第6話 そもそも腐れ縁とは

 葉月が大ジョッキを片手に、思わず吹き出していた。 

 彰人からLINEで誘われ、面接帰りに居酒屋虎の穴の暖簾をくぐった葉月。待ち構えていた和也と純一の話す昔話が、あまりにも可笑しかったのだ。


「純一は走るの遅いから、すぐ捕まったんだ」

「異議を申し立てる。和也だって走るの遅いくせに、なんで逃げ足だけは速いんだよ」


 小学校時代に彰人と三人で、体育館の壁に落書きをしたらしい。夢中になってアニメのキャラクターを描いていたら、体育教師に見つかり逃げ出したのだと言う。


 運動音痴の純一が真っ先に捕まり、和也がどうしようと彰人の顔を見る。面は割れてないから、純一が喋らなければセーフだよなと。確かに純一は喋らないだろうと彰人も信じていた。


 けれど彼に罪を全て押しつけるのはどうなんだと主張する彰人と、純一は尊い人柱になったんだと主張する和也が、殴り合いを始めたと言うのだ。結果として二人も捕まり、落書きの除去と体育館のトイレ掃除一週間の刑に処されたという話し。


「なんで落書きしようと思ったの?」


 エイヒレにマヨネーズを付けながら、葉月が可笑しいのを堪えつつ三人に尋ねてみた。この辺が小学生時代の男子と女子の違いなんだろうと思いながら。


「でっかいキャンバスが欲しかったんだよ」


 そう言ったのは彰人で、和也があれは面白かったよなと生ビールをあおり、純一が刺身を切りながらクスリと笑った。


「もしかして、言い出しっぺは彰人君だったの?」

「うん、まあ……」


 聞けば港の防波堤や線路の防音壁なんかにも同じ事をしたらしい。それで警察に補導され、学校と両親からしこたま怒られたとも。


 呆れた葉月がエイヒレを頬張る。そもそも殴り合いの喧嘩をしたのに、和解できて今でも付き合えるところが不思議なのだ。


「今にして思えば、俺たちがここに存在したって証明が欲しかったんだよな」


 和也が冷や奴を頬張りながら若気の至りだったと苦笑し、線路の防音壁に描いたやつは今でも残っていると純一がぼやいた。

 主要登場人物を全て描いた大作がアニメファンの目に留まり、駅に保存を呼びかけたらしい。葉月も目にしたことがあり、あれはあなた達が描いたんだと驚く。


 悪ガキ三人にしてみれば恥ずかしい過去の遺物なのだが、捨てる神あれば拾う神あり。ご当地アニメファンの聖地巡礼ポイントに入っていたりする。


「あの頃の喧嘩ってさ、拳と拳の話し合いだったよな。言葉で上手く伝えられないから、分かってくれよって」


 彰人が枝豆を頬張りながらボソッと言い、和也と純一も頷く。女子からは野蛮だと軽蔑されたが、言葉足らずな俺たちにとっては、それが単純明快な意思の伝達方法だったのだと。


 世の中の不条理に悩み、親や先生が信用できなくなる思春期。そんな時期に面と向かって言いたいことを言い、殴り合える相手の方がよっぽど信じられたと三人は笑い懐かしむ。


 そんな風に思春期を過ごしたんだと、葉月は少し羨ましくなった。女子の場合はそうもいかず、ぶん殴ってやりたい腹黒女子は何人もいたのだから。


 聞けば純一は婚約したばかりで、和也は既に一児の父。彰人は独身だが会社では後輩に仕事を教える指導員の立場にある。

 同窓会を開いたら、招待された担任の先生達は成長した悪ガキ三人を見てどう思うだろう。お前達がねえと笑うのか、堅気になってくれて良かったと泣くのか、そんなことを考えながら葉月はジョッキを傾けた。 


「ところで葉月さんは、彰人のどんなところが気に入ってるんですか?」

「おい純一」


 余計なこと言うなと睨む彰人だが、俺も聞きたいと和也が輪をかけた。身を乗り出す和也と純一に、拳を顔の前で握る彰人。

 そんな三人を見ながら葉月がジョッキを両手で包み微笑んだ。ナイショよと。


 そりゃないっすと、和也が酒の肴を投下して下さいよとせがむ。純一もいつの間にやらジョッキを手にしており、店主が酔っ払ってどうすると突っ込む彰人を完全に無視していた。


「そうね、強いて言うなら一緒にいて落ち着けるところかしら。ほら、仲の良い恋人同士でも心が落ち着かない時ってあるじゃない」


 ほうほうと頷く和也に、熱いねえとジョッキをあおる純一。

 だが彰人は別のことを考えていた。いつかは奥さんにバレるかもしれない、会社にバレるかもしれない、葉月はそんな風に怯えながら不倫をしていたのではと。いつかは結ばれると信じながら。


「彰人は便利ですよ葉月さん。パソコン修理どころか料理も出来るし、海で魚を釣ってくるし、山で山菜やキノコを採ってくるし、家庭菜園もしてる」

「家庭菜園?」


 純一が余計な事を言い、葉月が意外とばかりに彰人を見た。

 彰人が住んでいるのは葉月と同じような古いアパートなのだが、大家さんの好意で駐車場以外の空きスペースを自由に使えた。トマトにキュウリ、ナスにトウモロコシは毎年欠かさず育てている。


「葉月さん、彰人のアパートにまだ行ってないんだ。見に行くといいですよ、こいつ夏野菜が大好きだから」


 和也が楽しそうにジョッキをあおる。それは彰人を馬鹿にしている訳ではなく、彼が割りと多趣味な事を葉月に伝えたかったゆえのセリフ。


「見たいなら、今日は俺ん家に泊まります? 明日は休みだし」


 彰人をもっと知りたい。そんな気持ちが湧いてきて、うん行きたいと葉月は目を輝かせた。

 和也と純一が、何故かジョッキで乾杯していた。

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