには清音さんの土地は不適切だと思う。それに、清音さんの地区は淀みが徐々に酷くなっている状況だ。魔術師が研究を行う場所としてそこに家を借りるのは、正直おすすめできない。

 それなのにそこを指定してきた。

「感情的なことを冷静に言葉に落とし込むのは別におかしなことではありません。魔術師であるからには身に着けるべき技術の一つでしょう。そこだけを切り取って怪しいと判断するのは早計でしょう。ですが、今回は私も同感です。あれはあまりにも感情を排していた。本音では井根澤摩訶也の死などどうでも良いことなんでしょうね………目的は別にある」

「清音さんの土地、でしょうか」

 俺の質問に苫田さんは答えない。その代わり大きな欠伸をした。俺は苫田さんの返事を待たず、仮定を口にする。

「清音さんの土地は年々淀みが酷くなってきています。彼が脈主としての役割を放置しているからでしょう。………もしかしたら井根澤逸義は早々に脈主が交代される事態を想定しているのかもしれません」

 そこまで言って俺は溜め息を吐いた。

 脈主は土地に流れる力の流れ・地脈の管理を星から任される魔術師のことを指す。地脈は大地に根差した力のこと。地球全体を覆う力の流れ。その特徴から地脈には星が生まれてから現在までの全ての情報が蓄積されていると考えられている。それを指して情報の保管庫と呼ぶ魔術師もいる。

 魔術師は地脈という力の流れを使い、魔術を行使し奇跡を起こす。地脈・流脈・気脈・霊脈の中で規模が大きく扱いやすいのが地脈だ。脈主は星と契約し一部の地脈を管理する権限を委任される。その契約がどのようなものなのかはわからない。ただ、星からの接触がある、と聞いている。

 地脈の乱用は土地の枯渇に直結する。力の流れが減少する、または留まることで、生命への転換が難しくなるのが理由とされる。土地が痩せることで荒れ地となる、自然災害を誘発する原因となる、限られた生命しか存在できなくなる。それに合わせて魂への悪影響が強まると言われている。

 人には魂があり肉体がある。そこから心が生まれ未来が形作られる。土地の不安定性は心から肉体へと影響を及ぼし、魂の望む道から離れることの原因となる。だから脈主は地脈の安定を最優先事項として行動することが求められる。

 死んだ大地に奇跡は起こらない。

 脈主には地脈を安定させる義務がある。その見返りとして星から管理の権限を戴く。権利があることで脈主は膨大な地脈の力を個人の裁量で使うことができるようになる。それは、他の魔術師にとっては喉から手が出るほどに欲しい力だ。使える力が大きければ大きいほど、起こせる魔術の規模を大きくすることができるからだ。

 起こせる魔術の規模が大きいものを、大魔術と呼ぶ。

 日常から乖離した奇跡を望むのなら、それ相応の力が必要になる。流脈は魔術によっては使用できるだろうが、大抵は該当しないだろう。気脈ではとても足りない。霊脈は効率よく使えば可能かもしれないが、それでも量を集めるには時間がかかり過ぎる。地脈が一番使い勝手がいい。

 だから魔術師たちは脈主から許可をもらい、地脈の力を使う。そして大魔術の実現を目論む。使用する際には脈主に金銭を渡すのがならわしだ。だから脈主は上手くいけば常に一定のお金を魔術師たちから受け取ることができる。

 清音さんはそのお金だけで生活をしている。しかし地脈の澱みが酷くなりつつある現在、少しずつだが魔術師が土地から離れていっているそうだ。その現状を考えれば、井根澤逸義が来ることを清音さんは拒まないだろう。

「脈主が交代される事態ですか。確かにいつかは起こるでしょうが、私の目算ではまだ少々早い気もしますね。もう十数年は大丈夫かと」

 苫田さんの言葉に俺は頷く。

 脈主は星と契約した魔術師だ。そしてその地位は代々血縁者によって引き継がれる。人の一生は科学技術が進歩したとはいえおおよそ八十年。しかし星はそんな短い期間で物事を考えない。だから契約者が死亡した場合、新たに誰かを選定し直すのではなく、血縁者に脈主の地位が移譲される。

 何故そうなのかは解明されていない。恐らくだが、その方が星にとって効率が良いのだと思う。………脈主になりたいと願う魔術師は無限にいる。空席があればそれを手に入れようと魔術師同士の殺し合いが始まるのが常だ。何故なら星が脈主を選ぶ基準が我々にはわからないから。なら、自分の強さでそれを証明しようとする。過去にそのような事態に陥り大量殺人が行われた事例は枚挙にいとまがない。

 清音さんには子供がいない。兄弟もいない。両親は既に他界しており、天涯孤独の身だ。彼が死んだら彼が管理している土地の脈主は不在となり、星による脈主の選定が行われるだろう。そうなればかなり高い確率で魔術師同士の争いが起きる。魔警はそれを把握しており、争いが過激にならないよう事前に準備をすることにしている。

 だが、こちらとしてはそれはまだ先のことだ。現状は状況を把握しているだけで何も行動に移してはいない。

「私としては、脈主の交代よりも土地そのものにこだわっている気がしますね。まあ現状では憶測でしかありませんが」

 苫田さんはそう言ってソファから立ち上がり机へと移動する。そして俺を見下ろすような形で言葉を続けた。

「それよりも、何故このタイミングなのかが気になります。井根澤摩訶也が自殺したのは四月。そして今は九月。五ヶ月も経って、何故今なのでしょう」

「状況が揃ったから、ですか?」

 俺の言葉に苫田さんは頷いた。

「と考えるのが良いでしょうね。少々調べてみましょう。………優人、あなたは清音さんのところに行き、土地を借りたい魔術師がいることを伝えなさい」

「………構わないんですか?」

 俺は警戒しながら苫田さんに尋ねる。

 もし井根澤逸義が何らかの目的を抱き行動しているというのなら、こちらはそれを阻止するよう行動した方がいいと思う。清音さんは脈主だが魔術師としてはあまり優秀ではない。相手が罠を仕掛けてきたら対応は難しいだろう。

 そうなれば早々に脈主が交代される事態になる可能性が高まる。

 俺の質問に苫田さんは意地悪く答えた。

「ここは魔警ですからね。魔術師が求めるのなら、それに答えるのが仕事です。その真意がどこにあったとしても我々には関係がない。判断をするのは脈主です。魔警は脈主による補助で成り立ってはいますが、それが全てではありませんからね。………それでも一応、清音さんには忠告しておきなさい。ま、彼は拒みはしないでしょうが」

 ………言外に、魔警の仕事の範疇を超えるな、と釘を刺された。

 俺は胸に不安を抱えながら苫田さんの指示に頷いた。

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